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序章
もう恋愛小説家でいいです
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その日の夜、夕飯が終わると私は意を決して祈りを捧げることにした。さすがに聖女の祈りがなくなると、我がハイランダー家にも良くない影響が及んでしまう。
とはいえ絶対にばれる訳にはいかないので、メイドのアリシアを呼んで言った。
「今から一時間、絶対に私の部屋には誰も入れないで。もしどうしてもの用があるときは必ずノックして」
「もちろんお嬢様の部屋にノックもせず入るようなことはしませんが……」
そう言ってアリシアは怪訝な目でこちらを見る。突然そんなことを言われたら戸惑うのも無理はないだろう。
「とにかく、そういうことだから!」
私は室内に入ると椅子に座って神に祈りを捧げる。
祈りには別に難しい作法や儀式がある訳ではなく、気持ちがあればいいらしい。要は私が聖女の力を持っていることが重要なのだろう。
簡単ではあるのだが、唯一失敗するポイントがあるとすれば、途中で眠りについてしまう危険があることだろう。一人でぼーっとしているとすぐに眠くなってしまうような人にはかなり辛い仕事に違いない。
実家にいる間は一時間一人でいる時間をとることが出来るが、もしどこかの家に嫁いでしまえばこの時間は本当にとれるのだろうか。というかこの家に居続ける間も毎日のように一時間も部屋に籠っていてはすぐに怪しまれるだろう。
何か毎日部屋に籠っていてもいい言い訳を考えなければ、などと考えているうちに一時間が経過した。
こんなことを考えながらの祈りでもいいというのだから神様も大らかである。そしてうまい言い訳は思いつかなかった。基本的に部屋に籠って見られたくないというのは後ろめたいことだから、思いつく言い訳も後ろめたいものにならざるを得ない。
転機が訪れたのはそれから二日後のことだった。いつものように私が部屋に向かうと心配そうな顔をしたアリシアに声をかけられる。
「あの、お嬢様。このところ毎日部屋に籠っていますが本当に大丈夫なのでしょうか?」
やはり心配されてしまうというのは無理もない。
私は必死に平静を装って答える。
「いや、本当に大丈夫だから。体も健康だし」
「でしたらせめて何をなさっているかだけでも教えて下さいませんか?」
「だけどちょっと言いづらいことで、出来れば他人には知られたくないというか……」
まずい、この言い訳では余計に怪しさが増してしまう。もし変な宗教やオカルトに嵌まっているとか思われてのぞき見されたらどうしよう。
私がそんなことを心配したときだった。
「やはりそうでしたか」
不意にアリシアは何かを確信したように頷く。
え、何がやはりなのだろうか。もしかして私が聖女だというのがばれている?
言われてみれば最近庭の花壇も以前より大分元気になっている気がする。おそらく私が近くにいるせいだ。もしやその辺から彼女は洞察していたというのだろうか。
「え、何が?」
が、アリシアが私に見せたのは思いもよらぬものだった。
……主に悪い意味で。
「もしかしてお嬢様、いまだにこれを書かれていたのですね」
「こ、これは……」
そう言って差し出されたものを見て私は絶句する。
アリシアの手にあったのは私が幼いころに書いていた恋愛小説の束だ。小説と言っても、五歳ぐらいの時に書いていたものだから好きなシチュエーション集もしくは妄想殴り書きと表現する方が近い。
当然誰にも見せないよう気を付けていたはずなのになぜ……
私は目にも留まらぬ速さでアリシアの手から紙を奪い取る。
「こ、こんなものを一体どこから……」
「この前反故紙の中から見つけましたが」
私は落書きをしていたものの、本来紙はそこそこの値段がする。うちはそこまで裕福ではない家なので、メモや手紙の下書きなど、そこまで重要でない用には裏紙や書き損じの紙が使われる。大昔に書いた私の殴り書きは何かの手違いでその中に紛れ込んでいたらしい。
「……よ、読んだ?」
尋ねたものの怖くて答えは聞きたくない。
が、アリシアは即答した。
「はい、大変魅力的なお話でした」
アリシアは思い出してうっとりしたような顔をするが、冗談ではない。私は急速に自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じる。
「もう、いっそ殺して……」
「そんな、何もそこまで言わなくても! 大変良かったですよ!」
アリシアは必死でフォローしてくれるが、別にそこをフォローして欲しい訳ではない。いいとか悪いとかじゃなくて見られたこと自体が恥ずかしいのだ。
フォローするぐらいならどちらかというと見てない振りをして欲しかった。今すぐ頭を抱えてのたうち回りたいぐらいだ。
恥ずかしさでもう死にたくなった私だが、そこで一つの考えに行き当たる。確かにこの小説がばれるのは恥ずかしいが、本当にこれを今でも書いていると言えば、祈りを捧げていることはばれないのではないか。
確かに小説を読まれて死にたくなったが、聖女として名乗り出て殺されるよりはよっぽどましだ。
それに書いている、とだけ言って内容は見せないことにすればいい。それならそこまでは恥ずかしくない。
うん、なかなか悪くない案だ。まさに肉を斬らせて骨を断つ、といったところである。
「うん、実は誰にも言えなかったけどまだ小説を書いているの。だからこれ以上は詮索しないで」
私は意を決してそう答える。
するとアリシアは納得した様子で頷く。
「分かりました。ですが旦那様を初めご家族の方は心配なさっております。ご家族にだけお伝えしてもよろしいでしょうか」
「う、うん」
よりによって家族なんて一番ばれたくない人なんだけど。しかし家族に聖女バレする方がまずい。
こうして私は成り行きにより恋愛小説を書いていることになってしまったのである。私は恥ずかしさと安堵感がごっちゃになったような気持ちに襲われたが、これはまだ今後起こることの始まりに過ぎなかった。
とはいえ絶対にばれる訳にはいかないので、メイドのアリシアを呼んで言った。
「今から一時間、絶対に私の部屋には誰も入れないで。もしどうしてもの用があるときは必ずノックして」
「もちろんお嬢様の部屋にノックもせず入るようなことはしませんが……」
そう言ってアリシアは怪訝な目でこちらを見る。突然そんなことを言われたら戸惑うのも無理はないだろう。
「とにかく、そういうことだから!」
私は室内に入ると椅子に座って神に祈りを捧げる。
祈りには別に難しい作法や儀式がある訳ではなく、気持ちがあればいいらしい。要は私が聖女の力を持っていることが重要なのだろう。
簡単ではあるのだが、唯一失敗するポイントがあるとすれば、途中で眠りについてしまう危険があることだろう。一人でぼーっとしているとすぐに眠くなってしまうような人にはかなり辛い仕事に違いない。
実家にいる間は一時間一人でいる時間をとることが出来るが、もしどこかの家に嫁いでしまえばこの時間は本当にとれるのだろうか。というかこの家に居続ける間も毎日のように一時間も部屋に籠っていてはすぐに怪しまれるだろう。
何か毎日部屋に籠っていてもいい言い訳を考えなければ、などと考えているうちに一時間が経過した。
こんなことを考えながらの祈りでもいいというのだから神様も大らかである。そしてうまい言い訳は思いつかなかった。基本的に部屋に籠って見られたくないというのは後ろめたいことだから、思いつく言い訳も後ろめたいものにならざるを得ない。
転機が訪れたのはそれから二日後のことだった。いつものように私が部屋に向かうと心配そうな顔をしたアリシアに声をかけられる。
「あの、お嬢様。このところ毎日部屋に籠っていますが本当に大丈夫なのでしょうか?」
やはり心配されてしまうというのは無理もない。
私は必死に平静を装って答える。
「いや、本当に大丈夫だから。体も健康だし」
「でしたらせめて何をなさっているかだけでも教えて下さいませんか?」
「だけどちょっと言いづらいことで、出来れば他人には知られたくないというか……」
まずい、この言い訳では余計に怪しさが増してしまう。もし変な宗教やオカルトに嵌まっているとか思われてのぞき見されたらどうしよう。
私がそんなことを心配したときだった。
「やはりそうでしたか」
不意にアリシアは何かを確信したように頷く。
え、何がやはりなのだろうか。もしかして私が聖女だというのがばれている?
言われてみれば最近庭の花壇も以前より大分元気になっている気がする。おそらく私が近くにいるせいだ。もしやその辺から彼女は洞察していたというのだろうか。
「え、何が?」
が、アリシアが私に見せたのは思いもよらぬものだった。
……主に悪い意味で。
「もしかしてお嬢様、いまだにこれを書かれていたのですね」
「こ、これは……」
そう言って差し出されたものを見て私は絶句する。
アリシアの手にあったのは私が幼いころに書いていた恋愛小説の束だ。小説と言っても、五歳ぐらいの時に書いていたものだから好きなシチュエーション集もしくは妄想殴り書きと表現する方が近い。
当然誰にも見せないよう気を付けていたはずなのになぜ……
私は目にも留まらぬ速さでアリシアの手から紙を奪い取る。
「こ、こんなものを一体どこから……」
「この前反故紙の中から見つけましたが」
私は落書きをしていたものの、本来紙はそこそこの値段がする。うちはそこまで裕福ではない家なので、メモや手紙の下書きなど、そこまで重要でない用には裏紙や書き損じの紙が使われる。大昔に書いた私の殴り書きは何かの手違いでその中に紛れ込んでいたらしい。
「……よ、読んだ?」
尋ねたものの怖くて答えは聞きたくない。
が、アリシアは即答した。
「はい、大変魅力的なお話でした」
アリシアは思い出してうっとりしたような顔をするが、冗談ではない。私は急速に自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じる。
「もう、いっそ殺して……」
「そんな、何もそこまで言わなくても! 大変良かったですよ!」
アリシアは必死でフォローしてくれるが、別にそこをフォローして欲しい訳ではない。いいとか悪いとかじゃなくて見られたこと自体が恥ずかしいのだ。
フォローするぐらいならどちらかというと見てない振りをして欲しかった。今すぐ頭を抱えてのたうち回りたいぐらいだ。
恥ずかしさでもう死にたくなった私だが、そこで一つの考えに行き当たる。確かにこの小説がばれるのは恥ずかしいが、本当にこれを今でも書いていると言えば、祈りを捧げていることはばれないのではないか。
確かに小説を読まれて死にたくなったが、聖女として名乗り出て殺されるよりはよっぽどましだ。
それに書いている、とだけ言って内容は見せないことにすればいい。それならそこまでは恥ずかしくない。
うん、なかなか悪くない案だ。まさに肉を斬らせて骨を断つ、といったところである。
「うん、実は誰にも言えなかったけどまだ小説を書いているの。だからこれ以上は詮索しないで」
私は意を決してそう答える。
するとアリシアは納得した様子で頷く。
「分かりました。ですが旦那様を初めご家族の方は心配なさっております。ご家族にだけお伝えしてもよろしいでしょうか」
「う、うん」
よりによって家族なんて一番ばれたくない人なんだけど。しかし家族に聖女バレする方がまずい。
こうして私は成り行きにより恋愛小説を書いていることになってしまったのである。私は恥ずかしさと安堵感がごっちゃになったような気持ちに襲われたが、これはまだ今後起こることの始まりに過ぎなかった。
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