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42.安らぎ

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「ねえねえ、私その実もいただきたいです」
「それはいいが……食べかす散らかすんじゃないぞ」
「そのようなはしたない真似はいたしません」

 銀色のネズミは結局、ハイドラの屋敷で一晩過ごすことになった。
 そして彼女が一時の巣に選んだのは、サリサが被っていた帽子である。引っくり返して、その中に入り込んでしまったのだ。

 ハイドラから受け取ったナッツをお行儀よく食べる姿を、サリサは自分の食事も忘れてじっと観察していた。
 正体がエルフだと分かっていても、本人の申告通りナッツの欠片を一粒も零さず、丁寧に食べる姿はとても可愛い。ふわふわの体を撫でてみたいと思うけれど、それは我慢だ。

「あら、お嬢さん。あなたもお食事をなさってください。この国の料理はどれも美味ですよ」
「さっきから木の実ばかり食っているネズミが言っても、説得力がないな……」
「元の姿になると味覚や嗜好しこうも変化するのです! あなただって小鳥になったら穀物や……いえお嬢さんがいるので、これ以上はやめましょう」

 もしかして虫を食べるのかな? とサリサは想像しながら、魚のステーキを食べた。弾力のある身は淡白な味わいで、酸味とコクのあるソースがよく合う。
 昔親鳥に育児放棄された雛の世話をしたことがあるので、こういった話を聞くのに抵抗はない。骨付き肉に齧りついているハイドラが嫌がるかもしれないし、口には出さないでおくが。

「でも、この中はとても快適ですね。普段使っているベッドより心地がいいわ」

 ナッツを綺麗に食べ終えたネズミは、リラックスした顔で帽子の内側に頬擦りをした。
 このネズミはハイドラの友人らしく、しかもどこか高貴な雰囲気を纏っているので、貴族のご令嬢だとサリサは予想していた。そんな彼女が自宅のベッドより、こんな小さな帽子が心地よいとは。

「お嬢さんの魔力の残り香のせいかもしれませんね」
「魔力の残り香……?」
「ええ。あなたたちの国では闇魔法は危ないものと認識されているようですね。けれどエルフにとっては神聖なものであると同時に、安らぎを与えてくれる大切な魔法でもあるの」
「あ……でも何か分かります。私、一日の中で夜が一番好きなんです。子供の頃は親に隠れて、夜空をずっと眺めていました」
「夜は闇の魔力が最も強くなる時間帯、闇妖精たちの活動領域ですものね。無意識に惹かれていたのでしょう」

 ネズミはそう言うと、瞼を閉じた。

「エルフでも闇魔法が使える者は極めて稀なのです。私の知る限り、今の時代ではお母様だけね。あのヴィクターですら闇魔法だけは会得できなかった。お気をつけてくださいね。たとえばうちの愚弟のように、あなたを利用しようとする者は少なからずいるはずです」
「利用って……ですけれど、私何もできません。魔法だって全然使いこなせていませんし」
「だからこそです。……あなたがヴィクターと出会ったのは、闇妖精からの贈り物かもしれませんね。彼だけでなく、アグリッパもハイドラもいる。魔法の強要をしたことがないでしょう?」
「…………」

 サリサはゆっくりと頷いた。
 その直後、ハイドラに「野菜も摂れ」と野菜のマリネを口に押し込まれた。酸味があって美味しい。
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