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第16章 空と姉

第81話 空との充足したひと時

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 僕が守り損ねた女性ひと。何が何でも守りたいと思った女性ひと。年上でよく似た2人の女性の面影が僕の頭の中でゆがみねじれ渦を巻く。やがてその渦は1人の顔形を作っていった。その顔は。

「空さん」

 空さんはぱっと表情を明るくして僕に答える。

「そう、そう。大丈夫?」

「ええ、なんだか記憶が変になっていましたが、大丈夫そうです」

「よかった。忘れられてたらどうしようかと思った」

 冗談めかして言うがどこかこわばった顔の空さん。

「誰かと見間違えたような顔をするんだもの」 

 うまく説明でくず僕はあいまいな笑みを浮かべる。

「そんな顔してましたか……?」

「うん……」

「もう大丈夫です、しっかり思い出しましたから」

 そう、空さんは彼女とは違う。僕のせいで死んでしまった彼女とは…… 僕の過ちと罪と罰と傷に胸がずしんと痛む。

 その時昼食を乗せたカーゴが病室の外に来たので空さんがそれをいそいそ取りに行く。そしてベッドサイドテーブルに朝食のトレーを置くと、空さんは驚くべき行動をとった。

「はいあーん」

「っ!」

 僕は絶句する。耳が熱くなる。当然口が開くわけもない。

「あーん」

「いっ、いやっ、じ、自分で食べられますからっ、やめてくださいっ」

 僕は腕を伸ばして空さんの手からスプーンを奪おうとした。
 
 右腕に激痛が走る。

「いっ!」

「ほらまだ自分で食べるには早いんだって。ね、覚悟を決めて。はいあーん」

 僕は覚悟を決めた。顔が火照るのを意識しながら恐る恐る口を開くと、そこにスプーンが差し込まれ七分粥が流し込まれる。

「どう? おいしい?」

 すっかりぬるくなっていて味のしないゆるいお粥が美味しいはずもない。でも空さんに食べさせてもらっていると思うとまずいなどと思うわけもない。僕は小さく微笑んだ。

「ええ、おいしいです」

「そ、よかった」

 空さんはまるで自分で作った料理であるかのように嬉しそうな顔をした。

 僕は空さんに食べさせてもらいながら充足感を感じていた。僕は空さんにもう自殺はしないと約束させた。この穏やかな表情を見れば空さんが自殺を選ぶことはもうないだろう。僕は空さんの命を守った。あの女性ひとの命を守ることはできなかったけど、僕は確かに空さんの命を守ることができたことにささやかな満足感を得ていた。

 味気なかった朝食も空さんに食べさせてもらうならごちそうだった。到底食べ足りないけど、それでも食後はけだるさに襲われる。まだ回復には時間がかかるということか。

「眠い? いいのよ、ゆっくり休んで」

「はい……」

 僕はベッドに横になると落ちる様に眠りについた。


【次回】
第82話 夢うつつ、男と女
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