空の六等星。二つの空と僕――Cielo, estrellas de sexta magnitud y pastel.

永倉圭夏

文字の大きさ
54 / 160
第11章 離れゆく空

第53話 空の、裕樹の苦痛の根幹

しおりを挟む
 僕はついに空さんの希死念慮の根幹に指先を届かせることができた。この感情が消えない限り空さんは本来の空さんになれない。

「じゃあ、少しずつでいいですから自分を好きになっていきましょう」

「無理よ」

「何か事情があるんですね。よかったら話していただけませんか? そして一緒に考えて悩みましょう。例え答えが出なくとも」

「一緒に……?」

「そう一緒に」

「……」

 空さんが何かすがるような目つきになって僕を見つめる。瞳を震わせ口を微かに開き…… そして閉じてうつむき頭を振った。セミロングの髪が揺れる。

「ごめんやっぱりできない。私これ以上ひろ君に甘えたくない、甘えちゃいけないの」

 僕は考えた。今、口を開く寸前までいったところで良しとすべきだろう。空さんは僕に匹敵するくらい重たいものを背負っているようだ。

「いいですよ、僕は急ぎません。空さんのタイミングで僕に話していただければそれでいいんです。どうか焦らないで下さい」

 空さんは不思議そうな顔をする。

「どうしてそんなにを私を気にかけるの?」

「それは多分…… 僕が空さんと同じだからです」

「えっ」

「暗闇の向こうには死と罰しか見えない。前にそんな事を言ってましたよね」

「……え、ええ」

 僕は身体を空さんの方に向かせて、空さんの眼をはっきり見据えて言った。

「僕もです……」

 空さんは驚いた顔になる。

「でも全然そんな風には……」

「この間フラッシュバックしたでしょう」

「あっ……」

「自分に嘘を吐いて生きているとこうなるんです。忘れるな、忘れるな、お前の犯した罪を思い出せ、ってね」

「本当に、罪を犯したの?」

「はい」

「じゃあそれを教えて」

 僕はビクッと震えた。

「それはできません」

 空さんも身体を僕の方に向かせて座り、挑みかかるような眼で言った。

「じゃあ信じない」

「えっ」

「本当のことがなんなのか、なんにもわからないのに、あなたの言うことを鵜呑みにするなんておかしいわ。だから私は信じない。私にとっては優しくて世話好きで面倒見がよくて温和で馬の寝床作りとブラッシングの得意なひろ君だから。私ひろ君の死と罰なんて絶対絶対信じない」

「空さん……」

 では僕も言いたいことを言わせてもらおう。

「じゃあ空さんはちょっとぼんやりして忘れ物が多いけど、その割には冷静で落ち着いたところがあって、絵がものすっごく上手くて、乗馬のセンスが抜群で手先が器用で集中力が高くて、僕より年上なくせに凄く可愛らしいところがある人です。そこには罪科つみとがのかけらもありません」

 空さんの顔が真っ赤になる。どこか怒ったような顔で漏らす。

「ずるい……」

「本当のことです」

「そんなこと言われたら私……」

 すっくと立ち上がるとくるっと180°回転し僕に背を向ける空さん。僕に背中を見せたままぶっきらぼうな言葉を投げかける。

「とっとにかくっ、明日から部署は変わるから、もう迷惑かけないで済むし」

「迷惑だなんてそんな。ひとつも迷惑なんて思ったことはありません。異動先でも頑張って下さいね」

「うん、頑張るね。それと…… い、今までありがと」

「こちらこそありがとうございました。また苦しい事があったら何でも言って下さい」

「……うん」

 耳を真っ赤にした空さんは一人泉を出て行った。

 僕はひとりになった。この孤独感を僕はどうして埋めればいいんだろう。

 それでもまだ僕は空さんへの想いに目を向けようとはしなかった。僕にはそんな資格などなかったのだから。


【次回】
第54話 シエロとお昼寝、空の罪
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...