私はあなたの正妻にはなりません。どうぞ愛する人とお幸せに。

火野村志紀

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「私は殿下にお会いしてきますので、あなた方はこちらでお待ちください。後ほど、お話の続きをいたしましょう」

 アリシアがにこりと笑って広間から出て行く。「ここで大人しくしていろ」ということだろう。
 しかし素直に従う道理などない。廊下からアリシアの足音が聞こえなくなったのを見計らい、退室しようとする。

「お待ちください、ダミアン様。どちらに行かれるのですか?」

 剣呑な目付きをした執事がダミアンを呼び止めた。

「この僕に指図するな! 僕が殿下に気に入られたら、お前などこの屋敷から追い出してやる。いや、お前だけじゃない。他の使用人や母上もだ!」

 ダミアンはそう吐き捨てて、部屋を飛び出した。
 どんな時も我が子の味方をして、生意気な嫁を厳しくたしなめる。
 それが母親の存在意義だ。息子を守ろうとしない母など必要ないだろう。

 自分とアリシアだけがいれば、それでいい。
 使用人たちも総入れ替えで、ダミアンが選んだ者を揃えるつもりだ。
 子供は三人ほど欲しい。男児が二人、女児が一人。嫡男には家督を継がせ、娘は王家に嫁がせる。残りの一人も文官に就かせたいところだ。
 ダミアン自身も、初の女公爵として苦労の多い妻を支える良き夫として、名声を得る。
 理想の未来を掴み取る最後のチャンスだ。
 必ず成功させてみせると鼻息を荒くさせる。

「そこをどきなさいよ、このクソ男!」

 背後から聞こえてくる声に振り向いて、ダミアンは顔を歪めた。ポーラが鬼気迫る表情で、こちらへ駆け寄ってくるではないか。

「お、お前……っ!」
「王太子殿下にお願いするの! 私を愛妾にしてくださいって!」
「んな……バカなことを言うな! 男に抱かれすぎて、頭でもイカれたのか!?」
「私の美しさや身体の良さ・・・・・はあんたもよく分かってるでしょ!? 殿下にまだ婚約者がいないのは、好みの相手が見付からないからよ! きっと私を見初めてくださるはずだわ!」
「…………」

 大した自信だとダミアンは呆気に取られる。
 妃ではなく愛妾と言っているところを見るに、一応自分の立場は理解しているようだ。
 その上で自分が王太子に選ばれると信じて疑わずにいる。

「だから、あんたがいると邪魔なのよ! 部屋に戻ってなさいよ、ゴミクズ!」
「それは僕の台詞だ! それにお前なんて見た目だけの女じゃないか! 殿下がお前をお選びになるわけないだろ!」
「あんただって、公爵家から廃嫡されたら何も残らないじゃない!」
「そ……そうはならないさ! 殿下に助けていただくからな!」
「漢のくせに王家を頼ろうとしてんの!? だっさいわね!」
「黙れ黙れ黙れ!!」

 こんな痴女を相手にしている暇はない。ダミアンはポーラを勢いよく突き飛ばし、レナルドとアリシアがいるであろう応接室へと駆け込んだ。

「レナルド殿下! どうか、私をお救いくださ──」

 ダミアンの懇願は最後まで続かない。
 その視線の先には、恭しく両手を取り合う二人の姿があった。

 

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