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しかし不運は続き…

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 その晩、眠れなかった。

 クマゾウを眺めながら、彼と過ごした時間を振り返る。
 彼の腕の中で横たわる心地よさ、彼に抱きしめられたときの感覚、それから……まだ唇に残る別れ際のキス。
 彼の唇から感じた熱い戦慄が、私の身体に蘇る。
 一人ベッドの中で悶えていた。

「運なんて捉え方の問題だ」

 彼に言われたセリフを身をもって実感する。
 明日になったら、千夏に電話しよう。
 直樹と幸せになってね、と今なら心から言える。

 まだ失業中だけど、私の未来は希望に満ちていた。
 興奮して、中々寝付けない。
 それでも昨夜野宿した疲れが勝って、深夜過ぎには眠っていたと思う。

 けたたましい警報機の音で目が覚めた。
 半分まだ眠っている頭で、ムクッと起き上がった。
 私の周りを、モクモクと煙が充満している。
 暗闇の中でもはっきりと見えた。

 何コレ――?

 落ち着いて状況判断する時間もなく、煙が目に染みてくる。
 息もしずらくなって、ケホッと咳が出た。

 火事だ。
 逃げ出さないと!

 袖で鼻と口を押さえながら、ベッドから飛び出し玄関へと一目散に走り、ハタッと途中で立ち止まった。

 こんなときは貴重品を持っていかないと。

 頭が真っ白になりながらも、考えついた。

 お財布と、それから……

 財布が入っているバッグを掴んだところで、息苦しくなる。
 手当たり次第何かを引っつかんで、死にもの狂いで玄関から出た。

 他の住人達とぶつかり合いながら、外に出る。
 新鮮な空気をゼーゼーと落ち着くまで吸って、自分の部屋を見上げた時には、火がメラメラと燃え移っていた。
 鳴り響くサイレンに、目をくらませるようなパトカーの警光灯。

「大丈夫ですか」

 救急隊員が私に声を掛ける。
 私が無傷なのを確かめると、他の人達の救助へと回った。

「危ないところだったわね。あなたのとこ、全焼よ」

 よくすれ違うお姉さんが、隣に来て話しかけていた。
 私もだけど、スッピンでパジャマ姿だ。
 彼女はちゃんと靴を履いているけど、私は裸足だった。
 しかも、私がバッグと一緒に腕に抱えているものは……

 とにかく、今はそんなことどうでもよくて、心地よいベッドで布団に包まって眠りたかった。
 安全で、疲れ切った身体を休ませてくれる場所で――

「どこ行くの?」

 炎に背を向けると、私はふらっと歩き出した。

「ねえ、ここからまだ動かない方がいいんじゃない?」

 お姉さんが止めるのにも振り向かず、私は歩いていた。
 パジャマのまま、靴も履いてない裸足のまま、あられのない姿で暗い夜明けの町を歩き続けた。
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