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 翌日リュカは一人馬車に乗り、学園に向かった。
 いつも馬車には先にブリュエットが載り込んでいるのだが、そこに彼女の姿はない。
 自分より一時間も早く王宮を出たようだが、それはリュカを呆れさせた。

「俺とブリュエットが一緒に乗れば、馬車を走らせるのも一度で済むじゃないか。御者の迷惑を考えないのか、あの女は」

 ブリュエットと多少距離を置きたいとはリュカも考えているが、ここまで徹底的にやるとは思わなかった。
 これでは他愛のない会話を楽しむ機会すらない。
 苛立ちと少しの寂しさを感じつつ馬車に乗り込もうとすると、御者が口を開いた。

「ブリュエット様にはお世話になりましたので、このくらい苦ではありませんよ。それに学園までは距離も大したことがないですからね」
「世話に? 何のことだ?」
「以前こいつが調子を悪くしていた時期があったでしょう?」

 そう言いながら御者は、馬の体を一撫でした。

「王宮お抱えの獣医に診てもらっても、異常が見つからないと言われてしまいまして。このままでは業務に支障をきたすと考えていたら、ブリュエット様が平民の間で評判のいい獣医を紹介してくださったんです」
「平民向け……ということはレベルの低い獣医ではないか!」
「いいえ、とんでもございません。こいつの体の中で悪さをしていた病を発見して、適切な治療をしていただきました。こいつが今もこうして働くことができるのは、ブリュエット様のおかげです」
「そ、そうか。だがまあ、あれは俺の伴侶となる女だ。その程度できて当然だろう」

 気まずさを感じながらリュカがそう言うと、御者は「はい! お二人のご結婚を楽しみにお待ちしております」と笑顔で答えた。
 この反応を見るに、ブリュエットは余計なことを話していないようだ。
 これはリュカにとっては幸いだった。

 もしも虚言とはいえ、ブリュエットではなくエーヴを正妃にすると宣言したことが両親に知られてしまえば、大目玉を食らうどころでは済まされないだろう。
 現在王位継承権は第一子のリュカにあるとはいえ、何かのきっかけで弟たちに渡るとも限らない。
 少しでも不安要素は潰しておきたかった。



 自分のクラスに入ると、先にいた生徒たちがリュカに深々と頭を下げる。
 今は学業に励むクラスメイト同士であっても、将来は王と民という関係になるのだ。今のうちから敬意を示すのは大事である。

「おはようございます、リュカ王太子殿下」
「ああ。おはよう、ジョエル」

 にこやかに声をかけてきたのは公爵家の子息であり、親友のジョエルだ。
 文武両道で魔法学の成績も優秀。周囲からの信頼も厚く、リュカが友と認める数少ない人物である。

「お聞きしましたよ殿下」
「何のことだ?」
「ブリュエット嬢が放課後に魔法学の講習を始めるそうですね」
「!?」
「生徒たちは皆楽しみにしておりますよ」

 何も知らず呑気に笑っているジョエルとは反対に、リュカは青ざめていた。
 放課後になったら、すぐに王宮に戻って妃教育を受ける。
 それがブリュエットの日常なのだ。

 だというのに、講習を始めるということは……。
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