ゆうしゃの夏、まほうつかいの空

えんびあゆ

文字の大きさ
54 / 68
完結編:『ゆうしゃの誓い、まほうつかいの旅立ち -さよならの向こうにあるもの-』

第8話 なつみの迷いとひよりの助言[3]

しおりを挟む
次の日、曇り空の向こうに淡い日差しが射していた。
なつみは部屋のベッドに座り、スマホを手のひらで転がしていた。外では春の風が何度も窓ガラスを揺らしている。
友だちからのグループLINEは、卒業旅行や新しい制服の話題でにぎわっていたけれど、なつみの指は一度もその画面をタップしなかった。

通知が一つ鳴る。
見慣れない番号――でも、どこかで覚えている気がした。

「……もしもし?」
少し緊張した声で電話を取ると、耳に優しい声が届いた。

「なつみちゃん、わたし、相澤ひより。少しだけ、会えないかな?」

その声は、なつみが子どもの頃に何度も聞いたことがあった。
お姉ちゃんの親友――優しくて静かで、本のことをたくさん知っていて、時々ほのかの代わりに話を聞いてくれた人。

「……はい。いいですよ」

小さな声でそう返したとき、なつみはなぜかほっとした。

待ち合わせの場所は、ほのかもよく通っていた近所の図書館だった。
春休みの昼下がり、普段よりも人の少ない館内には、古い本の香りと窓越しの光が静かに広がっている。
ここは、なつみとそらたにとっても特別な場所だ。
5年生の夏、“ゆうしゃのしるし”を探す冒険が始まった日も、この図書館だった。

入口のガラス戸を開けると、窓際のテーブルにひよりが座っていた。
ベージュ色のコート、肩に下ろした黒髪、どこか大人っぽくなったけど、微笑んだときのやさしい雰囲気は、あの日と変わらない。

「来てくれてありがとう」
ひよりが椅子から立ち上がり、やわらかな声で言った。

「はい……」
なつみも、小さな声で返す。

「なつみちゃんに見せたいものがあるの」
そう言いながら席につくと、ひよりは一冊のノートをそっとテーブルの上に置いた。
表紙には、ほのかの書いた丸い字で“しるしの記録”と書かれていた。

「これ、ほのかちゃんが昔書いてたノートなの。なつみちゃんに読んでほしいって、ずっと思ってたの」

なつみはそっとページをめくる。
紙の感触、淡いインクの匂い、ページの間から春の空気がやさしく流れ込んでくる気がした。
懐かしい字で、こう綴られていた――

「大切な人と離れるのはさみしい。でも、心がつながっていれば、大丈夫」

なつみは、胸の奥がきゅうっと締めつけられるのを感じた。

「……ほのかちゃん、ずっと“しるし”を隠す場所を色々考えていたんだよ。最終的にはあの場所になったけど……色々考えてた。自分が居なくなっても、なつみちゃんが“勇者”で居られるように……」

ページには、何通りもの地図のスケッチや、場所の候補が並んでいた。
図書館の児童書コーナー、校庭の桜の木の根元、公園のすべり台の下……。
どれも、なつみとほのかの思い出の場所だった。

「お姉ちゃん……」
ページのすみ、走り書きのような文字が涙でにじんで見えた。

ふと、なつみは黙り込んでしまった。
涙が、ノートの上にぽつりと落ちる。
隣でひよりがそっとハンカチを差し出してくれる。

「……どうして、そんなふうに思えるの?」
なつみは小さな声で尋ねた。
「私は、さよならって言いたくないよ。そらたがいなくなるのが、こわくて、さみしくて……」

ひよりは、そっとなつみの手を取った。
その手はあたたかく、なつみの緊張がほんの少しほどけていく。

「……ほのかちゃんも、私も、いつも“お別れ”がこわかったよ。でも――大事なのは、距離じゃなくて、つながり。どんなに遠く離れても、思い合っていれば、きっと気持ちは届くんだって、ほのかちゃんが教えてくれたんだ」

「……でも、やっぱり、さみしいよ」
なつみはぽつりとつぶやく。

「それでいいんだよ」
ひよりは微笑みながら頷いた。
「さみしいって思えるのは、それだけ相手を大事にしてきた証拠。なつみちゃんが今感じているその気持ち、ぜんぶ、あなたの“しるし”だよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...