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第4章 未だ死神に魅入られし空
第21話 崖の上、風に吹かれる空
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翌日の午後、空さんが作業場からいつの間にかいなくなっていた。それに気付いた僕は慌てて作業を抜けだし空さんを探しに出る。原沢に怒鳴られたがそれどころじゃない。しまった、これは僕の失態だ。僕は空さんの行きそうな所を片っ端からあたった。シエロの馬房、放牧場、練習場、馬術場、具合が悪いのかと思って空さんの部屋まで行った。鍵がかかっていない。まさかと思って覗いてみた。そこは梅雨の湿気と澱みに満ちた寒々として生活感の全くない空間だった。
僕は空さんの部屋から本館の外に出て空さんを探す。自然と足取りが早くなる。息も荒くなる。まさか、まさか空さんは。もしかすると空さんはもう。でも一体なぜ。僕の頭の中で答えの無い様々な思いが行ったり来たりする。
はっ、と僕はとある場所に思い当たった。柵もない眺めのいい高台で、25メートルほどの落差がある崖地だった。天気が良ければ岩手山がよく見える。
そこは死ぬにはいい場所に思えた。
なぜそこに思いを至らせたかは僕には見当もつかないが、血の気が引いた僕は全速力でその高台へと急いだ。果たしてそこに空さんは湿った西風に吹かれて立っていた。梅雨時のじめじめとした強風が僕の脚に腕に絡みついてきた。僕は胸をなで下ろす。その風は僕は春のうららかな陽気とそよ風を思い起こさせた。あの春の日の惨事の思い出を。僕はフラッシュバックをどうにかこうにか胸の奥底に封じ込め、叫び出しそうになるのをじっとこらえた。荒い息を整えながら空さんの後ろ姿に集中する。後ろ姿しか見えない空さんは黒々としたオーラをその背に纏っていた。それは死の翳。まるで黒い翼のように。僕は音を立てずに空さんの背後から近づく。
僕に気付いたら空さんはなにをしでかすか判らない。あののように。そんな気がした。
空さんは崖地を一歩前に歩みを進めた。あと一歩でも踏み出せば足元が崩れて空さんは落ちてしまう。いや、空さんはそうしたいんだろう。僕にはそれが痛いほど分かった。僕だって、出来る事なら。だがもう限界だ。僕は空さんの傷だらけの手首をそっと掴む。
空さんはびくっと震えて振り向いた。
「帰りましょう。作業場でみんな待ってます」
僕はできるだけ優しい口調で空さんに訴えた。しかし優しい作り笑顔は失敗していただろう。空さんは泣きそうな顔をして頭を振る。
「いや……」
空さんは僕を見つめながら抗うように少し僕の腕を引っ張る。このままだと本当に落ちてしまいそうで怖くなった僕は少し力を入れて空さんの腕を引っ張り返す。
「離して……」
虚ろな目と力ない手で空さんはそう言った。
「どうして邪魔ばかりするの? 離して……」
僕は引きつった作り笑顔のままそっと頭を振った。でもその時の僕の顔はきっと真っ青だったろう。
「離しません。帰りましょう」
その瞬間空さんが意を決した様な表情になり崖に向かって飛び込もうとした。僕は思いきり空さんの手を引っ張る。体重も軽く力も弱々しい空さんは僕の胸の中にすっぽりと納まった。崖の切っ先から石と土くれが小さな音を立てて崩れ落ちる。一瞬でも遅かったら空さんは、そして僕も間違いなく崖から真っ逆さまに転落していただろう。
※
拙作は自死自傷を推奨・称揚する意図をもって書かれたものではありません。自死自傷はご自身はもちろんのこと周りの人々をも深く傷つける行為です。くれぐれもそのような選択をなさらないことを切に祈ります。
自死自傷の念に苛まれたり生き辛さを感じた時はためらうことなく精神科・精神神経科・心療内科を受診なさるかカウンセラーにかかるなど、速やかにご自身の心を守る行動を取って下さい。また、下記の団体などでもこうした悩みや苦しみを持つ方のご相談を受け付けております。
苦悩は一人で抱え込まず誰かに吐き出すだけでも解決の糸口になり得ます。
小さなことでも人に頼ることをどうか恐れないで下さい。
●厚生労働省「まもろうよこころ」
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/tel/
●電話の相談窓口
・「こころの健康相談統一ダイヤル」
(18:30~22:30[22:00まで受付])
0570-064-556
・「#いのちSOS」
(日月火金土00:00~24:00、水木6:00~24:00
※木6:00~火24:00までは連続対応)
0120-061-338
・「全国いのちの電話連盟ナビダイヤル」
(10:00~22:00)
0570-783-556
・「全国いのちの電話連盟フリーダイヤル」
(16:00~21:00/毎月10日08:00~翌08:00)
0120-783-556
・「よりそいホットライン」
(24h)
0120-783-556
岩手県・宮城県・福島県から
0120-279-226
●LINE
・「こころのほっとチャット」友だち追加(Facebookでも受け付け)
・「生きづらびっと」友だち追加
●インターネット
・「いのちの電話連盟インターネット相談」
https://netsoudan.inochinodenwa.org/
●18歳以下
・「チャイルドライン」0120-99-7777
【次回】
第22話 哀哭
僕は空さんの部屋から本館の外に出て空さんを探す。自然と足取りが早くなる。息も荒くなる。まさか、まさか空さんは。もしかすると空さんはもう。でも一体なぜ。僕の頭の中で答えの無い様々な思いが行ったり来たりする。
はっ、と僕はとある場所に思い当たった。柵もない眺めのいい高台で、25メートルほどの落差がある崖地だった。天気が良ければ岩手山がよく見える。
そこは死ぬにはいい場所に思えた。
なぜそこに思いを至らせたかは僕には見当もつかないが、血の気が引いた僕は全速力でその高台へと急いだ。果たしてそこに空さんは湿った西風に吹かれて立っていた。梅雨時のじめじめとした強風が僕の脚に腕に絡みついてきた。僕は胸をなで下ろす。その風は僕は春のうららかな陽気とそよ風を思い起こさせた。あの春の日の惨事の思い出を。僕はフラッシュバックをどうにかこうにか胸の奥底に封じ込め、叫び出しそうになるのをじっとこらえた。荒い息を整えながら空さんの後ろ姿に集中する。後ろ姿しか見えない空さんは黒々としたオーラをその背に纏っていた。それは死の翳。まるで黒い翼のように。僕は音を立てずに空さんの背後から近づく。
僕に気付いたら空さんはなにをしでかすか判らない。あののように。そんな気がした。
空さんは崖地を一歩前に歩みを進めた。あと一歩でも踏み出せば足元が崩れて空さんは落ちてしまう。いや、空さんはそうしたいんだろう。僕にはそれが痛いほど分かった。僕だって、出来る事なら。だがもう限界だ。僕は空さんの傷だらけの手首をそっと掴む。
空さんはびくっと震えて振り向いた。
「帰りましょう。作業場でみんな待ってます」
僕はできるだけ優しい口調で空さんに訴えた。しかし優しい作り笑顔は失敗していただろう。空さんは泣きそうな顔をして頭を振る。
「いや……」
空さんは僕を見つめながら抗うように少し僕の腕を引っ張る。このままだと本当に落ちてしまいそうで怖くなった僕は少し力を入れて空さんの腕を引っ張り返す。
「離して……」
虚ろな目と力ない手で空さんはそう言った。
「どうして邪魔ばかりするの? 離して……」
僕は引きつった作り笑顔のままそっと頭を振った。でもその時の僕の顔はきっと真っ青だったろう。
「離しません。帰りましょう」
その瞬間空さんが意を決した様な表情になり崖に向かって飛び込もうとした。僕は思いきり空さんの手を引っ張る。体重も軽く力も弱々しい空さんは僕の胸の中にすっぽりと納まった。崖の切っ先から石と土くれが小さな音を立てて崩れ落ちる。一瞬でも遅かったら空さんは、そして僕も間違いなく崖から真っ逆さまに転落していただろう。
※
拙作は自死自傷を推奨・称揚する意図をもって書かれたものではありません。自死自傷はご自身はもちろんのこと周りの人々をも深く傷つける行為です。くれぐれもそのような選択をなさらないことを切に祈ります。
自死自傷の念に苛まれたり生き辛さを感じた時はためらうことなく精神科・精神神経科・心療内科を受診なさるかカウンセラーにかかるなど、速やかにご自身の心を守る行動を取って下さい。また、下記の団体などでもこうした悩みや苦しみを持つ方のご相談を受け付けております。
苦悩は一人で抱え込まず誰かに吐き出すだけでも解決の糸口になり得ます。
小さなことでも人に頼ることをどうか恐れないで下さい。
●厚生労働省「まもろうよこころ」
https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/tel/
●電話の相談窓口
・「こころの健康相談統一ダイヤル」
(18:30~22:30[22:00まで受付])
0570-064-556
・「#いのちSOS」
(日月火金土00:00~24:00、水木6:00~24:00
※木6:00~火24:00までは連続対応)
0120-061-338
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(10:00~22:00)
0570-783-556
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(16:00~21:00/毎月10日08:00~翌08:00)
0120-783-556
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(24h)
0120-783-556
岩手県・宮城県・福島県から
0120-279-226
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●18歳以下
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第22話 哀哭
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