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完結編:『ゆうしゃの誓い、まほうつかいの旅立ち -さよならの向こうにあるもの-』
第7話 なつみの迷いとひよりの助言[2]
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卒業式前の数日は、どこか空っぽな気持ちだった。
そらたの「引っ越す」という現実も、なつみの心にまるで曇りガラスの向こう側の出来事のようにぼんやりと浮かんでいた。
いつもの春なら、胸をはずませて新しいスタートを夢見ていたはずなのに、今年だけは何かが違っていた。
朝、目が覚めても胸の奥には重たい石がのっかっているようで、なかなか布団から出る気になれなかった。
時計の針はいつも通り進んでいるはずなのに、自分だけが取り残されたような気分になる。
窓から差し込む春の陽射しは、部屋をやわらかく照らしている。それなのに、なつみの心にはまだ冬の終わりの冷たい空気が残っていた。
手を伸ばせば、となりの部屋からお姉ちゃんの優しい声が聞こえてきそうな気さえする。でも、その静けさはただ寂しいだけだった。
スマホが震える。
そらたからは何度かLINEが来ていた。
「明日、公園に行かない?」
けれど、なつみは返事ができなかった。
画面を開こうと指を伸ばすたび、胸が締めつけられる。どうしても「またね」や「うん」と返せない。
通知が光るたび、嬉しさと悲しさがぐちゃぐちゃになって、返事をしないままスマホを伏せてしまう。
ベッドの上で横になる時間が増えた。
学校の友だちからもメッセージが届くけれど、今は誰にも会いたくなかった。
なつみの頭の中には、「また一緒に冒険しようね」と言ったあの日の自分の言葉が、ぐるぐると回り続けていた。
(どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。どうして素直に“寂しい”“行かないで”って言えなかったんだろう。)
外に出ると、町はすっかり春の景色になっていた。
桜のつぼみはふっくらと膨らみ、子どもたちが笑い合いながら歩いている。
なのに、なつみの足どりは重い。
そらたとすれ違うのが怖くて、あの日から学校の近くにも行けなくなった。
公園の前を通るたび、ベンチに座ってふたりで地図を広げていた夏のことが思い出される。
もうすぐ、そらたは引っ越してしまう。
そのことが現実になればなるほど、なつみはそらたを避けるようになった。
今まで隣にいるのが当たり前だったからこそ、もうその日々が終わるのだと思うと、どうしても心がついていかない。
そらたもまた、心の奥で大きな不安を抱えていた。
家の中にはダンボールが積み上がり、親が引越し業者と話す声がリビングに響いてくる。
新しい家、新しい学校、知らない制服や教室の写真が印刷されたパンフレット――
何度ページをめくっても、不安は消えなかった。
この町を離れる実感は、段ボールを閉じる音と一緒にじわじわと胸に迫ってくる。
なつみからは、あの日以来ほとんど連絡がなかった。
スマホのトーク画面は、そらたが「おーい」と打ったまま既読がつかない。
既読にならないままのメッセージを見るたび、そらたは静かにため息をついた。
(ぼくがいなくなっても、なつみは“ゆうしゃ”のままでいられるかな。
でも、本当はぼくの方が、なつみにそばにいてほしかったんだ……)
夜になると、そらたは昔ふたりで描いた「ひみつの地図」を机の引き出しから出して、そっと指でなぞっていた。
地図の上の点と点を、なつみと一緒に歩いた日々。
夏の公園、図書館、秘密の場所――
あのときも、今も、心の奥では変わらず大切な宝物だった。
眠れない夜が増えた。
窓の外の桜のつぼみが、少しずつ膨らんでいくのを眺めながら、そらたは何度もこう願った。
(もう一度だけ、なつみと冒険できたらいいのに――)
それぞれの部屋で、なつみとそらたは同じ春の風を感じながら、どうしようもない寂しさと戦っていた。
そらたの「引っ越す」という現実も、なつみの心にまるで曇りガラスの向こう側の出来事のようにぼんやりと浮かんでいた。
いつもの春なら、胸をはずませて新しいスタートを夢見ていたはずなのに、今年だけは何かが違っていた。
朝、目が覚めても胸の奥には重たい石がのっかっているようで、なかなか布団から出る気になれなかった。
時計の針はいつも通り進んでいるはずなのに、自分だけが取り残されたような気分になる。
窓から差し込む春の陽射しは、部屋をやわらかく照らしている。それなのに、なつみの心にはまだ冬の終わりの冷たい空気が残っていた。
手を伸ばせば、となりの部屋からお姉ちゃんの優しい声が聞こえてきそうな気さえする。でも、その静けさはただ寂しいだけだった。
スマホが震える。
そらたからは何度かLINEが来ていた。
「明日、公園に行かない?」
けれど、なつみは返事ができなかった。
画面を開こうと指を伸ばすたび、胸が締めつけられる。どうしても「またね」や「うん」と返せない。
通知が光るたび、嬉しさと悲しさがぐちゃぐちゃになって、返事をしないままスマホを伏せてしまう。
ベッドの上で横になる時間が増えた。
学校の友だちからもメッセージが届くけれど、今は誰にも会いたくなかった。
なつみの頭の中には、「また一緒に冒険しようね」と言ったあの日の自分の言葉が、ぐるぐると回り続けていた。
(どうしてあんなこと言っちゃったんだろう。どうして素直に“寂しい”“行かないで”って言えなかったんだろう。)
外に出ると、町はすっかり春の景色になっていた。
桜のつぼみはふっくらと膨らみ、子どもたちが笑い合いながら歩いている。
なのに、なつみの足どりは重い。
そらたとすれ違うのが怖くて、あの日から学校の近くにも行けなくなった。
公園の前を通るたび、ベンチに座ってふたりで地図を広げていた夏のことが思い出される。
もうすぐ、そらたは引っ越してしまう。
そのことが現実になればなるほど、なつみはそらたを避けるようになった。
今まで隣にいるのが当たり前だったからこそ、もうその日々が終わるのだと思うと、どうしても心がついていかない。
そらたもまた、心の奥で大きな不安を抱えていた。
家の中にはダンボールが積み上がり、親が引越し業者と話す声がリビングに響いてくる。
新しい家、新しい学校、知らない制服や教室の写真が印刷されたパンフレット――
何度ページをめくっても、不安は消えなかった。
この町を離れる実感は、段ボールを閉じる音と一緒にじわじわと胸に迫ってくる。
なつみからは、あの日以来ほとんど連絡がなかった。
スマホのトーク画面は、そらたが「おーい」と打ったまま既読がつかない。
既読にならないままのメッセージを見るたび、そらたは静かにため息をついた。
(ぼくがいなくなっても、なつみは“ゆうしゃ”のままでいられるかな。
でも、本当はぼくの方が、なつみにそばにいてほしかったんだ……)
夜になると、そらたは昔ふたりで描いた「ひみつの地図」を机の引き出しから出して、そっと指でなぞっていた。
地図の上の点と点を、なつみと一緒に歩いた日々。
夏の公園、図書館、秘密の場所――
あのときも、今も、心の奥では変わらず大切な宝物だった。
眠れない夜が増えた。
窓の外の桜のつぼみが、少しずつ膨らんでいくのを眺めながら、そらたは何度もこう願った。
(もう一度だけ、なつみと冒険できたらいいのに――)
それぞれの部屋で、なつみとそらたは同じ春の風を感じながら、どうしようもない寂しさと戦っていた。
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