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リュカが緊張した面持ちで王妃の自室に向かうと、王妃は閉じられた濃緑の扇を撫でつつ息子の到着を待っていた。
同じ建物内に住む者同士なのに、顔を合わせるのは半月ぶりだ。
我が子の姿を見て優雅に微笑んではいるが、腹の底が知れない女である。
実の母ながら、リュカは王妃に苦手意識を抱いていた。
「こんにちは、私の可愛いリュカ。元気にしているようで安心したわ」
「は、母上もお元気そうで何よりです」
「ふふ……前振りはここまでにして、早速本題に入りましょうね。あなたの結婚相手のついてよ」
「……!」
氷のように冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような心地に、リュカは暫し呼吸すらも忘れた。
そんな息子の異変に気づいていないのか、どうでもいいと思っているのか、王妃はうっそりと目を細めて続ける。
「ブリュエットから聞きましたよ。あなたに正妃ではなく、側妃になるように命じられたと」
一番恐れていた事態だ。
リュカは平静を装いつつ、ぐるぐると思考を巡らせていた。
どうする? どう言い訳をする?
必死に考える息子を余所に、王妃は手にしていた扇を開いた。
「そして代わりにエーヴ嬢を正妃に選んだことを、彼女はとても高く評価していました」
「……高く評価?」
意外な言葉にリュカは目を見開いた。
「ちなみに私はロレント男爵の娘なんて、側妃にすることにすら大反対です。見た目も中身も母親そっくりの娘なんて、王宮に滞在しているだけで空気が生臭くなりますからね」
王妃は自分の息子が、エーヴを何度も王宮に連れ込んでいると知っているはずだ。
なのでこの発言は、リュカへの遠回しな嫌味でもある。
たとえ当初の予定通り側妃にしていたとしても、どのみち王妃の怒りに触れる形となっていたのだ。
自身の短絡さを心底悔やみつつ、リュカは唇を震わせながら息を吐いた。
「ですがブリュエットは言うのです。『エーヴ様は私よりも可憐で無邪気な子です。そんな少女が王太子妃になれば、この国を明るくさせてくれるでしょう』と」
「ブリュエットが本当にそのようなことを……?」
「母の言葉が信じられませんか、リュカ?」
「い、いえ。滅相もございません」
母はこんな嘘をついたりはしないだろう。
……自分と違って。
「ブリュエットがそう言うのであれば、私も彼女の言葉を信じてみようと思います。何か、考えがあるのでしょうから」
「随分とブリュエットを高く買っているのですね……」
自らの考えではなく、あんな底意地の悪い女の意見を優先するとは。
驚き半分妬み半分でぽつりと零せば、王妃は扇で口元を隠しながら、
「リュカ」
「はい」
「あなた、誰のおかげで王太子になれたと思っているのかしら」
頭に血が上るのが分かった。
まるでお前はブリュエットがいたからこそ、王位継承権を勝ち取れたのだと断言されたようなものだ。
奥歯を噛み締め、握り拳を作り、母親に抗議する。
「俺は俺の実力でここまでのし上がったのです。それにブリュエットはあなたが思うような聡明な女ではありません。エーヴを正妃にと提言したのも、どうせ妃教育から逃げ出したくて言っただけに違いない」
「妃教育? そんなもの、彼女は一年も前に終了させていますよ」
「なっ!?」
「そうでなければ、学園で講師など務められるはずがないでしょう?」
「で、ですが、ブリュエットは授業が終わるといつもすぐに王宮に戻って……」
「それは彼女の叔父である大臣の仕事を手伝っていたからに他なりません。あなたはそれすらも聞かされていなかったのね。いえ聞かされていたけれど、忘れてしまったのかしら」
もしかしたら、そうかもしれない。
以前勉強時間を始める前に、ブリュエットが妃教育がどうたらと言い出した時があったが、リュカは軽く聞き流していた。
その時は、早く勉強を終わらせることしか考えていなかったのである。
リュカとブリュエットの関係が修復しないまま、本当にエーヴへの妃教育は始まってしまった。
が、どうせ二、三日で音を上げて助けを求めてくる。
リュカはそう確信していた。
同じ建物内に住む者同士なのに、顔を合わせるのは半月ぶりだ。
我が子の姿を見て優雅に微笑んではいるが、腹の底が知れない女である。
実の母ながら、リュカは王妃に苦手意識を抱いていた。
「こんにちは、私の可愛いリュカ。元気にしているようで安心したわ」
「は、母上もお元気そうで何よりです」
「ふふ……前振りはここまでにして、早速本題に入りましょうね。あなたの結婚相手のついてよ」
「……!」
氷のように冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような心地に、リュカは暫し呼吸すらも忘れた。
そんな息子の異変に気づいていないのか、どうでもいいと思っているのか、王妃はうっそりと目を細めて続ける。
「ブリュエットから聞きましたよ。あなたに正妃ではなく、側妃になるように命じられたと」
一番恐れていた事態だ。
リュカは平静を装いつつ、ぐるぐると思考を巡らせていた。
どうする? どう言い訳をする?
必死に考える息子を余所に、王妃は手にしていた扇を開いた。
「そして代わりにエーヴ嬢を正妃に選んだことを、彼女はとても高く評価していました」
「……高く評価?」
意外な言葉にリュカは目を見開いた。
「ちなみに私はロレント男爵の娘なんて、側妃にすることにすら大反対です。見た目も中身も母親そっくりの娘なんて、王宮に滞在しているだけで空気が生臭くなりますからね」
王妃は自分の息子が、エーヴを何度も王宮に連れ込んでいると知っているはずだ。
なのでこの発言は、リュカへの遠回しな嫌味でもある。
たとえ当初の予定通り側妃にしていたとしても、どのみち王妃の怒りに触れる形となっていたのだ。
自身の短絡さを心底悔やみつつ、リュカは唇を震わせながら息を吐いた。
「ですがブリュエットは言うのです。『エーヴ様は私よりも可憐で無邪気な子です。そんな少女が王太子妃になれば、この国を明るくさせてくれるでしょう』と」
「ブリュエットが本当にそのようなことを……?」
「母の言葉が信じられませんか、リュカ?」
「い、いえ。滅相もございません」
母はこんな嘘をついたりはしないだろう。
……自分と違って。
「ブリュエットがそう言うのであれば、私も彼女の言葉を信じてみようと思います。何か、考えがあるのでしょうから」
「随分とブリュエットを高く買っているのですね……」
自らの考えではなく、あんな底意地の悪い女の意見を優先するとは。
驚き半分妬み半分でぽつりと零せば、王妃は扇で口元を隠しながら、
「リュカ」
「はい」
「あなた、誰のおかげで王太子になれたと思っているのかしら」
頭に血が上るのが分かった。
まるでお前はブリュエットがいたからこそ、王位継承権を勝ち取れたのだと断言されたようなものだ。
奥歯を噛み締め、握り拳を作り、母親に抗議する。
「俺は俺の実力でここまでのし上がったのです。それにブリュエットはあなたが思うような聡明な女ではありません。エーヴを正妃にと提言したのも、どうせ妃教育から逃げ出したくて言っただけに違いない」
「妃教育? そんなもの、彼女は一年も前に終了させていますよ」
「なっ!?」
「そうでなければ、学園で講師など務められるはずがないでしょう?」
「で、ですが、ブリュエットは授業が終わるといつもすぐに王宮に戻って……」
「それは彼女の叔父である大臣の仕事を手伝っていたからに他なりません。あなたはそれすらも聞かされていなかったのね。いえ聞かされていたけれど、忘れてしまったのかしら」
もしかしたら、そうかもしれない。
以前勉強時間を始める前に、ブリュエットが妃教育がどうたらと言い出した時があったが、リュカは軽く聞き流していた。
その時は、早く勉強を終わらせることしか考えていなかったのである。
リュカとブリュエットの関係が修復しないまま、本当にエーヴへの妃教育は始まってしまった。
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リュカはそう確信していた。
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