ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

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番外編:『まほうの手紙、ゆうしゃへの道しるべ ―結城ほのか、3年前の物語―』

第11話 ゆうしゃへの手紙と未来へのまほう[1]

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夏が終わりに近づくにつれて、空はだんだんと高くなり、蝉の声も、どこか寂しげに聞こえるようになっていた。
昼下がりの光は柔らかく、風はやさしく窓辺をすり抜けていく。

その日、結城ほのかは学校を休んで、自室の机に向かっていた。
風通しのいい部屋。窓際には、小さな風鈴が吊るされている。
チリリ……。風が吹くたびに鳴る音が、部屋の静けさを際立たせていた。

机の上には、一冊のノートと、インクの染みたペン。
それから、すでに何枚も書いては破かれた便箋の束。
何度も、何度も、言葉を探しては、またためらい、手が止まる。

けれど今日は、なぜか言葉が見つからなかった。
ページの上にペンを置いたまま、ただ、静かに俯いていた。

(なつみ……)

ふと、小さなつぶやきが漏れたその瞬間、
胸の奥に閉じ込めていたものがふいに揺らぎ、
あたたかいものが、瞳からすっとこぼれ落ちた。

涙だった。

堪えていた感情が、音もなくこぼれ落ち、机の上の紙を静かに濡らしていく。

(……だめだな)

「まだ、書けない」

唇からこぼれた言葉は、誰に届くでもなく、部屋の中に消えていった。

窓の外には、なつみの笑い声が遠くから響いていた。
近所の友だちと、夏の最後の夕方を駆けまわっているのだろう。
元気に遊ぶ声。走る足音。くすくすと笑う明るい声。

それは、あたりまえの日常の音だった。

でも――その何気ない光景が、ほのかの胸には、どうしようもなくしみた。

(ねぇ、なつみ。あなたは、私がいなくても、ちゃんと生きていける?)

そう問いかけても、返事なんてあるはずがない。
けれど、心の奥にあるその問いかけが、何度も胸をよぎる。

いつか、確かに訪れる“その日”のことを、最近は意識せざるを得なかった。
日によって体調は波があり、少しの階段でも息が切れるようになった。
夜、眠っているときに不整脈で目が覚めることもある。

お医者さんの言葉が、ふとよみがえる。
――「次に何かあったら、少し考えたほうがいいかもしれませんね」

それが意味することは、まだ“死”というほど現実的ではなかったけれど、
「もうすぐ終わってしまうかもしれない」という予感だけは、確実に身体が知っていた。

(だから……急がなきゃ)

そっと机の引き出しを開ける。
そこには、相澤ひよりに渡した、小さな封筒と同じものがもうひとつ。

白い便箋に、丁寧な文字で綴られた文がある。

――「未来のなつみへ」

いま書こうとしているのは、もう一通。
なつみがいつか“しるし”をたどって辿り着くその場所で、
きっと読んでくれるであろう「ゆうしゃへの手紙」。

その手紙の文面を、ほのかは一文字ずつ確かめるように書いていった。


未来のなつみへ。

あなたがこの手紙を読むとき、わたしはもうそばにいないかもしれません。
でもね。あなたが“しるし”を見つけて、“ただいま”って言ってくれたら、
そのとき、わたしはきっと、空のどこかで笑ってるよ。

あなたは、わたしの“ゆうしゃ”だから。


ペン先が止まり、ほのかは深く息を吐いた。

ふと、部屋の隅に目を向けると、小さな観葉植物が見えた。
その鉢は、ひよりが去年の誕生日に贈ってくれたものだった。

「ほのかはいつも、やさしすぎるから……植物でも育てたら癒されると思って」

そう言って渡してくれたのを、ほのかは今でも覚えている。

(ひより……)

ほのかにとって、ひよりはただの親友以上の存在だった。
弱さも、本音も、何もかも打ち明けられる、唯一の人だった。

去年の秋。ふたりで初めて電車に乗って遠くの図書館へ行ったとき。
喫茶店で飲んだハーブティーが、ものすごく苦かったこと。
なつみの誕生日プレゼントを一緒に選んでくれたこと。

思い返すと、全部があたたかい記憶だった。
いまこの瞬間にも、少し涙がにじんでくる。
でも、もう泣かない。
これはきっと、誰かに手渡すための最後の手紙だから。

だからこそ、文字に想いを込める。
“しるし”の最後に届くその手紙に、自分の全てを託すように――。

風が吹いて、風鈴が小さく鳴った。

その音に導かれるように、ほのかは窓の外を見た。
空は、すこしだけ高く、すこしだけ淡く、そしてどこまでも澄んでいた。

それは、どこかへ続いていく空だった。
たとえ彼女がその先へ旅立つとしても、
残された“しるし”がある限り、未来の誰かが歩いていけるように。

(なつみ……)

(わたしの声が、いつか、あなたの心に届きますように)

ほのかは手紙を折り、封筒に入れた。

そして、ふっと目を閉じた。
まるで、その想いが、
遠く、どこかの未来へと
ちゃんと届いていくように――。
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