39 / 92
39.食いっぱぐれには御用心
しおりを挟む
京が出来立ての青椒肉絲を大皿に盛ると、ダイニングテーブルの中央に置いた。その周りを取り囲むようにニラ玉と唐揚げとわかめスープ、そして紅白なますが陣取っている。
そしてそのおかずを狙うように取り囲む男たちの煌めく瞳に京は微苦笑した。
「最高です、京。私は青椒肉絲のピーマンは無限に食べられます」
「青椒肉絲は、別れた妻の得意料理でした……」
「俺、唐揚げ超好きっす! くぅぅ」
「全部好き」
飢えた男たちを冷視しているゼロの視線の先には紅白なますがある。いただきますの合図の後に、あれを丼鉢ごと強奪する気だろうと京は読んでいた。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「……ます」
いつものように手を合わせると、みんなの声に掻き消されてしまったが、ゼロが「いただきます」と言った気がした。京がじいっとゼロを見つめると恥ずかしそうに目を逸らしたので空耳ではなかったのだろう。
とうとうゼロが口にした「いただきます」に、京は思わず顔を綻ばせた。素直に嬉しい。
「イチ、あーん」
「え……いや、今は、俺、唐揚げ……あぁ、もうっ」
横を見るとスケが壱也に青椒肉絲を食べさせていた。
最近よくこの光景を目にする。それを所沢が生温い目で見つめている。ゼロもその様子を一瞥するものの無視を決め込んでいる。
実はこの二人、恋人同士だ。京も壱也たちから報告を受けた時に随分驚いた。
緊張と恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた壱也を見て、あぁ、冗談じゃなくて、ホンマなんやと感じた。
あの日から二人は関係を大っぴらにしている。手を繋いで家にやってきたり、握った手を自慢げ(?)に見せびらかすラブラブっぷり。
正直、驚いたものの、壱也の潤んだ瞳、スケのデレた顔を見ていると自然と受け入れられた。男でも女でも恋は恋だ。
どうやら普段は壱也が指示を飛ばしたり、叱りつけたりしているものの、二人きりの場合は立場が逆転するようで、しどろもどろになる壱也に京はほんわかとした気分になる。
今日も今日とて仲の良い二人だ。
唐揚げが口の中に残っている最中、青椒肉絲を口に放り込まれた壱也は涙目になりつつ、もぐもぐと咀嚼する。目尻が赤いので、相当照れているようだ。
「何か、酢豚みたいな味になった気が……」
「次は、ニラ玉」
「や、やめ──あ、んぐぅ……」
スケは楽しそうだが、壱也は辛そうだ。
京から見ても壱也は痩せていると思うし、スケが甲斐甲斐しくお世話するのも頷けた。
所沢は口元を引きつらせているが、あれは絶対に爆笑を抑えている顔だ。
隣を見ると、カクは青椒肉絲を箸に掴んだまま憂いを帯びた目をしていた。別れた奥さんの得意料理だと言っていたので、感慨深いのだろう。さっきからおかずに手が伸びていない。このままだと、正気に戻った時にはおかずが消えている。
現に、ものすごいスピードでゼロが唐揚げを平らげている。スナック感覚にぽいぽい口に放り込んでいる。
アカン。このままやったら可哀想やな。とにかく食べさせないと、えっと、とりあえず唐揚げでええか。
京は唐揚げを箸で掴むと隣に座るカクの口元へと運んだ。
「さ、カクさん、あーん」
「「「「…………っ⁉︎」」」」
一拍間があってゼロの低音が沈黙を切り裂いた。
「は?」
「ゼ、ゼロ……落ち着きなさい」
所沢が引き攣った顔でゼロの肩を掴んだ。
そんな中、京が満面の笑みでカクの口元に唐揚げを寄せている。それを見た桜庭組の面々は心の中で思った。京さん、それをやる相手、間違ってますよ──と。
京の向かいに座るゼロから特大級の殺気が解き放たれる。
「とりあえず、はい、これ。食べてみて?」
「あ、いや、俺は……その、いや……」
ゼロの殺気を感じられない京にはカクの髭面の口元しか見えない。一向に食べようとしないカクを見て、京は合点がいったように頷いた。
「あ、猫舌やっけ? ふーふーふー……よし、冷えた。オッケー!」
「えぇ、あぁ、いや……更に……」
唐揚げをふうふうして冷ます京に桜庭組の面々は心の中で、いや、全然オッケーじゃねぇぇぇ! より悪いわぁぁぁ──と叫んだ。
一番の被害者はカクだ。一人、愛した女との甘い記憶に酔いしれていただけなのに、目が覚めると暴風吹き荒れる嵐のど真ん中に放り込まれていたのだから。
カクは震え、こめかみから汗を垂らし、見事に禿げた頭皮からは粒のような汗が湧き出ている。
さすがの京も何となくカクのパーソナルスペースを害したことに気づき始めた。先程の天使のような笑みを消し、しゅんと項垂れた。
「ごめんな、カクさん。カクさんも俺に食べさせられるんは、嫌やんな。ごめん、俺、そういうの分からんくて……ただ、食いっぱぐれるから、唐揚げだけでも食べてほしくて……あ、これ、皿に置こっか? 最初から皿に置いてあげたら良かったのに、俺、アホやなぁ」
「「「「…………」」」」
京の殺人級のしおらしさに、皆が黙り込んだ。
あーんを受け入れるのも地獄。断るのも然りだ。
カクは覚悟を決めたのか、京の箸に挟まれたままの唐揚げを睨んだ。ここで食べなきゃ、男じゃないとカクが大きな口を開けた。唐揚げがカクの口に収まる──かと思ったが。唐揚げはカクの向かいに座るゼロの口へと吸い込まれていった。
「え?」
京の腕を掴んだゼロが唐揚げに齧り付いた。そして何事もなかったかのようにゼロは着席し、引き続き紅白なますが入った丼鉢を大事そうに抱えている。
「執念ですね」
「た、助かった……」
「たはー、狭量っすね……」
「必死」
驚く京を残して男たちは再びおかず争奪戦へと戻った。箸と皿が当たる音が響く中、ただひとり京は唐揚げを失った箸を見て赤面していた。
あの日のキスを思い出していた。思考を振り払おうと顔を上げると壱也とスケがご飯を頬張りながらも見つめあっていた。
壱也の頬についた米粒を摘んで取ると、ぱくりとスケが食べ、それを見て壱也が驚くほど顔を真っ赤にさせている。
いいな。うらやましい。俺も食べさせて欲しいなぁ、でも紅白なますは絶対くれへんやろうなぁ──ん? 俺も? 誰に? 紅白なます?
予期せぬ感情に京は首を傾げた。視線の先にはゼロがいて、京の視線に気づくとふっと笑みを見せた。蕩けるような柔らかい笑みに京は思わず顔を伏せた。
そしてそのおかずを狙うように取り囲む男たちの煌めく瞳に京は微苦笑した。
「最高です、京。私は青椒肉絲のピーマンは無限に食べられます」
「青椒肉絲は、別れた妻の得意料理でした……」
「俺、唐揚げ超好きっす! くぅぅ」
「全部好き」
飢えた男たちを冷視しているゼロの視線の先には紅白なますがある。いただきますの合図の後に、あれを丼鉢ごと強奪する気だろうと京は読んでいた。
「いただきます」
「「「「いただきます」」」」
「……ます」
いつものように手を合わせると、みんなの声に掻き消されてしまったが、ゼロが「いただきます」と言った気がした。京がじいっとゼロを見つめると恥ずかしそうに目を逸らしたので空耳ではなかったのだろう。
とうとうゼロが口にした「いただきます」に、京は思わず顔を綻ばせた。素直に嬉しい。
「イチ、あーん」
「え……いや、今は、俺、唐揚げ……あぁ、もうっ」
横を見るとスケが壱也に青椒肉絲を食べさせていた。
最近よくこの光景を目にする。それを所沢が生温い目で見つめている。ゼロもその様子を一瞥するものの無視を決め込んでいる。
実はこの二人、恋人同士だ。京も壱也たちから報告を受けた時に随分驚いた。
緊張と恥ずかしさから顔を真っ赤に染めた壱也を見て、あぁ、冗談じゃなくて、ホンマなんやと感じた。
あの日から二人は関係を大っぴらにしている。手を繋いで家にやってきたり、握った手を自慢げ(?)に見せびらかすラブラブっぷり。
正直、驚いたものの、壱也の潤んだ瞳、スケのデレた顔を見ていると自然と受け入れられた。男でも女でも恋は恋だ。
どうやら普段は壱也が指示を飛ばしたり、叱りつけたりしているものの、二人きりの場合は立場が逆転するようで、しどろもどろになる壱也に京はほんわかとした気分になる。
今日も今日とて仲の良い二人だ。
唐揚げが口の中に残っている最中、青椒肉絲を口に放り込まれた壱也は涙目になりつつ、もぐもぐと咀嚼する。目尻が赤いので、相当照れているようだ。
「何か、酢豚みたいな味になった気が……」
「次は、ニラ玉」
「や、やめ──あ、んぐぅ……」
スケは楽しそうだが、壱也は辛そうだ。
京から見ても壱也は痩せていると思うし、スケが甲斐甲斐しくお世話するのも頷けた。
所沢は口元を引きつらせているが、あれは絶対に爆笑を抑えている顔だ。
隣を見ると、カクは青椒肉絲を箸に掴んだまま憂いを帯びた目をしていた。別れた奥さんの得意料理だと言っていたので、感慨深いのだろう。さっきからおかずに手が伸びていない。このままだと、正気に戻った時にはおかずが消えている。
現に、ものすごいスピードでゼロが唐揚げを平らげている。スナック感覚にぽいぽい口に放り込んでいる。
アカン。このままやったら可哀想やな。とにかく食べさせないと、えっと、とりあえず唐揚げでええか。
京は唐揚げを箸で掴むと隣に座るカクの口元へと運んだ。
「さ、カクさん、あーん」
「「「「…………っ⁉︎」」」」
一拍間があってゼロの低音が沈黙を切り裂いた。
「は?」
「ゼ、ゼロ……落ち着きなさい」
所沢が引き攣った顔でゼロの肩を掴んだ。
そんな中、京が満面の笑みでカクの口元に唐揚げを寄せている。それを見た桜庭組の面々は心の中で思った。京さん、それをやる相手、間違ってますよ──と。
京の向かいに座るゼロから特大級の殺気が解き放たれる。
「とりあえず、はい、これ。食べてみて?」
「あ、いや、俺は……その、いや……」
ゼロの殺気を感じられない京にはカクの髭面の口元しか見えない。一向に食べようとしないカクを見て、京は合点がいったように頷いた。
「あ、猫舌やっけ? ふーふーふー……よし、冷えた。オッケー!」
「えぇ、あぁ、いや……更に……」
唐揚げをふうふうして冷ます京に桜庭組の面々は心の中で、いや、全然オッケーじゃねぇぇぇ! より悪いわぁぁぁ──と叫んだ。
一番の被害者はカクだ。一人、愛した女との甘い記憶に酔いしれていただけなのに、目が覚めると暴風吹き荒れる嵐のど真ん中に放り込まれていたのだから。
カクは震え、こめかみから汗を垂らし、見事に禿げた頭皮からは粒のような汗が湧き出ている。
さすがの京も何となくカクのパーソナルスペースを害したことに気づき始めた。先程の天使のような笑みを消し、しゅんと項垂れた。
「ごめんな、カクさん。カクさんも俺に食べさせられるんは、嫌やんな。ごめん、俺、そういうの分からんくて……ただ、食いっぱぐれるから、唐揚げだけでも食べてほしくて……あ、これ、皿に置こっか? 最初から皿に置いてあげたら良かったのに、俺、アホやなぁ」
「「「「…………」」」」
京の殺人級のしおらしさに、皆が黙り込んだ。
あーんを受け入れるのも地獄。断るのも然りだ。
カクは覚悟を決めたのか、京の箸に挟まれたままの唐揚げを睨んだ。ここで食べなきゃ、男じゃないとカクが大きな口を開けた。唐揚げがカクの口に収まる──かと思ったが。唐揚げはカクの向かいに座るゼロの口へと吸い込まれていった。
「え?」
京の腕を掴んだゼロが唐揚げに齧り付いた。そして何事もなかったかのようにゼロは着席し、引き続き紅白なますが入った丼鉢を大事そうに抱えている。
「執念ですね」
「た、助かった……」
「たはー、狭量っすね……」
「必死」
驚く京を残して男たちは再びおかず争奪戦へと戻った。箸と皿が当たる音が響く中、ただひとり京は唐揚げを失った箸を見て赤面していた。
あの日のキスを思い出していた。思考を振り払おうと顔を上げると壱也とスケがご飯を頬張りながらも見つめあっていた。
壱也の頬についた米粒を摘んで取ると、ぱくりとスケが食べ、それを見て壱也が驚くほど顔を真っ赤にさせている。
いいな。うらやましい。俺も食べさせて欲しいなぁ、でも紅白なますは絶対くれへんやろうなぁ──ん? 俺も? 誰に? 紅白なます?
予期せぬ感情に京は首を傾げた。視線の先にはゼロがいて、京の視線に気づくとふっと笑みを見せた。蕩けるような柔らかい笑みに京は思わず顔を伏せた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
126
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる