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「---っ!!」
婚姻届は厄介だ。
全部埋まってるのなら役所に出しに行った時点で成立してしまうから。
「役所に連絡して止めておこうか?」
「・・いえ、出すことはないと思います。いつも『お前のメシがまともな味になったら結婚してやる』と言われてましたので。」
「・・・え?そんな酷いこと言われてたのか?」
「・・・。」
この吐露がきっかけになったのかそれとも吹っ切れたのか、彼女は同棲中にあったことをぽつりぽつりと話し始めた。
給料は全て男が管理していて一銭も渡されてないことや、食材は週一で買い与えられたものでやりくりしていたこと。
『弁当を作れ』と言われて作ってはいたけど、毎日メールで罵倒されていたこと。
自分の分の食材はほぼなくて、うどん数本で二日過ごすこともざらにあったことも話してくれた。
藤沼が調べることができなかった内情が明らかになり、俺の拳に自然と力が入っていく。
「健太が私の収入を管理し始めたときって私がデビューして間もなかったんでそんなに収入は無かったと思います。一人暮らしできるだけの収入があるのなら・・・」
「あの家から出て一人で暮らしたいんだな?」
「はい。私じゃ調べれないんです。スマホは・・あることはあるんですけどWi-Fi環境下じゃないと意味がないスマホなうえ、健太が全て管理してますし、パソコンもないんで担当さんと連絡を取ることができなくて・・・・」
その言葉を聞き、俺は耳を疑った。
全てを管理されてるスマホなんて、持ってないも同然だから・・。
「・・・藤沼、いるか?」
そう聞くと客間の戸がスッと開いた。
「お呼びですか。」
「空いてるスマホ、一台くれ。」
「用意してきます。」
戸を開けたままどこかへ走っていった藤沼は、すぐに戻って来た。
手には最新のスマホがある。
「どうぞ。」
藤沼が持ってきたスマホを受け取り、俺は彼女の手に握らせた。
「これ使いな。アクセサリーも何もない裸のスマホだけど番号はある。電話もかけれるしメールもできるから。」
「え・・・っ!?いやっ・・・!使えませんよ・・・!?」
握らせたスマホを返すように押し出してきた彼女。
俺はもう一度彼女の手にスマホを握らせた。
「一回は家に戻るんだろ?俺の番号入れとくから、何かあったら電話しな?」
「・・・。」
家に戻るということは何かしら身の危険があるかもしれないことに気がついた彼女は、握らせたスマホを返そうとはしなかった。
「すぐ会社に連絡して、収入は全て野崎さんにいくよう手配する。陽が昇ったら家まで送るよ。」
「・・・ありがとうございます。」
完全に熱も下がったことで安心した俺は、彼女と同棲してる男をどうするかを考えていた。
彼女が望めば社会的にも実質的にも消すことは簡単だけど、それじゃあ俺の気がすまなさそうだ。
(焼くか煮るか・・・蒸すか?)
そんなことを考えてると、彼女が俺をじっと見てることに気がついた。
「?・・・どうかした?」
「あの・・・園田さんのこと、教えてもらってもいいですか・・?私、カフェで会うときしか知らなくて・・・」
「!!・・・あ、ごめんごめん。じゃあ自己紹介から。俺は『園田 圭一』、29歳。」
「!・・・私と10違うんですか!?」
「そう。株式会社『A&a』の代表と、ここ・・『一条組』の組長をしてる。」
「『A&a』は知ってますけど・・・『一条組』って確かすごく大きいヤクザ・・・・」
「・・・そう。先代が亡くなって、当時二番手だった俺が組長の任を預かることになったんだよ。」
デカすぎる組織だったうちを簡単に解体することなんてできず、俺が任を預かったことを話した。
何年もかけて少しずつ組を小さくしていくつもりなことも話すけど、組でしてる仕事は褒められたような仕事ではない。
その全てを知ってもらいたくて、俺はできるだけオブラートに包みながら話していく。
「組の仕事は法のギリギリでの金貸しがメイン。他にもいろいろしてる。」
「お金を貸す仕事・・・」
「絶対借りちゃだめだからな?夜の店に落とすのが筋書だから。」
念を押しながらこの家が組員たちの家なことも話していった。
今は結構人数も減って20人程しか生活してないこの家だけど、強面の男どもしかいないのはそういうことなのだ。
「あの・・一平さんに聞いたんですけど・・・」
ーーーーー
私が聞いた話を園田さんに確認しようと思った時、園田さんの表情が一瞬で変わった。
「一平?なんで一平を知って・・・?」
少し怒ったような表情をしてる園田さん。
手をぎゅっと握っていて、何かを我慢してるようにも見える。
「え?・・・あ、さっき茶々のこと教えてもらったんです。」
「あ・・・なるほど・・・。」
「その時、『潰しにいった組』とか『組長がー』とか聞いたんですけど・・・それも・・・?」
「あぁ、茶々丸の時か。あの組は何の関係もない人を騙して搾取してたから潰しにいったんだよ。うちのシマでしてたからそれもあって。」
「なるほど・・・・」
これでさっき一平さんが話してたことが理解できた。
(でもそんなすごい人がどうして私なんかを・・・・)
私はふと、自分が健太を好きになったきっかけを思い出した。
健太とは・・・高校を卒業してすぐのとき、自分の描いたデザインを見てもらうアポを取り付けた会社で出会ったのだ。
持ち込んだ絵は訂正のうえ再度提出となり、どう訂正するかを悩みながら社内エントランスの椅子に座ってた時、健太が話しかけてきたのだった。
(あの時は『好きになる』っていうより話ができたことが嬉しかった気がする。友達とかいなかったし・・。)
『何悩んでるの?』とか『デザイナー!?すごい!』とかたくさん言葉をかけてくれた健太。
次第に会社以外でも会うようになり、付き合い始めるのに時間はかからなかった。
そしてすぐに同棲することになったのだ。
(施設出身の私は『保護者』というものが居なかったから・・ネットカフェで毎日寝泊まりしていたってのも大きいんだよね・・。)
無事に『家』という形あるもので寝泊まりができるようになり、仕事も順調になっていった私だけど、その仕事が順調になるにつれて健太の態度は変わっていったのだ。
私を見下して暴言を吐くようになり、夜の行為は強制。
それでも頻度が少なかったらまだよかったものの、心に負う傷は日に日に大きくなっていってたのだ。
(あれ・・・?よく考えたら『この瞬間に好きになった!』って言うのが無かったような・・・。)
よくわからない感じになってしまい、視線を下に向けると園田さんが覗き込んできた。
「どうかした?」
「---っ。なっ・・なんでもないです・・・」
どうみてもイケメンな園田さんが顔を近づけてくると顔が熱くなってしまう。
赤くなる顔がバレないようにと両手で頬を押さえると、園田さんが笑いを堪えるような仕草をしていたのだ。
「かわいいなぁ、顔真っ赤。」
「~~~~っ!?」
「なんで真っ赤にしてるのか教えてくれる?」
そう言われ、私は仕方なく口を開いた。
「い・・・」
「い?」
「イケメンすぎて・・その・・・免疫がなくて・・・?」
正直に答えると園田さんは嬉しそうに笑顔をこぼしていた。
「それは嬉しいな。」
「~~~~っ。・・・どうして嬉しいんですか・・」
「そりゃもちろん、『好意的に見て』もらえないと一歩も進めないから?」
園田さんが『付き合ってほしい』と言ってくれた背景が、この笑顔の中に溢れてるようだった。
私を『好きでたまらない』と言った表情で笑う園田さんはとてもかっこよく、この想いに応えたいと思ってしまう。
「・・・お返事は少し待っていただけますか?」
健太との将来の為に書いた婚姻届が残ったままじゃ返事はできない。
処分して、別れを告げてあの家を出れたら・・・返事をしたいと思ったのだ。
「待つよ。いくらでも待つ。だから・・・俺を選んで。」
私は陽が昇るのを待ち、あの家に・・・一旦帰ることにしたのだった。
婚姻届は厄介だ。
全部埋まってるのなら役所に出しに行った時点で成立してしまうから。
「役所に連絡して止めておこうか?」
「・・いえ、出すことはないと思います。いつも『お前のメシがまともな味になったら結婚してやる』と言われてましたので。」
「・・・え?そんな酷いこと言われてたのか?」
「・・・。」
この吐露がきっかけになったのかそれとも吹っ切れたのか、彼女は同棲中にあったことをぽつりぽつりと話し始めた。
給料は全て男が管理していて一銭も渡されてないことや、食材は週一で買い与えられたものでやりくりしていたこと。
『弁当を作れ』と言われて作ってはいたけど、毎日メールで罵倒されていたこと。
自分の分の食材はほぼなくて、うどん数本で二日過ごすこともざらにあったことも話してくれた。
藤沼が調べることができなかった内情が明らかになり、俺の拳に自然と力が入っていく。
「健太が私の収入を管理し始めたときって私がデビューして間もなかったんでそんなに収入は無かったと思います。一人暮らしできるだけの収入があるのなら・・・」
「あの家から出て一人で暮らしたいんだな?」
「はい。私じゃ調べれないんです。スマホは・・あることはあるんですけどWi-Fi環境下じゃないと意味がないスマホなうえ、健太が全て管理してますし、パソコンもないんで担当さんと連絡を取ることができなくて・・・・」
その言葉を聞き、俺は耳を疑った。
全てを管理されてるスマホなんて、持ってないも同然だから・・。
「・・・藤沼、いるか?」
そう聞くと客間の戸がスッと開いた。
「お呼びですか。」
「空いてるスマホ、一台くれ。」
「用意してきます。」
戸を開けたままどこかへ走っていった藤沼は、すぐに戻って来た。
手には最新のスマホがある。
「どうぞ。」
藤沼が持ってきたスマホを受け取り、俺は彼女の手に握らせた。
「これ使いな。アクセサリーも何もない裸のスマホだけど番号はある。電話もかけれるしメールもできるから。」
「え・・・っ!?いやっ・・・!使えませんよ・・・!?」
握らせたスマホを返すように押し出してきた彼女。
俺はもう一度彼女の手にスマホを握らせた。
「一回は家に戻るんだろ?俺の番号入れとくから、何かあったら電話しな?」
「・・・。」
家に戻るということは何かしら身の危険があるかもしれないことに気がついた彼女は、握らせたスマホを返そうとはしなかった。
「すぐ会社に連絡して、収入は全て野崎さんにいくよう手配する。陽が昇ったら家まで送るよ。」
「・・・ありがとうございます。」
完全に熱も下がったことで安心した俺は、彼女と同棲してる男をどうするかを考えていた。
彼女が望めば社会的にも実質的にも消すことは簡単だけど、それじゃあ俺の気がすまなさそうだ。
(焼くか煮るか・・・蒸すか?)
そんなことを考えてると、彼女が俺をじっと見てることに気がついた。
「?・・・どうかした?」
「あの・・・園田さんのこと、教えてもらってもいいですか・・?私、カフェで会うときしか知らなくて・・・」
「!!・・・あ、ごめんごめん。じゃあ自己紹介から。俺は『園田 圭一』、29歳。」
「!・・・私と10違うんですか!?」
「そう。株式会社『A&a』の代表と、ここ・・『一条組』の組長をしてる。」
「『A&a』は知ってますけど・・・『一条組』って確かすごく大きいヤクザ・・・・」
「・・・そう。先代が亡くなって、当時二番手だった俺が組長の任を預かることになったんだよ。」
デカすぎる組織だったうちを簡単に解体することなんてできず、俺が任を預かったことを話した。
何年もかけて少しずつ組を小さくしていくつもりなことも話すけど、組でしてる仕事は褒められたような仕事ではない。
その全てを知ってもらいたくて、俺はできるだけオブラートに包みながら話していく。
「組の仕事は法のギリギリでの金貸しがメイン。他にもいろいろしてる。」
「お金を貸す仕事・・・」
「絶対借りちゃだめだからな?夜の店に落とすのが筋書だから。」
念を押しながらこの家が組員たちの家なことも話していった。
今は結構人数も減って20人程しか生活してないこの家だけど、強面の男どもしかいないのはそういうことなのだ。
「あの・・一平さんに聞いたんですけど・・・」
ーーーーー
私が聞いた話を園田さんに確認しようと思った時、園田さんの表情が一瞬で変わった。
「一平?なんで一平を知って・・・?」
少し怒ったような表情をしてる園田さん。
手をぎゅっと握っていて、何かを我慢してるようにも見える。
「え?・・・あ、さっき茶々のこと教えてもらったんです。」
「あ・・・なるほど・・・。」
「その時、『潰しにいった組』とか『組長がー』とか聞いたんですけど・・・それも・・・?」
「あぁ、茶々丸の時か。あの組は何の関係もない人を騙して搾取してたから潰しにいったんだよ。うちのシマでしてたからそれもあって。」
「なるほど・・・・」
これでさっき一平さんが話してたことが理解できた。
(でもそんなすごい人がどうして私なんかを・・・・)
私はふと、自分が健太を好きになったきっかけを思い出した。
健太とは・・・高校を卒業してすぐのとき、自分の描いたデザインを見てもらうアポを取り付けた会社で出会ったのだ。
持ち込んだ絵は訂正のうえ再度提出となり、どう訂正するかを悩みながら社内エントランスの椅子に座ってた時、健太が話しかけてきたのだった。
(あの時は『好きになる』っていうより話ができたことが嬉しかった気がする。友達とかいなかったし・・。)
『何悩んでるの?』とか『デザイナー!?すごい!』とかたくさん言葉をかけてくれた健太。
次第に会社以外でも会うようになり、付き合い始めるのに時間はかからなかった。
そしてすぐに同棲することになったのだ。
(施設出身の私は『保護者』というものが居なかったから・・ネットカフェで毎日寝泊まりしていたってのも大きいんだよね・・。)
無事に『家』という形あるもので寝泊まりができるようになり、仕事も順調になっていった私だけど、その仕事が順調になるにつれて健太の態度は変わっていったのだ。
私を見下して暴言を吐くようになり、夜の行為は強制。
それでも頻度が少なかったらまだよかったものの、心に負う傷は日に日に大きくなっていってたのだ。
(あれ・・・?よく考えたら『この瞬間に好きになった!』って言うのが無かったような・・・。)
よくわからない感じになってしまい、視線を下に向けると園田さんが覗き込んできた。
「どうかした?」
「---っ。なっ・・なんでもないです・・・」
どうみてもイケメンな園田さんが顔を近づけてくると顔が熱くなってしまう。
赤くなる顔がバレないようにと両手で頬を押さえると、園田さんが笑いを堪えるような仕草をしていたのだ。
「かわいいなぁ、顔真っ赤。」
「~~~~っ!?」
「なんで真っ赤にしてるのか教えてくれる?」
そう言われ、私は仕方なく口を開いた。
「い・・・」
「い?」
「イケメンすぎて・・その・・・免疫がなくて・・・?」
正直に答えると園田さんは嬉しそうに笑顔をこぼしていた。
「それは嬉しいな。」
「~~~~っ。・・・どうして嬉しいんですか・・」
「そりゃもちろん、『好意的に見て』もらえないと一歩も進めないから?」
園田さんが『付き合ってほしい』と言ってくれた背景が、この笑顔の中に溢れてるようだった。
私を『好きでたまらない』と言った表情で笑う園田さんはとてもかっこよく、この想いに応えたいと思ってしまう。
「・・・お返事は少し待っていただけますか?」
健太との将来の為に書いた婚姻届が残ったままじゃ返事はできない。
処分して、別れを告げてあの家を出れたら・・・返事をしたいと思ったのだ。
「待つよ。いくらでも待つ。だから・・・俺を選んで。」
私は陽が昇るのを待ち、あの家に・・・一旦帰ることにしたのだった。
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