アマテラスの力を継ぐ者【第一記】

モンキー書房

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章第三「化物坂、蟷螂坂」

(九)班ごとに道のほど企つ

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 稲穂たちの学校は、来週の木曜日と金曜日に、修学旅行を控えていた。きょうの三、四時間目に、班別自由行動の計画を立てる。
 一週間も休んでいたはずの稲穂の机には、稲穂の筆跡で書き込みのある「しおり」がもうすでに入っていた。休んでいるあいだにグループが組まれていたらしく、各々おのおののメンバー同士で机を合わせ始める。
 四、五人ずつにまとまった五つの班が、稲穂の目の前でできあがっていく。


 キョロキョロとあたりを見まわしていると、「稲穂さま、こっちです!」と自分のことを呼ぶ声がする。彩が手招きをしていた。
 朝からずっと敬語の彩に、美空みくは驚いた表情を向ける。稲穂と同じく、敬語で話す彩に驚いたのかと思ったが、どうやら美空の驚きポイントは違っているようだ。


「教えなくても、五瀬さんは先週いたので知ってるはずです。でも、どうして一週間お休みされてた受持さんが班のことを……?」


 わたしは知っているけどって、どういう意味だろうと稲穂は思ったが、深く追求せずに着席する。こうして集まった稲穂たちの班は、女子三人に男子ふたりという構成だった。
 引く手あまたな美空が同じメンバーにいることが気になって、稲穂は彩にたずねる。彩は手もとのメモ帳を見ながら答えた。


 最初は親友同士で好き勝手に集まっていたらしいが、どうしても人数にばらつきが生まれてしまった。
 最初は稲穂と彩と龍の三人だけだったが、八人ほどで固まっていた班から美空が移動することになり、ひとりぼっちでいた平井修治ひらいしゅうじが最後のひとりに加わった、とのことだ。
 決定してしまったものは仕方がない。
 しかも、一週間も前に。もともとのメンバーだった七人は、美空と同じ班がよかっただろうに。引き離しちゃってごめん、と稲穂は心のなかで謝る。


 修治は、いつも読書しているのを見かけるだけで、あまり話したことはなかった。修治の席が廊下側で、窓側の稲穂からは少し、距離があるからかもしれない。
 美空と修治に向かって「よろしくね」と声をかける。
 こんな最初のあいさつは、先週にもう済ませているはずなことに、あとになってから気がついた。美空はガイドブックを机に広げ、メンバー四人の顔を順に見る。


「では。どこに行きたいですか?」
「ぼ、ぼくは。どこでも……」
御饌都神みけつかみさんは……」


 美空の問いに、龍は「御釜おかま神社」と即答した。美空が「おか……どこですか?」と訊ね返せば、これまた龍が「塩竃市しおがまし」と即答する。
 しばらくガイドブックとにらめっこしていた美空は、位置的に大丈夫だったのか「わかりました」とメモを取った。再び龍が口を開くと、矢継ぎ早に神社仏閣の名前を列挙する。


「それから……鹽竈しおがま神社、志波彦しわひこ神社、鼻節はなぶし神社、伊豆佐比賣いずさひめ神社、青葉あおば神社、大崎八幡宮おおさきはちまんぐう陸奥総社宮むつそうしゃのみや陸奥国分寺むつこくぶんじ……」


「えーっと? それらは……」


 美空は忙しそうにガイドブックのページをめくったり、自分のメモ帳にペンを走らせたりする。たぶん、考慮はしてくれるだろうが、全部を巡るのは難しいだろう。
 稲穂も特に行きたいところはないし、みんなが決めた場所で問題なかった。
 次から次へと龍が提案してくるのは、どれも寺社ばっかり。これについていけるのかな、と思って美空のほうへ視線を向ければ、おずおずと上がる手が見えた。


 美空が口を開く。「伊達政宗歴史館だてまさむねれきしかんへ行きたいのですが……」


「歴史、好きなのか」
「はいっ! それはもう……!」
「なるほど。それなら輪王寺りんのうじは欠かせないな」
「ですねっ! あと瑞鳳殿ずいほうでんも」
「……ああ、伊達政宗の霊屋たまやか」


 意外と、ふたりは意気投合しているようだった。心配はなさそうなので、修治のほうへ目を向けてみる。美空が持っているのとは別のガイドブックを開き、あるページの一点だけをうつむいたまま注視していた。
 そこには、仙台市のとある動物園が載っている。その隣りのページには「宮城フォックス村」の案内も書かれているが、どちらにせよ動物に関係するページだ。


 もしかして、と稲穂は思う。ここに行きたいけど、話の輪に入っていけないのかな。
 それとも、ただ眺めているだけなのかな。ひょっとしたら、こうやって勘ぐられるほうが、修治は苦手なのかもしれない。余計なお世話でもいいや。
 逡巡したのち、稲穂は挙手して提案する。「あ。わたしは、動物に触れあえるところ、行きたいなぁ、って」


「わかりました。動物……動物……」「動物? わざわざ宮城まで行って? ですか?」


 素直に提案を受け入れてくれる美空とは対照的に、彩はどこか嫌そうな表情で苦言を呈してきた。美空が敬語なのはもとからだから慣れているが、取ってつけたような彩の敬語はいつまで続くのだろう。
 それに普段の彩なら、頭ごなしに否定したりはしないはずだ。いつもと様子の違う彩に戸惑いつつ、稲穂は不安をかき消そうと、精いっぱいに口をとがらせた。「別にいいでしょ」


 美空は、メモ帳の行きたいリストに、動物園と水族館、それからフォックス村を書き足す。あとから微調整すればいいだけなので、行きたい場所を言うだけなら自由にできる。
 どんどん案を出した結果、さらに仙台城跡せんだいじょうあと青葉城資料展示館あおばじょうしりょうてんじかん仙台市博物館せんだいしはくぶつかんなども追記されていく。


 稲穂は、しおりを開いた。稲穂は初めて、修学旅行の日程を確認する。本当はもっと細かく書かれているが、ざっくり説明すると次のとおりだった。
 まず一日目。午前八時ごろ新幹線こまちに乗車し、十時半ごろ仙台駅に到着。十一時ごろ班別自由行動が開始され、午後四時半ごろパインランドホテルに集合。チェックインしたのち各部屋へ荷物を置き、午後六時ごろに夕食をとる流れだった。


 午後十時ごろに消灯し、日程は二日ふつか目になる。午前六時ごろに起床し、七時ごろに朝食をとる。八時ごろ遊覧船で松島を探索したのち、十時ごろ八木山やぎやまベニーランドへ到着。
 そして、午後二時ごろ新幹線こまちに乗車し、四時ごろ学校へ到着する。
 ほかのページには、持ってくるものや修学旅行中の約束ごとなども書かれていた。それらをじっくり読んでいると、美空が「お昼はどうしますか」と全員に向けて発言する。
 どうやら大方おおかた決まったようで、議題が次へと移り変わっていた。


「やっぱり、仙台ならではのものがいいですよね」
 思案した結果、稲穂の口をついて出たのは「ずんだ?」の三音。
「確かに仙台ですけど、お昼に食べる系じゃないですよね」


 ガイドブックをパラパラとめくり、修治は食べ物の載ったページを眺める。それを隣りから覗き見て、稲穂は「うぁ……」と、思わず声を漏らした。
 眺めているだけでよだれが出てきそうなほど、どれも美味おいしそうに撮られた写真が載っている。
 ずんだ餅のほかに思いつくものといえば、あとは牛タンくらいだろうか。修治の持っているガイドブックにも、いくつもの写真がデカデカと載っている。


「え、二千円!」


 写真の下に記された値段を見て、稲穂は驚いた。そこまで高くはないのかもしれないが、小学生のお小遣い程度では、とうてい手の出せる価格ではない。
 ガイドブックには、コラムとして「牛タンヒストリー」が、小さく記されている。
 一九四八(昭和二十三)年、太助たすけ創業者の佐野啓四郎さのけいしろう氏が、それまで捨てられていた牛タンを使って、美味しく味わえる調理法を考案。
 以来、牛タン焼きは仙台名物として、絶大な人気を誇っている、とのことだ。


 三時間目のチャイムが鳴ったあとも、稲穂は、しばらくガイドブックとにらめっこしていた。
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