ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

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番外編:『まほうの手紙、ゆうしゃへの道しるべ ―結城ほのか、3年前の物語―』

第10話 しるしを描く手と思い出の足跡[5]

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その日、空には薄い雲がたなびき、夏の終わりを知らせるように蝉の声が遠くから聞こえていた。

ほのかとひよりは、小さな住宅街の奥にある緩やかな坂道を歩いていた。
舗装された道の端には、背の低い草が風にそよぎ、まばらな木立ちが日陰を落としている。

「……ねえ、覚えてる?ここでピクニックしたの」

ほのかがふと立ち止まり、ゆるやかに振り返った。
そこには、静かに続く並木道と、ふたりが幼い頃に何度も歩いた道の記憶が、静かに重なっていた。

ひよりは頷く。

「うん。ほのかがサンドイッチ作ってきてくれて。なつみちゃんがジュースこぼして、大騒ぎだったよね」

「そうそう。あのとき、なつみ、泣いてたけど……最後には、『またやりたい!』って、笑ってくれた」

ふたりの笑みが交差する。
けれど、その笑みにはどこか切なさが宿っていた。

やがて丘の入り口にたどり着いたふたりは、足元の草を踏みしめながら、ゆっくりと登りはじめた。
草の匂いが鼻をくすぐり、風が髪を揺らす。
ここには、時間がゆっくりと流れていた。

「ここ、あのとき以来だよね……」
ひよりがそっと言うと、ほのかは静かに頷いた。

目の前には、見渡す限りの空と、ゆるやかな起伏の草原。
真ん中に一本だけ、背の高い木が立っていて、その影が地面に柔らかな楕円を描いていた。

「なつみが、“ただいま”って言えたら……私も“おかえり”って返せる気がするんだ」

ほのかの言葉は、風に乗って空へと溶けていく。
彼女はポーチを開き、丁寧にたたまれた紙を取り出した。

それは、ふたりで描いた“しるしの地図”のコピーだった。
一枚の紙の上には、なつみの記憶に寄り添うように、やさしく選ばれた言葉と、静かな願いが込められていた。

「なつみが、もし全部たどってここまで来られたら……もう、大丈夫だって思えるかもしれない」

その裏には、ほのかが一人きりで書いた小さな一文が添えられていた。

“しるし”は、きっとあなたの中にある

ほのかはその紙を小さな封筒に入れ、ひよりが用意してくれた布で丁寧に包むと、ふたりでそっと丘の一角にしゃがみこんだ。

土を掘る感触は、ひんやりとしてやわらかかった。
夏草の匂いが一層濃くなる。

封筒を埋め、その上に、小さな白い石を一つ、そっと置いた。

目印は、誰にも気づかれないように、でも、なつみにはきっと伝わるように。

「……これで、全部だね」

ほのかは立ち上がり、ゆっくりと空を見上げた。
西の空はすでに茜色に染まりはじめ、雲がやわらかなオレンジ色に染まっている。

夕陽は、まるで誰かの記憶を照らすように、丘全体をやさしく包みこんでいた。

「ありがとう、ひより。本当に、ありがとう……」

ほのかの声は、震えていた。
けれどその瞳には、確かに誇らしさが宿っていた。

ひよりは言葉の代わりに、そっとほのかの手を握る。
その温度が、ふたりをつないでいた。

「でも……まだ終わりじゃないよ。しるしは、これから“冒険”になるんだもんね」
「うん……」

ほのかは、小さく笑った。
その笑みは、夕陽に照らされて、まるで“おかえり”の光のようだった。

「なつみが“ただいま”って言えたら、そのとき、私はきっと――この空のどこかで、“おかえり”って返すから」

静かに吹き抜ける風。
夕暮れの丘の上で、ふたりは並んで立ち、風景のすべてを心に刻んでいた。

しるしを描く手は止まり――
けれどその想いは、これからも風に乗って、きっと未来へ届いていく。
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