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7年前。

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7年ほど前・・・

朝、大学に行くと小森が慌てながらリュックを漁っていた。


「無い・・・無い・・・!」

「?・・・おはよ、何が『無い』んだ?」


机の上で、リュックをひっくり返してる小森。

バサーっ!・・と、中身が全部出てしまってる。

財布に教科書、ペンケースにキーケース、折り畳みの傘に、ガム・・・

沢山のものがリュックから出てきてた。


「ケータイが無い!」

「ケータイ?忘れたのか?」


リュックのサブポケットまでひっくりかえして探してる小森。

俺はその隣に自分のリュックを置いた。


「うわぁぁ・・・今日、大学の帰りに寄るところがあるのに連絡できない・・・。」

「あー・・・ご愁傷様?取りに帰ってたら単位取れなくなるしな。」


俺の通ってる医大は厳しい。

一度の欠席が命取りになることもある。

そのリスクを背負ってケータイを取りにいく価値はない。


「あぁぁ・・・。」

「?」


何の予定があるのかはわからなかったけど、小森は諦めたようで散らかしたリュックの中身をしまい始めた。

よっぽどの予定があるのか、時折頭を抱えながらぶつぶつと言っていた。


「・・・仕方ないな。」


俺はそんな小森を助けてやりたくなり、講義が始まる前に廊下を探したり、事務局に聞きに行ったり、エントランスを探したりした。

小森のケータイは確か・・黒のケータイだ。

カバーが黒色だった記憶があった。


「やっぱ家に忘れてきてんじゃないかな。」


学生数の多い医大で、落し物はすぐに見つかる。

さっき寄った事務局にケータイが届いてないことを考えると家に忘れてきたか、来る途中の道で落としたかのどっちかっぽかった。


「まぁ、諦めろって伝えるか。」


そう思って講義室に戻ろうとしたとき、セーラー服に身を包んだ女の子が目に入った。

キョロキョロと辺りを見回しながら不安げな様子だ。


「なんだ?」


人を探してるのか、案内所を探してるのか・・・やたらキョロキョロとしてるのに誰も手を差しのべない。


「・・・誰も声をかけないのか。」


病気で困ってる人を治すために勉強してるのに、勉強に必死で現実に困ってる人を助けることができないでいる。

誰も声をかけないなら俺が・・・と思って女の子のもとに行った。


「キミ、どうかした?」


背の低い女の子に目線を合わそうと少し屈みながらそう聞くと、女の子は小さな声で答えた。


「忘れ物・・・持って来た・・・んですけど・・。」

「忘れ物?じゃあ事務局がいいかな。おいで?」


学生の数が多い大学で個人名を聞いてもきっとわからない。

なら事務局で手続きを取ってもらうのが一番手っ取り早い方法だった。


『おいで』と言ったあと、俺は事務局に向かって歩き始めた。

女の子は俺の後ろを不安げな様子でとぼとぼとついてくる。


(初めて来たのかな?なら不安で仕方ないよな・・。)


女の子がいたところから事務局までは少し距離があった。

このまま無言で歩くのは少し申し訳なくなった。


「なぁ・・・・キミ、中学生?」

「え?・・・あ、はい。」

「中学なら・・・部活とかしてんの?」

「女バスに入ってます。」


床を見ながら歩いていた女の子は、段々視線が上がりだした。


「バスケかー・・・俺、ルール知らなくてボール持ったまま何歩も歩いたことある。」

「え・・・・。」

「速攻で味方に怒られた(笑)」


そう言うと女の子はぽかんとした顔をして、すぐにクスっと笑った。


「・・・ふふ。」


その後も俺は学生時代にしでかした失敗話を女の子に話した。

黒板消しをドアに挟んで、落ちるかどうか確かめようとして自分にあたった話や、中庭でちょっとだけ寝るつもりが、がっつり放課後まで寝てしまった話などを。

女の子は俺の後ろを歩いていたのに、いつの間にか隣を歩いていた。

興味津々に俺の話を聞いてる。


「あ、あそこが事務局だから。中に入って忘れ物を持って来たことを言えば対処してくれるからな。」


そう言うと女の子はにこっと笑った。


「ありがとうございますっ。」

「・・・どういたしまして。じゃ。」


俺は彼女を事務局の前に残し、踵を返した。

講義室に向かおうと足を進めたとき、同期の一人が俺を呼んだ。


「桐生ーっ!次、実習に変更だぞーっ!」

「まじか!急ぐわ!」


講義の内容が変更になり、その日俺は小森に会うことがなかった。

お互い講義ですれ違い、『ケータイは諦めろ』と伝え損ねてしまった。


「まぁ、無いなら無いなりにどうにかするよな。」


所詮は他人事。

俺は自分の勉強に集中することにした。





ーーーーー





その日の夜・・・



事務局まで案内してもらった女の子は、学校の帰りに駅で一人の男の人を待っていた。

待ってる人の名前は・・・小森 一哉。

待ってる女の子は小森 一華だ。


「もー・・お兄ちゃん、遅いんだから・・・。」


今日は一緒にご飯を食べる約束をしてるのに、兄がケータイを忘れて大学に行ってしまった。

その事に気がついた彼女は、約束をすっぽかされたら困ると思い、大学までケータイを届けたのだった。


「お兄ちゃん・・・あの人のこと知ってるかなぁ・・・。」


彼女は事務局まで案内してくれた学生のことを考えていた。

どこに忘れ物を届けていいのか分からずにいた彼女は、忙しく歩き回る医大生に声をかけれずにいた。

どうしようかと思っていたその時、声をかけてくれたのが彼だった。


「めっちゃ優しかった・・・。」


少し高めの声に、楽しい話。

同い年の男の子が持ってない優しさに心が跳ね、その整った顔立ちに目を奪われた。

不安だった心はいつの間にか晴れ、もっと話をしたいと思ったほどだった。


「お兄ちゃんに聞きたいのに・・・まだ来ないんだから。・・・あ!来た!」


小走りに駆けてくる兄の姿を見つけた。

兄は手にケータイを持ち、妹のところに一直線に向かってきた。


「はぁっ・・はぁっ・・悪い!一華!待たせたよな。」


その言葉を聞くや否や、彼女は兄に詰め寄るようにして言った。


「ねぇ、お兄ちゃん!桐生さんって知ってる!?」

「桐生?講義が同じときが多いけど・・・なんで?」

「彼女とか・・・いるの!?」

「知らねーけど・・・どうした?」


彼女は案内してもらった時のことを兄に話した。

事細かく・・・尚且つ嬉しそうに話すその姿に・・・兄はぼそっと言った。


「お前・・・桐生に惚れたのか?」

「・・・・・え!?」

「顔・・・赤いぞ?」

「!?!?」


中学生なんて思春期真っただ中。

気になる人のことをもっと知りたいと思うのが・・・恋というものだ。


「え・・・え・・・・!?」


一人でパニックになってる中、兄が彼女の頭を撫でた。


「そーか・・・お前も好きな人くらいできる年だよな。」

「す・・好きな・・人・・・。」

「兄ちゃんじゃないとこが残念だ。」

「・・・・。」

「とりあえずメシ行こうか。パスタの店に行ってみたいんだろ?」


彼女は兄と一緒に店に向かって足を進めだした。

その道中も・・・店に入ってパスタを食べてる時も、兄に彼のことを問いていく。


「明日は桐生さんと一緒?」

「あー・・・どうだったかな。」

「ねぇ、彼女いない?」

「知らねぇってば。」

「また忘れ物してくれる?」

「・・・会いたいなら紹介しようか?妹って。」


兄の言葉に彼女は手をブンブンと振った。


「やっ・・!いい!いらない!」

「なんで?手っ取り早いだろ?」

「・・・中学生なんて相手にしてくれないよ。」


自分は中学生。相手は大学生。

ただの『妹』で終わるのがオチだ。


「・・・決めた。私、頑張る!」

「何を?」

「もっと大人っぽくなる!だから・・・協力して!!」

「・・・・はい?」


その日から彼女はファッション雑誌を読んだり、メイクを研究したりした。

彼に再会した時に・・・目に留めてもらえるように・・・。



そんなことを知らない桐生は、同時刻に小森のケータイがどうなったのか気になりながらベッドでごろごろ転がっていた。


「用事は間に合ったのかな。そういえばあの子・・・可愛かったな。誰かの妹とかかな。」


兄弟がいない桐生は、忘れ物を届けにきてくれるとかいう光景を羨ましく思いながら・・・目を閉じていった。















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