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番外編:『まほうの手紙、ゆうしゃへの道しるべ ―結城ほのか、3年前の物語―』
最終話 いつか"ただいま"といえたなら
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蝉の声がまばらになり、季節がひとつ巡ろうとしている午後。
中学校からの帰り道、相澤ひよりはふと足を止めた。
そこは懐かしい場所だった。
通い慣れた町の図書館。
その裏手にあるレンガ敷きの細道も、変わらずそこにある。
ただ、建物の影が少しだけ伸びて、夕暮れの訪れが早くなっているだけ。
(……久しぶり、かな)
ひよりは小さく呟いて、図書館の自動ドアをくぐった。
室内には相変わらず紙の匂いと、落ち着いた空気が満ちていた。
数人の小学生が静かにページをめくり、奥の方では中高生らしき少年が机に向かっている。
図書館特有の静寂が、ひよりの心をふっと緩ませる。
(たしか、このあたり……)
ひよりは足音を立てずに、奥の棚へと向かう。
“あの時”と変わらない並び――児童文学の一段低い棚の端に、指をそっと滑らせていく。
そして――見つけた。
ほんのわずか、棚の隙間に挟まっていた小さな紙片。
古びて端が少し折れているそれを、そっと指先で引き抜く。
淡い紫色のインクで、やわらかな文字が綴られていた。
『たとえ声が聞こえなくても、心にはいつも“声”があるよ』
それは、あの日、ほのかが残した“しるし”のひとつ。
図書室の誰もが気づかず、ただ時の中にそっと眠っていた小さな魔法。
(残ってたんだね……)
ひよりは微笑みながら、そっとメモを棚に戻した。
それは、誰のものでもない“未来への手紙”だから。
静かなその瞬間。
図書館のガラス扉が、カラリと音を立てて開いた。
反射するガラス越しに、ひよりはふたりの姿を見た。
ひとりは背の高くなった女の子。
小さな頃の面影を残しつつ、しっかりとした足取りで歩いてくる。
もうひとりは少し控えめな雰囲気の少年。
彼女の隣に寄り添うように、静かに歩いていた。
(――なつみちゃん)
すぐにわかった。
あの笑い方、歩き方、風を受ける髪のなびきまで、何ひとつ変わっていない。
(……そして、隣の子が……)
彼の名前は、瀬川そらた。
3年前に、ほんの短い時間だけ図書室で会った少年。
あの日、ほのかが小さなメモを託した相手だった。
まるで何かに導かれるように、ふたりは棚の前で立ち止まり、何かを探しているようだった。
その姿を、ひよりは少し離れた席から、そっと見守っていた。
――“しるし”が、動き出す。
心の奥に、ほのかの声がそっと響いた気がした。
(……きっと、いまから始まるんだね。なつみちゃんの冒険が)
ふたりの姿が、図書館の奥へと消えていく。
その背中を、ひよりは黙って見送った。
胸の奥があたたかく、でもどこかせつない。
風に散るページのように遠くへ行ってしまうようで――それでも嬉しい気持ちが勝っていた。
図書館を出ると、夕陽が町をオレンジ色に染めていた。
ひよりは懐かしい道をゆっくりと歩きながら、胸に抱いていた想いをかみしめていた。
(ほのかちゃん。あなたが遺した想いが、ちゃんとなつみちゃんに届いたよ。だから、もう大丈夫)
その日の夕方、ひよりは家へ帰る途中、最後にもう一度だけ空を見上げた。
雲の切れ間から射す光が、まるでひとつの道を描くようにのびていた。
それはまるで、“誰か”が答えるようなやさしい輝きだった。
――ねえ、なつみ。
あなたが“ただいま”って言えたなら――そのとき、わたしは、きっとそばにいるよ。
言葉ではなく、風になって。
光になって。
空のどこかにいる、あなたの“しるし”として。
わたしが残したものは、物語じゃない。
でもそれが、あなたの物語の“はじまり”になったなら――わたしは、それだけで、嬉しいと思える。
だって、あなたは“ゆうしゃ”だから。
勇気を持って、歩き出せる人だから。
――そして、ありがとう。
私の想いを、受け取ってくれて。
そのとき、空がひらいた。
夏の光が、ふたたび世界に差し込んでいく。
木々が揺れ、図書館の窓がきらめき、ひよりの頬にやさしい風が触れた。
それは、確かに“しるし”だった。
ひよりはそっと目を閉じて、静かに微笑んだ。
それは――
「ゆうしゃの夏、まほうつかいの空」の、
ほんとうの“はじまり”でもあった。
-完-
※物語は本編『ゆうしゃの夏、まほうつかいの空』に続きます。
中学校からの帰り道、相澤ひよりはふと足を止めた。
そこは懐かしい場所だった。
通い慣れた町の図書館。
その裏手にあるレンガ敷きの細道も、変わらずそこにある。
ただ、建物の影が少しだけ伸びて、夕暮れの訪れが早くなっているだけ。
(……久しぶり、かな)
ひよりは小さく呟いて、図書館の自動ドアをくぐった。
室内には相変わらず紙の匂いと、落ち着いた空気が満ちていた。
数人の小学生が静かにページをめくり、奥の方では中高生らしき少年が机に向かっている。
図書館特有の静寂が、ひよりの心をふっと緩ませる。
(たしか、このあたり……)
ひよりは足音を立てずに、奥の棚へと向かう。
“あの時”と変わらない並び――児童文学の一段低い棚の端に、指をそっと滑らせていく。
そして――見つけた。
ほんのわずか、棚の隙間に挟まっていた小さな紙片。
古びて端が少し折れているそれを、そっと指先で引き抜く。
淡い紫色のインクで、やわらかな文字が綴られていた。
『たとえ声が聞こえなくても、心にはいつも“声”があるよ』
それは、あの日、ほのかが残した“しるし”のひとつ。
図書室の誰もが気づかず、ただ時の中にそっと眠っていた小さな魔法。
(残ってたんだね……)
ひよりは微笑みながら、そっとメモを棚に戻した。
それは、誰のものでもない“未来への手紙”だから。
静かなその瞬間。
図書館のガラス扉が、カラリと音を立てて開いた。
反射するガラス越しに、ひよりはふたりの姿を見た。
ひとりは背の高くなった女の子。
小さな頃の面影を残しつつ、しっかりとした足取りで歩いてくる。
もうひとりは少し控えめな雰囲気の少年。
彼女の隣に寄り添うように、静かに歩いていた。
(――なつみちゃん)
すぐにわかった。
あの笑い方、歩き方、風を受ける髪のなびきまで、何ひとつ変わっていない。
(……そして、隣の子が……)
彼の名前は、瀬川そらた。
3年前に、ほんの短い時間だけ図書室で会った少年。
あの日、ほのかが小さなメモを託した相手だった。
まるで何かに導かれるように、ふたりは棚の前で立ち止まり、何かを探しているようだった。
その姿を、ひよりは少し離れた席から、そっと見守っていた。
――“しるし”が、動き出す。
心の奥に、ほのかの声がそっと響いた気がした。
(……きっと、いまから始まるんだね。なつみちゃんの冒険が)
ふたりの姿が、図書館の奥へと消えていく。
その背中を、ひよりは黙って見送った。
胸の奥があたたかく、でもどこかせつない。
風に散るページのように遠くへ行ってしまうようで――それでも嬉しい気持ちが勝っていた。
図書館を出ると、夕陽が町をオレンジ色に染めていた。
ひよりは懐かしい道をゆっくりと歩きながら、胸に抱いていた想いをかみしめていた。
(ほのかちゃん。あなたが遺した想いが、ちゃんとなつみちゃんに届いたよ。だから、もう大丈夫)
その日の夕方、ひよりは家へ帰る途中、最後にもう一度だけ空を見上げた。
雲の切れ間から射す光が、まるでひとつの道を描くようにのびていた。
それはまるで、“誰か”が答えるようなやさしい輝きだった。
――ねえ、なつみ。
あなたが“ただいま”って言えたなら――そのとき、わたしは、きっとそばにいるよ。
言葉ではなく、風になって。
光になって。
空のどこかにいる、あなたの“しるし”として。
わたしが残したものは、物語じゃない。
でもそれが、あなたの物語の“はじまり”になったなら――わたしは、それだけで、嬉しいと思える。
だって、あなたは“ゆうしゃ”だから。
勇気を持って、歩き出せる人だから。
――そして、ありがとう。
私の想いを、受け取ってくれて。
そのとき、空がひらいた。
夏の光が、ふたたび世界に差し込んでいく。
木々が揺れ、図書館の窓がきらめき、ひよりの頬にやさしい風が触れた。
それは、確かに“しるし”だった。
ひよりはそっと目を閉じて、静かに微笑んだ。
それは――
「ゆうしゃの夏、まほうつかいの空」の、
ほんとうの“はじまり”でもあった。
-完-
※物語は本編『ゆうしゃの夏、まほうつかいの空』に続きます。
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