ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

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完結編:『ゆうしゃの誓い、まほうつかいの旅立ち -さよならの向こうにあるもの-』

第2話 ずっと一緒に冒険を[2]

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春の教室は、どこか浮き立つようなざわめきに包まれていた。
三月も中旬になり、子どもたちの胸には卒業式への期待と不安がないまぜになっている。
教室の窓から射し込む光が、ひとりひとりの背中にやさしく降り注いでいた。

なつみの机の上には卒業文集の原稿用紙が広げられている。
鉛筆の芯をくるくる回しながら、なつみはふと窓の外に視線を向けた。
遠くに見える校庭の桜は、もうすぐ咲きそうに膨らんだ蕾をたくさんつけている。

もうすぐ卒業式。
心のどこかで「お別れ」の足音を感じながらも、現実味はまだ遠い。
今はまだこの、ざわざわとした温かな空間の中にいたかった。

「なつみー、もう書けた?」
斜め前の席から、友だちの恵美が顔を覗かせる。
「ううん、まだ半分ぐらい……」
なつみは苦笑いを返し、原稿用紙の余白を指でなぞった。

何を書こう、どう書こうと考えれば考えるほど、言葉はどこか遠くへ逃げていく。
みんな、将来の夢や思い出、先生への感謝や家族への手紙みたいな文章を書いている。
なつみは、何度も鉛筆を持ち直しては、また置くのを繰り返していた。

ふと、廊下を見ると、そらたがゆっくりと歩いてくるのが見えた。
おっとりした表情は昔と変わらないが、背が伸びて、クラスの男子の中でも目立つようになった。
運動が得意なタイプではないのに、なぜかいつも体育のときは誰かに頼りにされて、
「そらたにパス!」なんて声が響く。
そんなときのそらたは、少し困ったように笑いながらも、
誰かの期待には必ず応えてしまう優しさを持っている。

そらたが近づいてくると、なつみは心の奥がふっと温かくなるのを感じて、
思わず手を振ってしまった。
(変わらないなあ……そらた、私のとなりにいるときだけ、昔のままの顔になる)

「なつみ、調子どう?」
「えっとね……うまく言葉にならなくて」
そらたは、にこっと笑いながら自分の原稿用紙を見せてくれた。
そこには、大きな文字で「夢は、まほうつかいになること」と書かれている。

「やっぱり、そらたは“まほうつかい”なんだ」
「うん。なつみが“ゆうしゃ”だから、隣で見守りたいんだ」
「……それ、ずるいよ」
なつみは照れくさくなって、ついそらたの肩を軽く叩いた。

その一瞬、二人だけの時間が流れる。
教室のざわめきや、他のクラスメイトの笑い声が、遠いもののように感じられた。

窓の外では、柔らかな日差しが校庭の隅を照らしている。
あの日の夏も、こうやってそらたとふたりで笑い合っていた。
いつからだろう――心の中に淡い想いが芽生えていたのは。

なつみは、そらたの「まほうつかいになりたい」という夢が、どこから来たのか、
ふと気になった。
子どものころは誰しも、サッカー選手やお花屋さん、ケーキ屋さんなんて夢を描くけれど、
「まほうつかい」という夢は、どこか特別に思えた。

そらたがその言葉を初めて口にしたのは、たしか五年生の夏。
なつみと二人で“ゆうしゃのしるし”を探していたあの図書館の時でだった。
あのときは暑くて、だけど風が涼しくて、蝉の声が遠くに聞こえていた。

「なっちゃんは、どうしてゆうしゃになりたいの?」と尋ねられて、
なつみが「誰かの役に立ちたいから」と答えると、
そらたは、少しだけ寂しそうに笑った。

「僕はね、なっちゃんみたいに強くはなれないけど、
誰かを助けたり、そっと背中を押したりする“まほう”が使えたらいいなって思ったんだ」

「それって、どんな“まほう”?」
「たとえば、悲しいときに隣で話を聞いてあげるとか、一緒に泣いてあげるとか……」
「それ、全然強くないじゃん」
「ううん、それで十分だよ。なっちゃんが前に進むとき、となりで応援するだけで――ほら、ゆうしゃにはまほうつかいが必要でしょ」

そう言ったそらたの目は、まっすぐで、どこか照れているようでもあった。
そんなそらたの姿が、優しさが、なつみの胸の奥にはちゃんと響いていた。

それから、姉であるほのかの遺した"ゆうしゃのしるし"を見つけてなつみとそらたの仲はより深くなりなつみはそらたの存在を意識するようになった。
そらたは、困っている人や、ひとりで静かに泣いている子にすぐ気がつく。
遠足のとき、けがをした友だちの手当てをしたり、発表会の前に不安そうな友だちの背中をさりげなく押したり。
それは誰かに見せびらかすものじゃなくて、気がつくと自然にやってしまう優しさだった。

「魔法なんて本当はないけど、そらたの優しさは、たしかに私にとって“まほう”だったな……」

なつみはそんなことを思いながら、そらたのノートをじっと見つめた。
まほうつかい――それはきっと、
“誰かの一番近くで、そっと支え、見守る人”。
ヒーローにはなれなくても、大切な人の力になれる、そんな願いが込められている。

そらたは、なつみの「ゆうしゃ」としての道を、これまでずっととなりで歩いてくれた。
それは「まほう」そのものだったのかもしれない。
教室の窓辺で、春の陽射しがそらたの髪をやさしく照らしていた。

なつみはもう一度、卒業文集の原稿用紙に目を落とす。
「夢は、ゆうしゃになること」
その隣で、「まほうつかいになること」と書くそらた。
ふたりの夢は、これからもきっと、隣同士で続いていくのだろうと思われた――。
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