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エレンの日常Ⅰ

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 さて、王都の街に出た私は馴染みの商店街に向かいます。
 貴族の家であれば買い物は大体メイドに任せて、一族は高いドレスや宝石のようなものを除いて自分で何も買ったこともないという人も珍しくないでしょう。

 しかし私はうちにそんなに人手がなかったこと、元々そういうのが嫌いでなかったこともあって時々街に出ていました。
 そのため、馴染みの店があります。

「やあエレンお嬢さん。今日は晴れ晴れした顔をしているね」

 主に小麦や卵などを取り扱う食材屋に向かうと、馴染みの店主が私を見て朗らかに声をかけてきます。
 よく利用しているだけあって、私たちは買い物の話だけでなく軽い世間話などもする仲になっていました。料理の時のちょっとしたコツなどは案外平民しか知らないことも多いです。

 そう言えば前回来たときはウィルにどうにか気に入られなければ、という今思えば強迫観念のようなものに囚われていて、買い物に来たので暗い表情をしていたのかもしれません。

「そう見えますか?」
「ああ、まるで重荷が一つなくなったようだ」

 確かにウィルに気に入られなければ、という気持ちを重荷と呼ぶのは言い得て妙です。

「実はちょっといいことがありまして」

 さすがに婚約者と喧嘩したけど幼馴染が慰めてくれた、という赤裸々な事情を話すことは出来ないので私は言葉を濁します。

「そうか、それは良かった。いや、うちのお店はありがたいことに貴族家の方々も何人か来てくれるんだが、他は『こちらが客だから偉いぞ』という態度でね」
「そうなのですか」

 家によって、というか人によって様々ではありますが、平民に対して偉そうにする人は一定数いると聞いたことがあります。
 また、貴族の一族よりもそこで仕えている方の方が案外平民には居丈高だった、ということもあるらしいです。

「ああ、いいことがあったところ済まないが愚痴を聞いてくれよ、そしたらおまけするから」
「まあ、そういうことならいくらでも」

 いつもお世話になっているので愚痴ぐらい普通に聞きますが、食材が安く買えるならそれに越したことはありません。うちもなかなか大変なので。
 すると店主も鬱憤が溜まっていたのか、途端に早口でしゃべり始めます。

「この前は何か来客の準備あるとかで、うちで大量に卵やら小麦粉やらを注文していったんだが、何か来客がキャンセルになったとかで前日にキャンセルと言われてね。小麦粉はまだいいんだが、卵とか牛乳はそんなに日持ちする物でもないだろ? さすがに文句の一つも言ったら、『いつも頼んでやっていたのに何事だ』とか言われてさ」
「それは確かに酷いですね」

 私だったら頼んだ相手のことを考えると、仮にどうしてもキャンセルせざるを得ないとしても平謝りすると思います。

「今、慌てて他のお客さんに買ってもらおうと手を尽くしているところだ」
「そうなのですか、でしたら私もちょっと多めに買いますね」
「いいのかい!?」
「まあどうせ使う物ですし」

 腐らせてしまうぐらいなら私が買った方がいいでしょう。それにうちは使用人が少ないとはいえ、普通の家よりは多くの人がいるので食べ物もたくさんいります。
 私の答えに、店主はほっとしたような表情を浮かべました。

「いやあありがたいな、愚痴を聞いてもらった上に多めに買ってくれなんて。やっぱり持つべきものは顔なじみだな。それなら後で屋敷の方に届けさせておくし、いつもより安い値段にしておくよ」
「はい、分かりました」
「そうだ、それならついでにこれもあげよう」

 そう言って彼は店の奥に向かうと、袋を一つ持って戻ってきました。

「これは?」
「ヴェルシュ地方から仕入れた高級な小麦粉だ。数は少ないが、お嬢さんなら何かいいことに使ってくれるだろう」
「ありがとうございます」

 ヴェルシュ地方というのは他とは違う高級な小麦粉を作っているところです。そのヴェルシュ麦を使って焼いたパンは普通のパンよりもふかふかに焼けると評判です。
 私も一度はパンかお菓子に使ってみたいと思いつつ、贅沢になってしまうと思って自粛していたので嬉しくなります。

 こうして私は少し嬉しい気分でお店を出ました。
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