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第一章:記憶
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だけどその日の夜。俺はベッドの中で「華頂茜」を調べた。
確かに普通のおじさんだった。いや、おじさんというほどおじさんには見えないけど、お兄さんと言うほど若くもない。年相応の男性。写真を見ている限り面白いことをやってのけそうな雰囲気はないのだが、HEYとか言っちゃうおじさんらしいからな。
花を生ける動画を、ミュートにしたまま見る。きっと何か話しながらやっているのだろうけど、弟が寝ているから音声は出せない。
男らしい大きな手が芸術的に花を生けてゆく。一つ目の動画、二つ目の動画、三つ目の動画。
寄せ植え動画の最中、綺麗な青色の花が出てきて、俺はそこで動画をストップした。そして二段ベッドの下で眠る弟の名前を呼んでみる。しかし返事はない。もう寝たようだ。だからそっとボリュームを上げて彼の声を聞いてみることにした。
低くて、男らしい声が、耳に流れ込んでくる。
『かわいいよね、この花。俺昔から、特にこの花が好きでね。勿忘草って言うんだけど、知ってる? これは水色の可愛い花が咲いてるけど、いろんな色の花を咲かせるよ。ピンクとか、紫とか、たまに白とかね。暑さに弱いから、日本で育てるには二年もたない。これは一年生植物ってやつだね。大体五月くらいまでは咲いてくれてるかな。寒い地域だと七月くらいまで行けるみたいだけどね』
喋りながら彼は勿忘草を鉢にセットした。
『で、次はこれ。花ほたる。キク科のお花なんだけど、これもいいよね! 可愛いし、インパクトあるよね! 言わずもがな、背が高いから鉢の後ろの方に配置してね。水はけの悪さとか湿気とかに弱いから、やっぱりこれも一年草なんだけど、この子が居ると鉢がお洒落になると思わない? 俺みたいにチャーミング。ほらほらほら』
そう言うや否や、カメラが大きく揺れて華頂茜の顔が映し出された。
『わ~、ほら、イケメン映っちゃったぜ、ラッキー、そこのマダム! ニコ動だったらハート飛び捲るやつじゃんねぇ。イケメンイケメン~って。あれ、違う? くそオヤジ消えろって草生えるやつか? 悲しいねぇ。まぁでも俺天才なんで抗菌コートのごとく悪口除去コート纏ってるから全然耳に入ってこないんだけどね。え? 次行けって? 巻き? うるさいなぁ~』
一人でくだらない事を捲し立てながらカメラが定位置に戻される。
めちゃくちゃ喋るじゃんか、このおじさん。
『あぁでもさぁ、この花ほたるの花言葉だけ教えちゃおうかな。これね、【失われた希望】とか【切ない恋】なんだよね』
見た目のかわいらしさよりずっと悲しい花言葉だ。
『更に俺っぽくな~い!? こう見えて繊細なんだよ、俺~!』
『はいはい、もう分かりましたから先生、次早く」
女性の苛立った声が横入りしてきて、さすがの僕も口元を緩ませてしまう。
『千佳ちゃんはいつも俺に厳しいな~。事実なのにさ~。でも、見た目のかわいらしさよりずっと悲しい花言葉を持ってるんだよね。失われた希望だよ? これがゆらゆら揺れてるのを見る度、俺儚くなっちゃう。あ、でも可愛いし、ごりごり存在感あるから、全然失われ感ないか?』
画面の中でスタッフたちと大笑いする華頂茜の声。
弟が言っていた通り、面白い人だ。明るくて、よく笑って、いい人そう。
『てことで、巻きの指示がさっきから入ってるので、駆け足で進みま~す』
動画はその後本当に駆け足に、真面目に進み、完成した寄せ植えの綺麗な写真で終了した。
気が付いたら俺は彼の動画を漁るように見ていて、いつの間にか眠りについていた。
華頂茜の声は、正直全然聞き馴染みのない声だったけど、嫌いじゃないと思った。あの軽口さえも。
確かに普通のおじさんだった。いや、おじさんというほどおじさんには見えないけど、お兄さんと言うほど若くもない。年相応の男性。写真を見ている限り面白いことをやってのけそうな雰囲気はないのだが、HEYとか言っちゃうおじさんらしいからな。
花を生ける動画を、ミュートにしたまま見る。きっと何か話しながらやっているのだろうけど、弟が寝ているから音声は出せない。
男らしい大きな手が芸術的に花を生けてゆく。一つ目の動画、二つ目の動画、三つ目の動画。
寄せ植え動画の最中、綺麗な青色の花が出てきて、俺はそこで動画をストップした。そして二段ベッドの下で眠る弟の名前を呼んでみる。しかし返事はない。もう寝たようだ。だからそっとボリュームを上げて彼の声を聞いてみることにした。
低くて、男らしい声が、耳に流れ込んでくる。
『かわいいよね、この花。俺昔から、特にこの花が好きでね。勿忘草って言うんだけど、知ってる? これは水色の可愛い花が咲いてるけど、いろんな色の花を咲かせるよ。ピンクとか、紫とか、たまに白とかね。暑さに弱いから、日本で育てるには二年もたない。これは一年生植物ってやつだね。大体五月くらいまでは咲いてくれてるかな。寒い地域だと七月くらいまで行けるみたいだけどね』
喋りながら彼は勿忘草を鉢にセットした。
『で、次はこれ。花ほたる。キク科のお花なんだけど、これもいいよね! 可愛いし、インパクトあるよね! 言わずもがな、背が高いから鉢の後ろの方に配置してね。水はけの悪さとか湿気とかに弱いから、やっぱりこれも一年草なんだけど、この子が居ると鉢がお洒落になると思わない? 俺みたいにチャーミング。ほらほらほら』
そう言うや否や、カメラが大きく揺れて華頂茜の顔が映し出された。
『わ~、ほら、イケメン映っちゃったぜ、ラッキー、そこのマダム! ニコ動だったらハート飛び捲るやつじゃんねぇ。イケメンイケメン~って。あれ、違う? くそオヤジ消えろって草生えるやつか? 悲しいねぇ。まぁでも俺天才なんで抗菌コートのごとく悪口除去コート纏ってるから全然耳に入ってこないんだけどね。え? 次行けって? 巻き? うるさいなぁ~』
一人でくだらない事を捲し立てながらカメラが定位置に戻される。
めちゃくちゃ喋るじゃんか、このおじさん。
『あぁでもさぁ、この花ほたるの花言葉だけ教えちゃおうかな。これね、【失われた希望】とか【切ない恋】なんだよね』
見た目のかわいらしさよりずっと悲しい花言葉だ。
『更に俺っぽくな~い!? こう見えて繊細なんだよ、俺~!』
『はいはい、もう分かりましたから先生、次早く」
女性の苛立った声が横入りしてきて、さすがの僕も口元を緩ませてしまう。
『千佳ちゃんはいつも俺に厳しいな~。事実なのにさ~。でも、見た目のかわいらしさよりずっと悲しい花言葉を持ってるんだよね。失われた希望だよ? これがゆらゆら揺れてるのを見る度、俺儚くなっちゃう。あ、でも可愛いし、ごりごり存在感あるから、全然失われ感ないか?』
画面の中でスタッフたちと大笑いする華頂茜の声。
弟が言っていた通り、面白い人だ。明るくて、よく笑って、いい人そう。
『てことで、巻きの指示がさっきから入ってるので、駆け足で進みま~す』
動画はその後本当に駆け足に、真面目に進み、完成した寄せ植えの綺麗な写真で終了した。
気が付いたら俺は彼の動画を漁るように見ていて、いつの間にか眠りについていた。
華頂茜の声は、正直全然聞き馴染みのない声だったけど、嫌いじゃないと思った。あの軽口さえも。
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