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1巻

1-2

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 私はハッとして、ふさいでいた入り口から退き、元の座布団に戻った。
 着物を着た高御堂会長が、貫禄かんろくたっぷりに部屋に入ってくる。
 その姿に私はゴクリと唾を呑んだ。就職の面接でもないのに、キューっと胃がしぼられる。
 英之と呼ばれた男性が私の斜め向かいに座り、高御堂会長が私の向かいに座った。

「花音さん……じゃったな」

 高御堂会長が、私の名前を確認する。
 いきなり下の名前?

「菊池です」

 緊張のあまり、私はつい否定してしまった。
 ピクリと高御堂会長の白い眉が動き、私は間違えたのだとすぐに悟る。

「いえ、フルネームが菊池花音です。苗字が呼びにくければ、花音と呼んでいただいて結構です」

 面接官に話すように、ハキハキと訂正した。

「左様か。コレは私の孫でな。英之と言う」

 高御堂会長が隣で胡座あぐらをかいている、先ほどのイケメンを紹介する。
「初めまして」と中低域の渋い声で言われ、「初めまして」とできるだけ目を合わせないように返した。
 彼の視線は始終私に向けられ、らされることがない。
 向かいに座っているのが私しかいないから当たり前なのだろうけど、視線を肌にヒシヒシと感じて、自意識過剰になりそうだ。

「そう固くならずに、楽にしなさい」

 高御堂会長に言われ、私は足を崩した。

「先日は、そなたのお陰で事故をまぬがれた。恩に着る」
「恩だなんて、そんな。とにかくご無事で良かったです。お礼も全然なくて構わなかったのですが……」
「そんなわけにはいかん。しかるべき礼をするのが、道義」

 高御堂会長が断言し、私を見下ろす――こと数十秒。
 会長はそれ以上、何も言わなかった。  
 何? 何なのこの沈黙? 私が何か言う番なの?

「あ、ありがとうございます」

 何を言ったら良いのか分からなくて、お礼にお礼を返した時、「失礼します」と廊下からキヨさんの声がして、またしても三段階に分けて障子が開いた。
 再び沈黙が流れる中、彼女が美しい作法でゆっくりと食前酒を運んでくる。

「甘いお酒がお好みだとうかがったので、花音様にはアプリコットのリキュールをお持ちしました」

 綺麗なガラス細工がほどこされた、小さなワイングラスを私の前に置く。

「ほう、アレか。私は甘い果実酒は苦手でな」

 そう言うと、高御堂会長は乾杯もなく、自分の前に置かれたスパークリングワインを口にした。
 高御堂英之もスパークリングワインを飲んでいる。
 私もグラスを口に運ぶと、二人の目が一斉に私に集まった。
 そんなに注目しなくても……
 カチコチになりながら、リキュールを口にする。甘さとサッパリ感がミックスされた味が、口に広がった。

「あ、美味おいしい」
「そうじゃろ。若い女性向けに作られた未発表の製品じゃ」

 私の反応を満足げに眺めて、高御堂会長がうなずく。

「こちらの、和食向けに開発されたスパークリングワインもイケそうですね。酸味が強くて、鮮魚の料理に合う感じがします。実際に料理と一緒に飲んでみないことには、分かりませんが」

 高御堂英之が、スパークリングワインを味わいながら言う。
 もしかして、私を食事に招いたのは、新商品のテイスティングのついでだった?
 私に構うことなく、お酒を吟味ぎんみする二人を前に、肩の力が抜けた。

「お料理をお持ちいたしました」

 いつの間にかいなくなっていたキヨさんが、お手伝いさん風の女性と料理を持って戻ってくる。
 お刺身、天ぷら、丸ごとのカニ……
 緊張が解けた私は、豪華な料理に心を躍らせる。

「わぁ」 

 思わず素の声を出すと、高御堂英之のフッと笑う声がした。
 彼と目が合う。
 どうして私をそんなに観察しているの……?
 彼と見つめ合っていることに気付いて、私はハッと目をらす。
 とにかく食べよう。
 この場限りの人のことは、深く考えないほうがいい。
 手を合わせて「頂きます」と言い、食べ始めた。
 ――それなりに会話は続いたと思う。
 お酒の商品開発の裏話を聞いたり、私の仕事のことを聞かれたり。
 お酒が入っても、話すのは緊張したけど、どうにかやり過ごす。
 そして、名だたる歴史的人物も招かれたという、この和室にまつわる話を聞いていた時だ。

芸妓げいぎさんが来られました。お通しします」

 廊下からキヨさんが声をかける。
 芸妓げいぎ? と疑問に思いながら、私は綺麗に盛られた炊き合わせにはしを付けた。

「ごめんなんし」

 障子が開くと、とおった声の女性を先頭に、おしろいを塗った着物の女性達が五人、ワラワラと入ってくる。
 私のはしから、里芋がポロリと落ちた。
 三味線しゃみせんを持った年配の女性が簡単に音合わせをし、華やかな着物で着飾った若い女性達が並んで座る。挨拶あいさつをした後、彼女達は深々とお辞儀をし、舞始めた。
 日本人形のような芸妓げいぎさんが、長い袖とおうぎを自由自在に操って優雅に踊る。初めて観る本物のげいさんの舞に、私は内心ビビッていた。
 本格的なもてなしじゃん。
 それほど社会経験のない私にとって、経済界の大物の本腰を入れたもてなしは、荷が重すぎる。
 結構ですから! と叫んで走り出したくなる衝動を必死に抑えた。 
 高御堂会長はというと、芸妓げいぎさんの踊りにすっかり魅入みいっている。高御堂英之のほうは、見ないようにしているから分からない――
 いや、冷静に考えると、高御堂会長と会話をしなくて済むし、高御堂英之のほうを見なくて済むので、助かる。
 高御堂家側もそれを考えて、呼んだのだろう。
 そうありがたくとらえ、料理と芸妓げいぎさんの舞に集中した。

「――ごそうさまでした。そろそろ、おいとまを……」

 限界まで食べ、芸妓げいぎさん達の舞がちょうど終わったところで、私は切り出す。
 自分の役目は果たした。もう帰ってもいい頃だろう、と。
 ところが――

「待ちなされ。まだ本題に入っていない」

 腰を浮かせた私を、高御堂会長が止めた。
 本題って何?
 私が改まって座り直すと、会長が芸妓げいぎさんを全員追い出す。テーブルの上のお皿が片付けられたところで、会長が言った。

「事故のことじゃ。酔っ払いの車が迫っているにもかかわらず、車の前に飛び込んで私の命を救った勇気に感銘を受けた。一生忘れはせぬ」

 何だ、そんなこと? と私は拍子抜けする。
 要するに、事故のことを改めて言葉で感謝したいということだ。

「感謝なら、もう充分です。今夜、とても楽しかったです。私も一生、忘れません」

 ちょっと大袈裟おおげさに、胸に手を置きながら言った。

「いや、充分ではなかろう。一瞬でも間違えれば、そなたは命を落としていた。自分の命をかえりみずに他人を救うということは、そうそうできることではない。非常事態にこそ、人の本性が現れるというものじゃ。動けずに傍観するだけの者、ましてや何処どこぞやの者のように、助けようともせずに事故の瞬間を動画にとらえるなど、誠にけしからん。無断でネットに動画を公開したことも、法的にしかるべき処罰を与えねば――」

 高御堂会長の話が、徐々にれていく。
 長くなるのかな? と気になり出した頃、高御堂英之が会長に何か耳打ちした。

「とにかくじゃ。亀蔵は江戸中期に創業され、私で十二代目になる。英之が後を継ぐと十三代となるが、まだ若年。私の力が必要じゃ。あの事故で死んでいたら、亀蔵は他人の手に渡り、高御堂家が代々築き上げてきたものが壊れてしまっていたであろう」

 分かるか? と高御堂会長が私に聞く。
 この時、安易にうなずいてしまったことを、私は後で悔やんだ。
 まさか老人を事故から救ったことで――

「ということはじゃ、私の命を救ったということは、高御堂家を救ったも同然。それに値する恩を返さねばならぬ」

 ――私の人生が百八十度も変わることになるなんて。

「英之の嫁として、そなたを高御堂家に迎えて進ぜよう」

 あまりの奇抜な恩返しにたまげ、何とか断ろうとする私に、故事成語を並び立てて跳ね返す会長。
 極め付きに、高御堂英之が結婚を受け入れたことで、私の頭はパニックになる。

「……あの、とりあえず今日のところは帰って、家で考えます」

 狐につままれたとしか思えない私は、そう言った。



   二


 朝目覚めると、普通に火曜日、澄んだ空に朝日がまぶしい冬晴れの日だった。
 私はいつもと同じ時間にアパートを出て、普段と変わらない電車に乗る。いつものように皆にコーヒーをれて、水野所長と雑談した後、仕事に取り掛かった。
 昨夜のことは、まぼろしだったのかもしれない。
 仕事にどっぷりつかっていると、高御堂家を訪れたことさえ、まるで夢みたいな気がしてくる。高御堂会長に言われた言葉、高御堂英之に見つめられたことも何もかも――
 そんなふうに高御堂家のことが頭の中から消え去りつつあった、お昼過ぎ。
 お弁当を持ってこなかった私は、近くのベーカリーカフェでお昼をとった。
 明日の朝ご飯にとクロワッサンを買ってビルに戻ると、ある人物とエレベーターの前で鉢合わせする。

「昨夜はどうも」

 ビジネスマン風のロングコートを着た長身の男性が、涼しげに言う。
 私は息がまるほど驚愕きょうがくした。
 それはまぎれもなく、高御堂英之だった。私の中ではまぼろしとなりつつある……

「どうしてここに――?」
「君の話でここの団体の活動に興味を持ったから、寄付をしに来たんだ。君がどんな職場で働いているのか、気になったのもある」

 昨夜とは違って、気さくに私に話しかけている。
 寄付という言葉に、私は引っかかった。

「寄付って、結婚のことなら――」

 断るつもりという言葉は続かなかった。高御堂英之が私の口を手でおおい、黙らせたのだ。

「……っ!」

 冷たい彼の手の平が、私の唇から熱を奪う。
 いきなりの彼の行動に、私の思考回路がフリーズした。私と彼の後ろを、ペチャクチャとおしゃべりをしながら、女性のグループが通り過ぎていく。

「今は時間がない。話をするなら、今夜しよう」

 私が小さくうなずくと、彼は手を離した。

「今夜七時半に、君のアパートに迎えに行く。都合が悪くなったら、このメールアドレスに知らせてくれ」

 そう言い残して、足早に去る。
 私、昨日出会ったばかりの男性に、口をふさがれてた?
 今更のように、彼の手の感触がありありと唇によみがえる。
 急に頭に血が上って、胸が騒ぎ立てた。
 どうしてこんなに胸が……

「大丈夫ですか?」 

 彼にふさがれていた唇を手で押さえていると、通りがかりの女性に心配される。
 大丈夫ですと答え、私はエレベーターには乗らず階段を駆け上がった。胸の高鳴りを急激な運動で消すために。
 息を切らして、オフィスに戻ると――

「高御堂英之って、高御堂家の御曹司で亀蔵ホールディングスの取締役だろ? 二十九歳の若さでさー。今は外部の人間が社長に就任してるけど、いずれ彼が社長になるって言われているよな」

 武田先輩と水野所長を含むスタッフの全員が集まって、高御堂英之の噂話うわさばなしをしていた。

「男前で、普通の人にはないオーラがあったわ。まだ独身でしょ? もっと美人に生まれていたら、アタックしたのに。ああいうハイスペックの男性と結婚できる人がうらやましい」

 三十代前半で独身の朝倉あさくらさんが、悔しがる。

「いや~、容姿よりも家柄重視だったりするんじゃないかしら。やっぱり育ちが似てないと、色々と都合が悪いことが出てくるのよ。庶民にはムリムリ」

 三十代後半で既婚の河本かわもとさんが言う。
 家柄重視どころか、恩返しとのたまって、見ず知らずの私に縁談を持ちかけてますけど。
 そうは言えなくて、会話の輪に入るのを避け、私は静かにデスクに戻る。
 でも狭いオフィスで、気付かれないわけがない。

「花音ちゃん、聞いたわよー。亀蔵ホールディングスの会長を助けたのは、やっぱり花音ちゃんだって。水臭いわー。どうして教えてくれなかったのよ?」

 興奮した水野所長に話しかけられた。朝倉さんと河本さんが後ろでうなずく。

「い、色々と事情がありまして……」

 どんな風に彼は話したのだろう?
 あまり大事にしてほしくないのに、困る。

「そうなの? それにしても、でかしたわ。高御堂英之がかなり気前のいい寄付をしてくれたの。花音ちゃん様様さまさまね。彼は花音ちゃんに会いたかったみたい。来る途中、会わなかった?」
「あ、会ってません」

 エレベーターの前で彼に口をふさがれたことを思い出し、また顔がカァーッと熱くなる。

「え? 何で顔が赤くなるの?」
「赤くなってません」

 水野所長に追及され、私は頬を両手で隠す。

「なってるって。両手で隠してるし。もしかして、あの御曹司と何か――」
「えー? 何々?」

 朝倉さんと河本さんが私のデスクに身を乗り出してくる。

「変な勘ぐりはやめましょ。さ、仕事に戻るわよ。今日も定時に終わらせるんだから」

 私が困っているのを察したのか、水野所長がパンパンと手をたたいて、皆をデスクに戻す。
 そして「恋愛なら相談に乗るわよ」と私にささやいて、所長もデスクに戻った。


 どう考えても、この恩返しはおかしい。
 私は人助けをしたはずなのに、どうして結婚を迫られ、頭を悩ませているわけ?
 そもそも私は恩返しなんて望んでいないし、要求してもいないのに。なんとかして、縁談を断らないと。
 私は少し怒っていた。
 定時に仕事を終え、どう縁談を断るか考えながら帰途につく。
 家に帰ると、服をセーターとデニムという更にカジュアルなものに着替え、約束の時間より五分ほど早く、アパートの前で高御堂英之を待った。
 今夜の計画を更に練る。
 雪がチラホラと降り始めた七時半きっかりに、彼は高級車で私を迎えに来た。

「外で待っていなくても、着いたら連絡するつもりだったのに。寒かっただろ」
「いえ、全然」

 ほとんどの女の子を瞬殺できそうな彼の微笑ほほえみに、私は素っ気なく対応する。
 すると彼が私の心中を察するような目を向けてきた。

「もんじゃ焼きが食べたい気分なので、もんじゃ屋さんに行ってもらってもいいですか。美味おいしいお店を知ってるんです」

 私は断固とした口調で言う。
 作戦開始だ。 
 昨日の一件で、高御堂家の人間が一筋縄ではいかないことは分かっている。
 ここは、庶民の生活を見せて、私との結婚は無理だと理解してもらうしかない。

「構わない。そうしよう」 

 高御堂英之はクールに応対する。予約をしていたらしい店に電話でキャンセルを告げると、私のナビゲートで車を走らせた。


 道案内以外、特に会話をするわけでもなく、十分ほどで目的の商店街に着く。
 ゴチャゴチャした商店街の通りで、クラシックなロングコートを着た彼は、人目を引いた。

「らっしゃい」

 ビルの三階にある、もんじゃ屋さんに入ると、威勢のいい声で迎えられる。
 テーブルに着くと、「亀蔵の酒が少ないな」 と彼がメニューをザッと見てつぶやき、ドライバーだからとお茶を頼んだ。
 私は亀蔵ブランドではない、桃のチューハイを頼む。

「結婚のことですけど――」
「待った」

 飲み物が来ないうちに本題に入った私を、間髪容かんはついれずに彼が止めた。

「すぐに、そんな話をしなくてもいいだろ。他の話をしよう」

 余裕たっぷりにそう提案する。

「例えば、どんなことを?」

 彼のペースにはまっては駄目と、私は身構えた。

「そうだな、お互いに相手について知りたいことを質問し合うっていうのは?」
「お互いのことを知るのは、無駄だと思います」
「無駄? 俺はそうは思わない。この先、君と二度と会うことがなくても、縁があってこうして食事をしている。せめてこの時間だけでも、お互いを知っても良いんじゃないか」

 彼が真剣に私をさとす。
 悔しいけど、それ以上何も反論できなかった。
 飲み物と具材が同時に来て、店員が焼き方の説明をする。

「もんじゃ焼きって、焼き方を間違えると、味が落ちるんですよね」

 店員が去ると、私は得意げに言った。
 もちろん、もんじゃ焼きを選んだのは、彼には馴染なじみがないと踏んでのことだ。
 高御堂英之に私との育ちの差を知ってもらわねば。
 けれど彼はうつわをスッと持つと、出汁だしこぼれないように具材だけを器用に鉄板に落としていたはじめた。
 私より上手うまいじゃん。
 当てが外れ、私は彼の腕に唖然あぜんとする。
 負けてはいられないと、具材を鉄板に落としいたはじめた。でも出汁だしこぼしてしまう。

「俺がもんじゃを焼けないと、高をくくっていただろ。残念だな」

 ビチャビチャな私の具材を見て、彼が勝ち誇ったようにニヤッとする。
 私は大人気なく、ムッとしてしまった。

「では、最初の質問です。もんじゃ焼きは何回食べたことがありますか?」

 わざとくだらない質問をする。
 適当に答えればいいのに、彼はうーんと難問のように考え込んだ。

「……三回かな」

 しばらくして、何故なぜかしみじみとしながら答える。

「一回目は亡くなった父親とだから、思い出がある」
「えっ。亡くなったんですか?」

 彼の父親が亡くなっているとは知らず、具をいためていた私の手が止まる。

「随分と昔だから、そんな顔をしなくていい」
「いつ亡くなったんですか?」

 声のトーンも自然に落ちた。

「小学六年の時だ。元々心臓が悪くて――」

 彼は父親が亡くなった時のことを、淡々と語る。
 両親共に健在な私は、子供の頃に父親を亡くすなんて想像もできない。つらかっただろうと、彼の話に聞き入る。

「――って、暗い話はもう終わりだ。もう出汁だしを流し込んでもいい頃だろ」

 しんみりした雰囲気を彼は明るく切り替えると、具材で土手どてを作り、出汁だしを流し込んだ。
 私もそれにならう。

「……二回目にもんじゃを食べたのは、留学先のロサンゼルスだったな。イタリア人の友達とチーズとピザソースをやたらとかけて食べた」

 それから彼は、邪道もんじゃを作ったエピソードを面白おかしく語って、私を笑わせた。その友達が作った他のおかしな日本料理の話を交えて。けれど、笑いが収まると、不意に真剣な顔つきになる。

「三回目は誰とだと思う?」

 私を真っ直ぐに見つめた。

「え――?」

 意表を突かれた私の瞳が、彼の瞳にとらわれる。
 私を見つめたまま、彼が魅惑的な声でささやいた。

「君とだ。今一緒に食べてる」

 突如変わった空気に、無防備だった私の心臓がトクンと揺れる。
 咄嗟とっさに彼の視線から逃れるように、うつむいた。

「も、もう混ぜないと」

 そのまま、黙々と具と出汁だしを混ぜ始める。
 絶対、私の顔はこれ以上ないくらい、真っ赤になっている。こんなに彼のアプローチに弱いなんて! 彼のペースにはめられすぎ。

「今度は俺が質問する番だな」

 彼は私の態度を気に留める様子もなく、もんじゃをお皿に取る。

「君の家族構成は?」

 そして、答えやすい質問をした。
 私はホッとして、顔を上げる。
 五歳になったばかりの妹のことや、仲が良い父と母のことを話した。彼が熱心に聞いてくるので、祖父母や従兄弟のことまで打ち明ける。
 話し終わると、私も彼の家族構成について聞いた。
 門松さんとキヨさんは兄妹で高御堂会長とは乳兄弟ちきょうだいということや、一緒に住む大学生の弟が未だに反抗期真っ最中で、母親は高御堂会長と折り合いが悪く九州で静養中だということを、彼が冗談を交えて話す。
 あっという間に時が過ぎ、私と彼はもんじゃ屋さんを出た。
 そこで、ハタと気付く。

「本題に入ってない」

 私が声を上げると、彼が息をつく。

「場所を変えて話そう」

 私が助手席に乗ると、サプライズだからと目的地も告げず、彼は車を走らせる。
 始終深刻な表情の彼に、私も余分な会話は控えた。
 やがて、市の中心にある高いビルの地下駐車場に着く。
 高御堂英之が私を連れてきたのは、綺麗な夜景が見えるビル内の展望室だ。
 貸し切ったかのように、私と彼以外全く人がいない。
 窓の外に広がるどこまでも続く光の絨毯じゅうたんみたいな光景に、私は目を奪われた。

「綺麗……」

 圧倒的な美しさに感動して、思わずつぶやく。
 彼に見られているとは気付かずに。

「……君のほうが綺麗だ」

 彼の言葉が、私の顔を再び火照ほてらせた。
 そんな歯が浮くようなセリフを、サラリと言える人が実在するなんて。
 薄暗い室内ということもあって、かろうじて私は顔を隠さずにいられた。

「どうして……そんなこと言うんですか」 

 何の得があって、彼は――?


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