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41.守る

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「な、何だ。報告書には書いていなかったが、小娘はこの国では高い身分なのか?」

 ヴィクターから放たれるひりつくような空気を感じたのか、エルネストは雰囲気を変えようとわざとらしく明るい笑みを見せる。

「いや貴族だが、公爵クラスではなかった」
「だったら小娘がどうなろうが、大きな問題ではないだろう。いくら闇魔法の使用者が珍しいと言っても、お前ほどの価値はないのだ。命令で娶っただけの女に情を向けていないで、自分が助かることだけを考えて──」

 その言葉は最後まで続かず、エルネストは手にしていたティーカップの異変に気づいて息を詰まらせた。
 ほんのり湯気が立っていた紅茶が凍りついていたのだ。

「……彼女は闇魔法の使い手だが、それ以前に俺の妻だ」

 ヴィクターの声音は相変わらず淡々としており、表情にも変化はない。ただ海色の眼はエルネストに鋭い殺気を突きつけていた。室内全体を包み込むような凍えるほどの冷気は、彼の静かなる怒りそのもの。
 王子に危険であると判断したのか、ヴィクターの背後に回り込んだ近衛兵の一人が剣を抜こうとしたが、

「動くな」

 ヴィクターの一言で動きを止める。
 いや、動きたくても動けないのだ。床から突き出した金属の刺が、近衛兵の喉元に突きつけられている。

(殺されずに済んでよかったですねぇ?)

 怯えた顔で硬直する哀れな兵士を見て、アグリッパは思わず失笑してしまった。
 レイティスが誇る魔法騎士団。魔法に特に優れたエルフのみが所属する組織だが、その中で最強最悪・・と謳われた騎士団長がヴィクターだ。
 たかだか近衛兵如きが敵うはずがない。
 その気になれば、この部屋にいる全員を瞬時に皆殺しにできるであろう男は、何事もなかったように話を再開させた。

「俺も彼女も互いの事情は深く知らない。それでも、俺には彼女を守る義務がある」
「わ、分かった。分かったから落ち着け。私はお前のためを思って……」
「自らの命を永らえようと、他の命を貪る真似をしたいとは思わんな」
「っ、意固地になるな。よいか、ヴィクター! お前の存在はあまりに大きすぎるのだ。お前が生きて再び王宮に戻れば、レイティスには平和な世が続く。それをお前のつまらん意地のせいで失おうとしていると何故分からない……!?」

 霜で覆われたテーブルを拳で叩き、エルネストが抗議する。
 そこで初めてヴィクターの表情に変化があった。彼らしくもなく、挑発するように唇で弧を描く。

「俺がいなくともエルフの国は安泰だ。むしろ俺は戻るべきではない」
「何を言うのだ。お前がいなくては……」
「エルネスト、お前の魂胆は分かっている。帰れ」
「……そうだな、本日は引き返すとしよう」

 エルネストは平静を取り戻すと、立ち上がった。ヴィクターも瞼を閉じると、背後にいた近衛兵の動きを封じていた刺が消失する。

「私は諦めんぞ、ヴィクター。我が友を救うためならばどんな手も使ってみせる」
「そうか」
「それに闇魔法の小娘そのものにも興味がある。──お前が使わないのなら、私が使うとしよう」

 そう言い残し、近衛兵たちを率いて応接間を後にする。
 その直後から室温も徐々に温かさを取り戻していき、液体に戻った紅茶からも白い湯気が立ち上る。

「急に部屋を寒くしないでくださいよ~。私、動きが鈍くなるんですから」
「すまない」

 アグリッパの文句に短く返すヴィクターは、いつもの無表情に戻っていた。
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