アマテラスの力を継ぐ者【第一記】

モンキー書房

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章第四「熟穂屋姫命、八河江比売」

(四)

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 翌、火曜日。彩の姿をした弥兵衛は、集団登校の最後尾で周囲に目をらしていたが、なにごともなく「秋田市立穂積ほづみ小学校」の校門をくぐった。稲穂が校舎へ入るのを見届けてから、校門のわきにたたず二宮金次郎にのみやきんじろうのもとへ最初に向かう。彼は学校創立以来、一三〇年以上もの長きにわたって、酸いも甘いも噛み分けた人物だ。学校内に暮らす怪異のなかで、最も地元を知る古参である。
「問題はありませんでしたか」「ええ。ノープロブレムです」
 彼いわく、校庭に一日中立っていると脚が疲労するため、夜間に走り回らないといけないらしい。続々と登校してくる児童たちの目を盗み、若干じゃっかん体勢を変えつつ、弥兵衛は代わりえのない近況報告を聞いた。まあ平和が一番ではあるけど、こうも音沙汰おとさたがないとかえって不安になる。少なくとも茨木童子いばらきどうじたち鬼の一行が、秋田の地に滞在し続けていることは間違いないだろう。
「あの……」二宮金次郎像が弥兵衛のほうを見おろし、おずおずとたずねてきた。「聞いた話によると、座っている同朋どうほうもいるとか。我が校にも、椅子いすがあると助かるのですが……」
 相手がかしこまりすぎて、逆に、こちらのほうが申し訳なく思ってくる。弥兵衛には台座の建て替えに関してなんの決定権もないのだが、完全に弥兵衛のことを彩だと思い込んでいるらしい二宮金次郎像は、断られるのを承知のうえで嘆願してきたのだろう。立ち読みが教育上よくないという理由で、全国の学校から撤去されつつあるというのは、弥兵衛も知っていることだが、。こういうときに、我があるじなら、なんと答えただろうか。弥兵衛はコホンと咳払せきばらをいしてから、彩の口調を真似まねて言い放つ。「あの洟垂はなたれ坊主に相談してみるから。ちょっと待ってて」
 それで納得してくれたようだ。校長先生へ伝える前に、きょうのことは彩に報告しておかなければ、と、そんなことを考えながら、二宮金次郎像と別れたあと、次に学校わらしのもとへと向かう。女子トイレで花子はなこと談笑していると、太郎たろうが隣りの男子トイレ側の壁から、ひょっこりと顔をのぞかせる。弥兵衛のことを一瞥いちべつしてから「なんだ」と言わんばかりにっ気ない態度であいさつをした。
「ああ、弥兵衛さんか。こんにちは」「……よくわかりましたね」
 素の声で驚きをあらわにすると、彩の顔から出された別人の声に、花子も驚いた表情をした。変化へんげが中途半端な市兵衛とは違い、声はおろか筆跡すら真似まねて書くことのできる弥兵衛は、バレない自信があったばっかりに、一瞬で見抜かれたことへの動揺を隠せないでいる。目の前にいるのが神使であるという事実を早々に受け入れ、平常心を取り戻した花子が太郎のことを揶揄からかうように言う。
「この人は彩ちゃんにぞっこんなのよ、生前から。だから彩ちゃんのことは、なんでもわかっちゃうの」「違っ! 好きになったのは死んでからだし!」
 あ、好きなことは否定しないんだ? と弥兵衛は、花子と太郎のやりとりを微笑ほほえましく見守る。ふたりとも、亡くなったのは昭和しょうわ初期のころだと聞いた。稲穂の曾祖父そうそふが、まだ小学生くらいだった時代に、彩とも交流があったに違いない。みんなから便宜上「太郎」「花子」と呼ばれているが、本名は弥兵衛の知るところではなかった。太郎が心配げに質問する。「もう一週間以上、会ってないんですけど。どうかしました?」
 たしかに、彩が最後に登校したのは先々週の土曜日。ふたりの視点からでは(もっとも気づいていたのは太郎だけだが)、一週間以上欠席していることになっている。いくら弥兵衛が「大丈夫です、心配ないです」と言ったところで、心のモヤモヤが晴れるわけでもないだろうが、実際「大丈夫」で「心配いらない」のだから、そう答えるほかなかった。弥兵衛は学校わらしたちとも別れ、六年教室のなかへと入っていく。
 ざわざわとした喧騒が、嫌でも耳に入ってくる。稲穂のまわりで、噂好きな女子たちがたむろしているのが見えた。ひとりの女子が、興奮した様子で話している。「……っていうことらしいの。だからね、そのUFOユーフォーから宇宙人が!」
「う、宇宙人?」
 そうだった、と弥兵衛は思い出し、頭を抱えた。このことを稲穂は知らない。市兵衛の報告では、きのうは話題に上がらなかったらしいから、熱が冷めたんだとばかりに思って油断していた。クラスメイトたちにあいさつしながら、稲穂の席まで歩みを進める。「おはよう。談笑中に悪いんだけど、ちょっと稲穂、借りていい?」
 女子たちに断りを入れたあと、稲穂に向かって「少しいい?」と言いながら、廊下のほうへ視線を動かした。廊下へ出たふたりは、階段や五年教室の前を通り過ぎ、トイレ横の水飲み場まで行く。誰も周りにいないことを確認し、弥兵衛は小声で話し始めた。「この近くに、UFOが着陸したという噂が広まりつつあるの」
「UFO?」「まあ、人の噂も七十五日って言うし、気にかけるほどのことでもないとは思うけど、一応、稲穂の耳にも入れておこうかと」「どうして、そんな噂が急に?」「やっぱり、気づいていないんだね」
 眉をひそめる稲穂に、弥兵衛は、なんて切り出したらいいか悩んだ。いち神使が出しゃばることではない。いったい、どこまで話したらよいものかと思案しているうちに、チャイムが校内中に響き渡る。階段を上がってくる先生の匂いを感じ、弥兵衛は教室に戻るよう稲穂を促した。六年教室へ引き返し、着席したタイミングで、担任の先生が、後方のドアの前を通過する。号令後、朝の会が始まった。
 それから三時間ほどが経ち、午前中の授業がすべて終わる。給食を一気に平らげたあと、弥兵衛は昼休みの時間、校内に異常がないかの巡回を始めた。注連縄しめなわが緩んでいないかの確認も済ませる。ひととおり回ってきて、三階に向かう階段をのぼっているとき、聞き覚えのある声で「受持さん、ちょっと」と呼び止められた。
 そこにいたのは、現在の校長先生。彩は洟垂れ坊主と呼んでいるが、名前はたしか敏斉としひとだった気がする。弥兵衛は地声で「ボク、神使ですけど」と素直に応じた。「それでもいいのなら」とのことで正体を明かしたが、どうやら、神使の力では不足な事案を抱えているらしい。敏斉は「んだのが」と驚いた様子もなく、参ったな、というような表情を浮かべる。「頼みたいごどあったんだども、また今度にすっがな」
 なんだか面倒なことになりそうだと、弥兵衛は直感的に思った。一応「報告しておきます」とだけ告げ、そそくさと、その場から離れる。学校のことだったら、保食命うけもちのみことよりも適任がいると思うが、ほかの怪異は、校長先生に見えていないらしいので仕方がない。
 まだ午後の授業が始まるまで十分ほどあるが、無事を確認して教室へ戻る。そこに稲穂の姿はなかった。まだ時間はあるので問題はないが、目を離したすきに、なんらかの事件に巻き込まれていたらと思うと気が気ではなく、もし本当に巻き込まれていたとしたら、彩だけではなく、市兵衛にも顔向けできない。稲穂は、五分経っても戻ってこなかった。彩の話では、たいてい教室かトイレにいるとのことだったので、なおさら気になり、近くの席でノートを広げる美空みくたずねた。
「稲穂は?」「お父さんがきたと、さきほど先生に呼ばれて、出ていきましたよ。校長室に来てくださいって」「……は?」
 危うく、弥兵衛は素の声が出そうになって、両手で必死に口をふさぐ。嫌な予感がして、教室を飛び出していった。稲穂の父親が! しかも、校長先生とはさっきまで会っていた。いったい、誰に呼び出されたと言うのだろう。
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