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第40話 恋人の命を助けるために泣き叫び恥を晒し土下座するイケメン
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「はっ…はっ…」
今は昼の真っ只中。荒々しい息遣いで街の中を疾風のように駆けるレオナルド令息の姿がある。
親友と信頼の絆を改めて実感して心が通じ合ったレオナルド令息とローレンとマティオは別行動をして街の中でヴィオラ令嬢が誘拐された情報を集めていた。
「あそこに行くか…あんまり気が進まないけど…」
レオナルド令息は走りながら独り言とも思える口調でつぶやく。
数分後に到着したのは警備兵の詰所だった。レオナルド令息は気まずそうな顔でドアを開ける。
「なんだ騎士か?」
「騎士だって?」
「騎士がこんなところに何の用だよ」
詰所の中にいた若い警備兵はレオナルド令息を視野の中に入れると、とても不愉快さを表した言葉を吐いて苦々しげな表情を向ける。
「令嬢が連れ去られた事件で話を聞きたい」
部屋の中には重苦しい陰湿な空気が漂ってるのは感じているが、それでもレオナルド令息は詰所にいる警備兵に尋ねた。
「知らんな」
「俺もわからない」
「悪いけど他を当たってくれ」
詰所にいた警備兵は全員がカチンとくるような言い方をしてけんか腰みたいに無愛想な応対をする。まるでハエでも追い払うように鼻にも引っかけない。
「そんなこと言わずに詳しい話を教えてくれ!」
レオナルド令息が問いかけてもまともに取り合わないような受け答えをする警備兵。
だが恋人の手がかりがあることは間違いない。真剣な眼差しで周りを圧倒させる強い意志を持ってもう一度質問する。
警備兵が騎士に対して態度に悪意がでるのは分かっていた。それを承知で詰所に入って来たのだから。
どうして警備兵は騎士にぞんざいに接するのか?その理由は警備兵は普通の一般人で騎士は貴族だからというのが大きい。それが相容れない関係の一番の理由で根っ子にある。
貴族のほうが権力があるから一般人の警備兵は騎士より下に見られている。それは事実だが同じ街を守っているのに警備兵からしたら気に食わない。
他には警備兵の場合はその街の領主が許可しないと街の外に出て勝手に行動することはできない。そのこともやり場のない不平と不満が心の中に駆け巡っている。
警備兵は騎士よりも戦闘技術が劣っているというのが理由である。そんなことを言われれば警備兵からしたら騎士に対して胸の中にもやもやとした憎しみが溜まるのも当然のことだった。
だがこれは長年受け継がれてきてどこの国でも当たり前の事で決して騎士が悪いと言うわけではない。中には警備兵を馬鹿にしたように鼻で笑う思いあがった騎士がいるがそれは一部だ。
だが警備兵に尊大な口調で偉そうな態度をとる一部の騎士のせいで、元々犬猿の仲なのがより一層ヒビが入った。ここまでこじれた関係を修復させるのは容易にはいかない。
「頼む教えてくれ…お願いだ…」
レオナルド令息はその場で土下座をした。プライドをかなぐり捨ててすがるような声を出してしきりにお願いする。
恋人の切羽詰まった状況を考えれば自分が土下座することくらい何てことはない気持ちだった。とにかくヴィオラ令嬢の情報がほしい。
「騎士様が下々の俺達に頭を下げてるぞ」
「おお、これは凄いことだ」
「この貴族様は随分と情けないな」
だが警備兵にはレオナルド令息の誠実な態度にもほんの僅かでも心を動かされない。
しらっとした顔で敬意を払うこともなく見下すような冷笑を浮かべる者に、心ない意見を口にして小馬鹿にして迷惑げな表情をする者。
「警備兵が騎士のことを快く思わないのはよく理解している…でも教えてほしい…」
警備兵の言動からは端々に騎士への侮辱がはっきり読み取れる。だけどレオナルド令息は屈辱感で体が小刻みに震えても諦めない。力を貸してほしいと心の底から頼み込み切実な声を出す。
「頼むよーーーーーー!お願いだーー!僕を助けてくれーーーー!」
泣き叫んだレオナルド令息。頭がおかしいと何を思われてもいい。精神病のように涙ながらに警備兵にすがりつき捨て身の覚悟になる。
「とうとう泣き出したぞ」
「ははははは…男前の貴族様が土下座したと思ったらガキのように俺達にすり寄って泣いてやがる」
「こいつはいい気分だ。カッコいい騎士様が無様な姿を晒している。今日は酒が一段と上手いぞ」
警備兵のレオナルド令息をさげすむ声。最初は困惑したような顔つきになると即座に呆れた顔で見下すように笑う。
美しい紳士は道具のように扱われ貴族の誇りを失い品位に欠けてみっともない恥ずかしい姿を晒す。
「教えてくれ…頼む…何でもするから」
それでも愛する彼女のために頼み込む。ヴィオラ令嬢は生死の境をさまよっているかもしれない。そう思うと自分のみじめな姿なんて屁でもない。
不安で弱々しい声を出して警備兵の顔色をうかがうレオナルド令息。
「何でもするなら俺達を楽しませてみろ」
「そうだな。俺達を喜ばせることができたら令嬢の情報を教えてやるかもな?」
「本当か!?」
「騎士と違って俺達は嘘はつかないから安心しな。まずはさっきみたいに土下座をしろ」
意地の悪さが見える警備兵は恩着せがましい口調で椅子の背に体を預ける。不愉快な振る舞いで非情な人間そのものの態度。
その時ガラッと詰所のドアが開いて部屋にいる警備兵は入口に視線を向ける。
「班長お疲れ様です」
「ご苦労様です」
「お疲れ様であります」
入ってきたのは40代の初老の警備兵。レオナルド令息に対して無愛想で取り付く島もないほど礼儀を欠いた態度とは逆に尊敬に値するほどの面持ちでねぎらいの言葉をかける若い警備兵達。
「お疲れさん。それでその人はなんだ?見たところ騎士のようだが…」
いつものように警備兵同士で挨拶を交し合った後に年配の警備兵が見当のつかない顔で疑惑を口にする。
なにしろレオナルド令息は年配の警備兵が入って来ても凍りついたように動かないで土下座を続けていたのだから。
年配の警備兵は身なりから直ぐに騎士だと理解すると、どうしてこのような状況になっているのか気になるのは言うまでもない。
「その人は貴族の令嬢が連れ去られた事件を聞きたいらしいです」
「なるほど…そういうことか…」
若い警備兵の返答に年配の警備兵は納得した。
長年に渡って警備兵という仕事に従事しているので騎士と警備兵の仲が悪くて水と油の関係なのは当然ながら理解している。
気持ちを汲みとっている年配の警備兵は土下座している騎士の青年に冷たい態度を取った若い警備兵を説教をすることも叱り飛ばすこともない。
「騎士さんよ、そんな姿でいくら頼んでも無駄なことは分かっているだろう?」
「お願いだ。情報を教えてほしい」
意外に穏やかな口調と顔つきで年配の警備兵は土下座をしている騎士に部屋を退出するように促すが、レオナルド令息は一生懸命に全神経を集中して真剣に要求する。
「あんたは誘拐された貴族のお嬢さんとはどういう関係なんだ?」
「僕の恋人で婚約者です」
「そうかい。そりゃあ必死の思いで仲が悪い警備兵に土下座までして頼むわけだ」
「だからお願いだ。僕の大事なヴィオラの情報を…何でもいいから知ってることを…」
「本当は下げたくない頭をそこまで下げて…仮に情報を教えたら態度をコロッと変えて悪態をついてここから居なくなるんだろ?」
「そんなことはありません!有力な情報にはある程度はお金も払います」
連れ去られた令嬢は自分の恋人で婚約者だとレオナルド令息は胸中を打ち明ける。
年配の警備兵もさすがに気の毒な気持ちになり、レオナルド令息の真っ直ぐな思いに心が傾き始めた。
だがまだ信頼できないと疑問が心の片隅に引っかかる。今は控えめな態度で土下座をしているが、情報を教えたら手のひらを反すのではないか?
これまでそのような苦い経験は何度も味わっている。いかにも優しそうな人柄に見えるこの騎士でも結局のところ最後には裏切るのではないかと考えを巡らす。
優美な騎士は男性から見ても魅了させられて吸い込まれそうな端正な顔立ち。
女性の警備兵はいないが、仮に女性の警備兵がいたとしたら騎士の甘い言葉と魅力に胸の赤い実がキュンとなり弾けて心を奪われる。
美青年だが少年のようなキラキラした瞳に吸い込まれてしまい手の平の上で踊るように満面の笑顔を向けて素直に令嬢の情報を説明していたことだろう。
「令嬢は街の中にはいないだろうな…森だ」
年配の警備兵は急に火がついたように口を開く。
この警備兵には若い娘がいてその子が連れ去られたら不安に襲われながら心が激しく揺さぶられ、どんなことをしてでも必死に探し回る。
自分の目の前で土下座している騎士も同じ気持ちなんだと思うと無意識に答えていた。
「街にいないとはどういうことですか?」
レオナルド令息は顔を上げて子ネコのように愛らしいつぶらな瞳で瞬きする間もなく切り返す。相手の同情を引く顔して瞳には先ほど泣き叫んだ涙らしい光が溜まっていた。
「俺は朝から街の入口の門で警備をしていた。今は交代で戻ってきたところでな。何台か馬車は街から出て行ったがその中に一台だけ妙に怪しい馬車が出て行ったんだ」
「荷台を確かめたりはしなかったのですか?」
「もちろん荷物の確認はしたさ。だが他の馬車の確認もあるし、その馬車だけを重点的に隅々まで調べたりすることは時間的に無理だ」
「そうでしたか…」
「だがこれまでの経験で何となく分かる。奴らは何か隠していると…」
公爵家側の人間は全力の限りを尽くして狂ったように街の中でヴィオラ令嬢を探している。
それはここに到着するまでに実際に目で見て分かっている。公爵家の立場を最大限に利用して、なり振り構わず家に押しかけると目を皿のようにして自分達が納得するまで探す。
そんな訳で頭の回転が速い犯人なら街にいるのは得策でないと判断して、街から出るのは山頂から流れる水のように自然で、この辺りで隠れられる場所は森というのも少しも無理がない。
レオナルド令息は喉から手が出るほど欲しい有力な情報を伝えられた。
「これは情報料だ。少ないが受け取ってくれ」
「こんなにもらっていいのか?」
「あなたの情報に僕は救われた。ありがとう」
とにかくヴィオラ令嬢の居場所が森だということが分かり、まぶしいような深い喜びが顔にみなぎる。
土下座の姿勢から立ち上がったレオナルド令息はテーブルに数枚の金貨を置くと森に行くと心の中で宣言し急いで詰所のドアに手をかける。
「まさかあの危険な森に一人でいくつもりか?」
「いや、僕を含めて3人で行く」
「その人数では危険だぞ?」
年配の警備兵が金貨を受け取った時の飛び上がりたいほど喜びを抑えられない顔が瞬時に変わり、ひどく動揺した口調で言う。
森には凶暴な獣がいる。そんなところにその人数では無謀で自分から身投げするような危ない行為だと説得する。
「僕は彼女を助けるために行くよ!」
「これから夕方になり直ぐに夜になる。誰も怖くて近づかない森だ」
「でもそんな森の中に僕の恋人はいるんだ!」
「少し冷静になれ。あの広い森で探せるわけがない。それどころかあんた達まで迷子になって獣に襲われるのが目に見える」
「じゃあどうすればいいんですか!」
今すぐにでも森に探しに行きたいレオナルド令息は歯を食いしばり睨みつけた。
語気を強めて熱心に説得する年配の警備兵にも聞く耳をもたない。
胸が震えるほど美しく瞳が大きく輝いている美青年の顔が鬼のように凄まじい形相で噛みつきそうな激しい口調になりムキになって年配の警備兵に反論する。
「俺達は警備兵だから上に相談してからじゃないと街の外に出て勝手に捜索することはできないが、騎士なら問題ないから、とりあえず他の騎士に連絡して上役の支持を仰いだらどうだ?」
「上司の指示を待つ?そんな時間はない!それに上司の言うことを真面目に聞いていたらここまで辿り着くこともなかった」
「そうかあんたも色々あるんだな…だが警備兵の場合は領主が許可したとして捜索はどんなに早くても明日の朝からだからな…」
警備兵の立場では領主に許可が必要で大急ぎでも明日の朝から捜索の開始。それでは何もかもが遅すぎる。
捕まっている恋人が逃げ出すことに成功したとしても恐ろしい獣が徘徊する森の中に美しい令嬢がいたら一晩だって危険だ。もしも遭遇してしまったら捕食される宿命なのは間違いない。
「あなたの恋人は永遠に帰らない」
「そうだな。残念だがもう生きてないだろう…」
「お前の婚約者はこの世から密やかに退場してる」
「とっくに狼のエサになってるわ」
「年若く美人の令嬢が短い人生の幕を閉じる…悲しいね…」
「数日後には変わり果てた姿で発見されるよ」
今まで沈黙を貫いていた若い警備兵達が意地の悪そうな顔で頬をニヤニヤさせてレオナルド令息を観察するように冷たい感じのする目で心ない言葉を息つく暇もなく口にする。
「やめろ!やめてくれ…そんなこと嘘だ…僕は信じない!必ず助けに行くから生きていてくれ!ヴィオラーーーーーーーーーーー!」
ヴィオラ令嬢は森の中にいる。一筋の光明が差し込むがそれも一瞬の思いだけで、レオナルド令息は絶望したような顔でその場にへたり込む。
愛くるしい可憐な恋人の顔が頭をよぎり自分の胸で抱きしめたいと心底思い、婚約者を失うかもしれない恐怖に体が破裂しそうな悲鳴が詰所の中に響き渡る。
今は昼の真っ只中。荒々しい息遣いで街の中を疾風のように駆けるレオナルド令息の姿がある。
親友と信頼の絆を改めて実感して心が通じ合ったレオナルド令息とローレンとマティオは別行動をして街の中でヴィオラ令嬢が誘拐された情報を集めていた。
「あそこに行くか…あんまり気が進まないけど…」
レオナルド令息は走りながら独り言とも思える口調でつぶやく。
数分後に到着したのは警備兵の詰所だった。レオナルド令息は気まずそうな顔でドアを開ける。
「なんだ騎士か?」
「騎士だって?」
「騎士がこんなところに何の用だよ」
詰所の中にいた若い警備兵はレオナルド令息を視野の中に入れると、とても不愉快さを表した言葉を吐いて苦々しげな表情を向ける。
「令嬢が連れ去られた事件で話を聞きたい」
部屋の中には重苦しい陰湿な空気が漂ってるのは感じているが、それでもレオナルド令息は詰所にいる警備兵に尋ねた。
「知らんな」
「俺もわからない」
「悪いけど他を当たってくれ」
詰所にいた警備兵は全員がカチンとくるような言い方をしてけんか腰みたいに無愛想な応対をする。まるでハエでも追い払うように鼻にも引っかけない。
「そんなこと言わずに詳しい話を教えてくれ!」
レオナルド令息が問いかけてもまともに取り合わないような受け答えをする警備兵。
だが恋人の手がかりがあることは間違いない。真剣な眼差しで周りを圧倒させる強い意志を持ってもう一度質問する。
警備兵が騎士に対して態度に悪意がでるのは分かっていた。それを承知で詰所に入って来たのだから。
どうして警備兵は騎士にぞんざいに接するのか?その理由は警備兵は普通の一般人で騎士は貴族だからというのが大きい。それが相容れない関係の一番の理由で根っ子にある。
貴族のほうが権力があるから一般人の警備兵は騎士より下に見られている。それは事実だが同じ街を守っているのに警備兵からしたら気に食わない。
他には警備兵の場合はその街の領主が許可しないと街の外に出て勝手に行動することはできない。そのこともやり場のない不平と不満が心の中に駆け巡っている。
警備兵は騎士よりも戦闘技術が劣っているというのが理由である。そんなことを言われれば警備兵からしたら騎士に対して胸の中にもやもやとした憎しみが溜まるのも当然のことだった。
だがこれは長年受け継がれてきてどこの国でも当たり前の事で決して騎士が悪いと言うわけではない。中には警備兵を馬鹿にしたように鼻で笑う思いあがった騎士がいるがそれは一部だ。
だが警備兵に尊大な口調で偉そうな態度をとる一部の騎士のせいで、元々犬猿の仲なのがより一層ヒビが入った。ここまでこじれた関係を修復させるのは容易にはいかない。
「頼む教えてくれ…お願いだ…」
レオナルド令息はその場で土下座をした。プライドをかなぐり捨ててすがるような声を出してしきりにお願いする。
恋人の切羽詰まった状況を考えれば自分が土下座することくらい何てことはない気持ちだった。とにかくヴィオラ令嬢の情報がほしい。
「騎士様が下々の俺達に頭を下げてるぞ」
「おお、これは凄いことだ」
「この貴族様は随分と情けないな」
だが警備兵にはレオナルド令息の誠実な態度にもほんの僅かでも心を動かされない。
しらっとした顔で敬意を払うこともなく見下すような冷笑を浮かべる者に、心ない意見を口にして小馬鹿にして迷惑げな表情をする者。
「警備兵が騎士のことを快く思わないのはよく理解している…でも教えてほしい…」
警備兵の言動からは端々に騎士への侮辱がはっきり読み取れる。だけどレオナルド令息は屈辱感で体が小刻みに震えても諦めない。力を貸してほしいと心の底から頼み込み切実な声を出す。
「頼むよーーーーーー!お願いだーー!僕を助けてくれーーーー!」
泣き叫んだレオナルド令息。頭がおかしいと何を思われてもいい。精神病のように涙ながらに警備兵にすがりつき捨て身の覚悟になる。
「とうとう泣き出したぞ」
「ははははは…男前の貴族様が土下座したと思ったらガキのように俺達にすり寄って泣いてやがる」
「こいつはいい気分だ。カッコいい騎士様が無様な姿を晒している。今日は酒が一段と上手いぞ」
警備兵のレオナルド令息をさげすむ声。最初は困惑したような顔つきになると即座に呆れた顔で見下すように笑う。
美しい紳士は道具のように扱われ貴族の誇りを失い品位に欠けてみっともない恥ずかしい姿を晒す。
「教えてくれ…頼む…何でもするから」
それでも愛する彼女のために頼み込む。ヴィオラ令嬢は生死の境をさまよっているかもしれない。そう思うと自分のみじめな姿なんて屁でもない。
不安で弱々しい声を出して警備兵の顔色をうかがうレオナルド令息。
「何でもするなら俺達を楽しませてみろ」
「そうだな。俺達を喜ばせることができたら令嬢の情報を教えてやるかもな?」
「本当か!?」
「騎士と違って俺達は嘘はつかないから安心しな。まずはさっきみたいに土下座をしろ」
意地の悪さが見える警備兵は恩着せがましい口調で椅子の背に体を預ける。不愉快な振る舞いで非情な人間そのものの態度。
その時ガラッと詰所のドアが開いて部屋にいる警備兵は入口に視線を向ける。
「班長お疲れ様です」
「ご苦労様です」
「お疲れ様であります」
入ってきたのは40代の初老の警備兵。レオナルド令息に対して無愛想で取り付く島もないほど礼儀を欠いた態度とは逆に尊敬に値するほどの面持ちでねぎらいの言葉をかける若い警備兵達。
「お疲れさん。それでその人はなんだ?見たところ騎士のようだが…」
いつものように警備兵同士で挨拶を交し合った後に年配の警備兵が見当のつかない顔で疑惑を口にする。
なにしろレオナルド令息は年配の警備兵が入って来ても凍りついたように動かないで土下座を続けていたのだから。
年配の警備兵は身なりから直ぐに騎士だと理解すると、どうしてこのような状況になっているのか気になるのは言うまでもない。
「その人は貴族の令嬢が連れ去られた事件を聞きたいらしいです」
「なるほど…そういうことか…」
若い警備兵の返答に年配の警備兵は納得した。
長年に渡って警備兵という仕事に従事しているので騎士と警備兵の仲が悪くて水と油の関係なのは当然ながら理解している。
気持ちを汲みとっている年配の警備兵は土下座している騎士の青年に冷たい態度を取った若い警備兵を説教をすることも叱り飛ばすこともない。
「騎士さんよ、そんな姿でいくら頼んでも無駄なことは分かっているだろう?」
「お願いだ。情報を教えてほしい」
意外に穏やかな口調と顔つきで年配の警備兵は土下座をしている騎士に部屋を退出するように促すが、レオナルド令息は一生懸命に全神経を集中して真剣に要求する。
「あんたは誘拐された貴族のお嬢さんとはどういう関係なんだ?」
「僕の恋人で婚約者です」
「そうかい。そりゃあ必死の思いで仲が悪い警備兵に土下座までして頼むわけだ」
「だからお願いだ。僕の大事なヴィオラの情報を…何でもいいから知ってることを…」
「本当は下げたくない頭をそこまで下げて…仮に情報を教えたら態度をコロッと変えて悪態をついてここから居なくなるんだろ?」
「そんなことはありません!有力な情報にはある程度はお金も払います」
連れ去られた令嬢は自分の恋人で婚約者だとレオナルド令息は胸中を打ち明ける。
年配の警備兵もさすがに気の毒な気持ちになり、レオナルド令息の真っ直ぐな思いに心が傾き始めた。
だがまだ信頼できないと疑問が心の片隅に引っかかる。今は控えめな態度で土下座をしているが、情報を教えたら手のひらを反すのではないか?
これまでそのような苦い経験は何度も味わっている。いかにも優しそうな人柄に見えるこの騎士でも結局のところ最後には裏切るのではないかと考えを巡らす。
優美な騎士は男性から見ても魅了させられて吸い込まれそうな端正な顔立ち。
女性の警備兵はいないが、仮に女性の警備兵がいたとしたら騎士の甘い言葉と魅力に胸の赤い実がキュンとなり弾けて心を奪われる。
美青年だが少年のようなキラキラした瞳に吸い込まれてしまい手の平の上で踊るように満面の笑顔を向けて素直に令嬢の情報を説明していたことだろう。
「令嬢は街の中にはいないだろうな…森だ」
年配の警備兵は急に火がついたように口を開く。
この警備兵には若い娘がいてその子が連れ去られたら不安に襲われながら心が激しく揺さぶられ、どんなことをしてでも必死に探し回る。
自分の目の前で土下座している騎士も同じ気持ちなんだと思うと無意識に答えていた。
「街にいないとはどういうことですか?」
レオナルド令息は顔を上げて子ネコのように愛らしいつぶらな瞳で瞬きする間もなく切り返す。相手の同情を引く顔して瞳には先ほど泣き叫んだ涙らしい光が溜まっていた。
「俺は朝から街の入口の門で警備をしていた。今は交代で戻ってきたところでな。何台か馬車は街から出て行ったがその中に一台だけ妙に怪しい馬車が出て行ったんだ」
「荷台を確かめたりはしなかったのですか?」
「もちろん荷物の確認はしたさ。だが他の馬車の確認もあるし、その馬車だけを重点的に隅々まで調べたりすることは時間的に無理だ」
「そうでしたか…」
「だがこれまでの経験で何となく分かる。奴らは何か隠していると…」
公爵家側の人間は全力の限りを尽くして狂ったように街の中でヴィオラ令嬢を探している。
それはここに到着するまでに実際に目で見て分かっている。公爵家の立場を最大限に利用して、なり振り構わず家に押しかけると目を皿のようにして自分達が納得するまで探す。
そんな訳で頭の回転が速い犯人なら街にいるのは得策でないと判断して、街から出るのは山頂から流れる水のように自然で、この辺りで隠れられる場所は森というのも少しも無理がない。
レオナルド令息は喉から手が出るほど欲しい有力な情報を伝えられた。
「これは情報料だ。少ないが受け取ってくれ」
「こんなにもらっていいのか?」
「あなたの情報に僕は救われた。ありがとう」
とにかくヴィオラ令嬢の居場所が森だということが分かり、まぶしいような深い喜びが顔にみなぎる。
土下座の姿勢から立ち上がったレオナルド令息はテーブルに数枚の金貨を置くと森に行くと心の中で宣言し急いで詰所のドアに手をかける。
「まさかあの危険な森に一人でいくつもりか?」
「いや、僕を含めて3人で行く」
「その人数では危険だぞ?」
年配の警備兵が金貨を受け取った時の飛び上がりたいほど喜びを抑えられない顔が瞬時に変わり、ひどく動揺した口調で言う。
森には凶暴な獣がいる。そんなところにその人数では無謀で自分から身投げするような危ない行為だと説得する。
「僕は彼女を助けるために行くよ!」
「これから夕方になり直ぐに夜になる。誰も怖くて近づかない森だ」
「でもそんな森の中に僕の恋人はいるんだ!」
「少し冷静になれ。あの広い森で探せるわけがない。それどころかあんた達まで迷子になって獣に襲われるのが目に見える」
「じゃあどうすればいいんですか!」
今すぐにでも森に探しに行きたいレオナルド令息は歯を食いしばり睨みつけた。
語気を強めて熱心に説得する年配の警備兵にも聞く耳をもたない。
胸が震えるほど美しく瞳が大きく輝いている美青年の顔が鬼のように凄まじい形相で噛みつきそうな激しい口調になりムキになって年配の警備兵に反論する。
「俺達は警備兵だから上に相談してからじゃないと街の外に出て勝手に捜索することはできないが、騎士なら問題ないから、とりあえず他の騎士に連絡して上役の支持を仰いだらどうだ?」
「上司の指示を待つ?そんな時間はない!それに上司の言うことを真面目に聞いていたらここまで辿り着くこともなかった」
「そうかあんたも色々あるんだな…だが警備兵の場合は領主が許可したとして捜索はどんなに早くても明日の朝からだからな…」
警備兵の立場では領主に許可が必要で大急ぎでも明日の朝から捜索の開始。それでは何もかもが遅すぎる。
捕まっている恋人が逃げ出すことに成功したとしても恐ろしい獣が徘徊する森の中に美しい令嬢がいたら一晩だって危険だ。もしも遭遇してしまったら捕食される宿命なのは間違いない。
「あなたの恋人は永遠に帰らない」
「そうだな。残念だがもう生きてないだろう…」
「お前の婚約者はこの世から密やかに退場してる」
「とっくに狼のエサになってるわ」
「年若く美人の令嬢が短い人生の幕を閉じる…悲しいね…」
「数日後には変わり果てた姿で発見されるよ」
今まで沈黙を貫いていた若い警備兵達が意地の悪そうな顔で頬をニヤニヤさせてレオナルド令息を観察するように冷たい感じのする目で心ない言葉を息つく暇もなく口にする。
「やめろ!やめてくれ…そんなこと嘘だ…僕は信じない!必ず助けに行くから生きていてくれ!ヴィオラーーーーーーーーーーー!」
ヴィオラ令嬢は森の中にいる。一筋の光明が差し込むがそれも一瞬の思いだけで、レオナルド令息は絶望したような顔でその場にへたり込む。
愛くるしい可憐な恋人の顔が頭をよぎり自分の胸で抱きしめたいと心底思い、婚約者を失うかもしれない恐怖に体が破裂しそうな悲鳴が詰所の中に響き渡る。
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