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番外編:『まほうの手紙、ゆうしゃへの道しるべ ―結城ほのか、3年前の物語―』
第14話 ゆうしゃへの手紙と未来へのまほう[4]
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秋の夜は、どこか寂しげで、耳を澄ませば虫の声が微かに届いてくる。
けれどその夜は、音という音がどこか遠くに押しやられてしまったような、そんな静けさに包まれていた。
なつみは、自分のベッドの上に座ったまま、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
街灯の薄い光がカーテン越しに柔らかく部屋の中に滲み、それが彼女の小さな体を、やさしくもどこか虚しく照らし出していた。
昨日まで、隣の部屋には姉のほのかがいた。
ほのかはいつだって静かだったが、その存在だけで家の中はあたたかくて明るかった。
病気があっても、いつも微笑みを絶やさず、なつみのために優しい声で話しかけてくれた。
お話を聞かせてくれたり、寝る前に小さな歌を口ずさんでくれたり。
そんな何気ない日々が永遠に続くと、なつみは信じて疑わなかった。
だが、秋の冷たい風がカーテンを揺らしたその朝、家の中の温もりが唐突に消え失せた。
母が寝室のドアをノックしたのは、朝の光がカーテンのすき間から差し込むころ。
返事は、なかった。
そして静かにドアを開けた瞬間――すべてが、止まった。
ほのかは、まるで眠っているかのような穏やかな顔で、ベッドの中にいた。
乱れのない寝具、整った髪、ほのか特有のすこし微笑んだような口元。
それはあまりにも静かで、そして、取り戻しがたい事実だった。
「ほのか……?」
母のか細い声が震えながら部屋の中に響いた。
それを聞いて駆けつけた父は、ドアの前で凍りついたように立ち尽くしたままだった。
なつみは何が起きたのか理解できず、両親の背中越しにただじっと見つめていた。
母が崩れ落ちるように泣き始めた瞬間、なつみの胸に言いようのない恐怖がこみ上げた。
「お姉ちゃん……?」
小さな声でそう呼びかけてみても、返事は返ってこなかった。
医師から聞いた病名は、「特発性拡張型心筋症」。
なつみにとっては難しくてよくわからなかった。
ただ最近は階段を上がるほのかの背中がつらそうで、そのたびになつみは小さな手で姉の背中をさすった。
それでも姉はいつも優しく笑って、「ありがとう、なつみはやさしいね」と頭を撫でてくれた。
でも今、姉は目を閉じたまま、もう二度とその優しい声を聞かせてはくれないのだ。
「……お姉ちゃん……ゆうしゃだったの?」
なつみの唇からかすれるような声がこぼれた。
「ゆうしゃだったのに、どうして……どうして行っちゃうの……」
その言葉を吐き出した瞬間、なつみの目から涙が溢れ出した。
父の胸に飛び込み、小さな肩を震わせながら泣き続けた。
抱きしめる父の腕が力なく震えているのを、なつみは肌で感じた。
家の中は沈黙に支配された。
いつも姉の柔らかな気配が感じられた部屋には、ただ寂しい静けさだけが残った。
姉の部屋にあったお気に入りの本、窓辺に吊るされた風鈴、ベッドの枕元に置かれた小さな写真立て。
そのすべてが、なつみにはとてつもなく遠く感じられた。
葬儀が終わったあとも、なつみは毎晩ほのかの部屋に入った。
いつか姉が戻ってくるのではないかと、小さな希望を抱き続けていた。
けれども、ベッドは冷たく、部屋の空気は冷えきっていて、姉の存在は感じられなかった。
夜中に目が覚めるたび、なつみは何度も姉の部屋へ向かい、そっとドアを開けては中を覗き込んだ。
そこには誰もいない。カーテンが微かに揺れるだけで、なつみの心にぽっかりと開いた穴は埋まらなかった。
姉がいなくなってからの自宅は、家族の会話も途絶えがちで、夕食のテーブルにも重苦しい沈黙が降り積もった。
母は無理に笑おうとしても目元はいつも赤く腫れていて、父も無言のまま食事を済ませることが増えた。
なつみも箸を動かす手が重く、食べ物の味さえよくわからなくなった。
学校へ行く道すがら、なつみは何度も空を見上げた。
「お姉ちゃん、どこにいるの?」
風が吹くたび、まるで姉が自分に何かを伝えているように感じた。
それでも何も聞こえなくて、なつみは道端で何度も立ち止まった。
日が経つにつれ、姉との思い出が鮮明によみがえり、そのたびに胸がぎゅっと締め付けられた。
絵本を読み聞かせてくれた姉の声、夏の夜にベッドで一緒に話した小さな冒険の話、誕生日にくれた色鉛筆。
それらは温かな記憶であるはずなのに、今は痛みを伴って胸を貫いた。
いつしか季節が深まり、窓辺の風鈴が静かに外された。
部屋の中には秋の冷たい風だけが吹き抜け、なつみはベッドの中で身体を丸めた。
「お姉ちゃん、ゆうしゃだったのに、どうして……」
その問いに答えてくれる者はいない。
ただ冷たい秋風が、なつみの頬を撫でていくだけだった。
けれどその夜は、音という音がどこか遠くに押しやられてしまったような、そんな静けさに包まれていた。
なつみは、自分のベッドの上に座ったまま、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
街灯の薄い光がカーテン越しに柔らかく部屋の中に滲み、それが彼女の小さな体を、やさしくもどこか虚しく照らし出していた。
昨日まで、隣の部屋には姉のほのかがいた。
ほのかはいつだって静かだったが、その存在だけで家の中はあたたかくて明るかった。
病気があっても、いつも微笑みを絶やさず、なつみのために優しい声で話しかけてくれた。
お話を聞かせてくれたり、寝る前に小さな歌を口ずさんでくれたり。
そんな何気ない日々が永遠に続くと、なつみは信じて疑わなかった。
だが、秋の冷たい風がカーテンを揺らしたその朝、家の中の温もりが唐突に消え失せた。
母が寝室のドアをノックしたのは、朝の光がカーテンのすき間から差し込むころ。
返事は、なかった。
そして静かにドアを開けた瞬間――すべてが、止まった。
ほのかは、まるで眠っているかのような穏やかな顔で、ベッドの中にいた。
乱れのない寝具、整った髪、ほのか特有のすこし微笑んだような口元。
それはあまりにも静かで、そして、取り戻しがたい事実だった。
「ほのか……?」
母のか細い声が震えながら部屋の中に響いた。
それを聞いて駆けつけた父は、ドアの前で凍りついたように立ち尽くしたままだった。
なつみは何が起きたのか理解できず、両親の背中越しにただじっと見つめていた。
母が崩れ落ちるように泣き始めた瞬間、なつみの胸に言いようのない恐怖がこみ上げた。
「お姉ちゃん……?」
小さな声でそう呼びかけてみても、返事は返ってこなかった。
医師から聞いた病名は、「特発性拡張型心筋症」。
なつみにとっては難しくてよくわからなかった。
ただ最近は階段を上がるほのかの背中がつらそうで、そのたびになつみは小さな手で姉の背中をさすった。
それでも姉はいつも優しく笑って、「ありがとう、なつみはやさしいね」と頭を撫でてくれた。
でも今、姉は目を閉じたまま、もう二度とその優しい声を聞かせてはくれないのだ。
「……お姉ちゃん……ゆうしゃだったの?」
なつみの唇からかすれるような声がこぼれた。
「ゆうしゃだったのに、どうして……どうして行っちゃうの……」
その言葉を吐き出した瞬間、なつみの目から涙が溢れ出した。
父の胸に飛び込み、小さな肩を震わせながら泣き続けた。
抱きしめる父の腕が力なく震えているのを、なつみは肌で感じた。
家の中は沈黙に支配された。
いつも姉の柔らかな気配が感じられた部屋には、ただ寂しい静けさだけが残った。
姉の部屋にあったお気に入りの本、窓辺に吊るされた風鈴、ベッドの枕元に置かれた小さな写真立て。
そのすべてが、なつみにはとてつもなく遠く感じられた。
葬儀が終わったあとも、なつみは毎晩ほのかの部屋に入った。
いつか姉が戻ってくるのではないかと、小さな希望を抱き続けていた。
けれども、ベッドは冷たく、部屋の空気は冷えきっていて、姉の存在は感じられなかった。
夜中に目が覚めるたび、なつみは何度も姉の部屋へ向かい、そっとドアを開けては中を覗き込んだ。
そこには誰もいない。カーテンが微かに揺れるだけで、なつみの心にぽっかりと開いた穴は埋まらなかった。
姉がいなくなってからの自宅は、家族の会話も途絶えがちで、夕食のテーブルにも重苦しい沈黙が降り積もった。
母は無理に笑おうとしても目元はいつも赤く腫れていて、父も無言のまま食事を済ませることが増えた。
なつみも箸を動かす手が重く、食べ物の味さえよくわからなくなった。
学校へ行く道すがら、なつみは何度も空を見上げた。
「お姉ちゃん、どこにいるの?」
風が吹くたび、まるで姉が自分に何かを伝えているように感じた。
それでも何も聞こえなくて、なつみは道端で何度も立ち止まった。
日が経つにつれ、姉との思い出が鮮明によみがえり、そのたびに胸がぎゅっと締め付けられた。
絵本を読み聞かせてくれた姉の声、夏の夜にベッドで一緒に話した小さな冒険の話、誕生日にくれた色鉛筆。
それらは温かな記憶であるはずなのに、今は痛みを伴って胸を貫いた。
いつしか季節が深まり、窓辺の風鈴が静かに外された。
部屋の中には秋の冷たい風だけが吹き抜け、なつみはベッドの中で身体を丸めた。
「お姉ちゃん、ゆうしゃだったのに、どうして……」
その問いに答えてくれる者はいない。
ただ冷たい秋風が、なつみの頬を撫でていくだけだった。
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