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第四部
11章 後悔
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俺が野菜を味わっていると、セラが突然、やる気に満ちた様子で叫びだした。
「ど、どうしたんだ突然」
「この農場があれば、街の人たちを癒やせるわ!!」
なるほど確かに。
ここで採れた野菜の効果は、今俺が実感したとおりだ。
兵達は魔獣の襲撃に傷付いている。住人達は終わらない侵略に心が疲弊している。
だが、この作物があれば、彼らを元気づけることが出来るはずだ。
「ねえ、ここ、私に任せてくれないかしら? この不思議な農場を研究し尽くして、みんなを元気づけてみせるわ」
さっきまでの気まずさが鳴りを潜めて、セラは随分と張り切っている。
そう言えば、前もこんなことがあった。まだ、俺とセラが付き合っていた頃の話だ。
あの頃は、ライトとのわだかまりもなく、みんな駆け出しの冒険者で、毎日ああだこうだ議論したり訓練したりしながら、上級冒険者を目指していた。
そんなある日の朝のことだ。
「セラ、随分と眠そうじゃないか。ちゃんと寝てるのか?」
ギルドの端のテーブル、そこが俺たちの定位置だ。
俺は淹れ立てのココアをセラに差し入れる。
「ありがとう。ちょうど温かいものが欲しかったの」
まだ冬の冷える頃だ。
セラはマグカップを大事そうに両手で持ち、その温かさを噛みしめる。
「それで、昨日はちゃんと寝れたのか?」
「も、もちろん」
「どれくらい?」
「さ、三時間ぐらい……」
伏し目がちにセラが言う。
そんなことだろうと思った。
「全然じゃないか。ここ最近、ずっとそうで、心配だよ」
「心配してくれるの?」
「そりゃそうだろ。その、今は恋人なんだし……」
なんだか、自分でそう言うのが照れくさくて、俺は目を逸らしてしまう。
まだ、付き合い立てで、どうにも慣れない。
「あ、ありがと……でも、私ヒーラーだから。回復魔法の練習はしっかりしないと」
冒険者にとってもっとも大事なのは死なないことだ。
身体が資本だし、危険と隣り合わせな職業だから、どんな依頼を受けても臆病すぎるほどに慎重でなくてはならない。
そして、そんな冒険者のパーティを支える一番の職がヒーラーだ。
戦局を見極め、己の魔力を適切に分配して、味方の回復を行う。とても難しい職だ。
セラは、パーティーを支える柱として、日々回復魔法の鍛錬を続けていた。
「ブライもライトもガルシアも、みんなすぐ無茶するから、私がみんなの健康を守らないと」
そう言ってセラは両手を強く握り込む。
優しくて芯が強くて努力家、それがセラのいいところだ。
だから俺も彼女と付き合うことにした。
しかし、そんな日々はあっさりと終わりを迎えてしまった。
セラは心変わりし、いつしか俺を見下し、軽蔑するようになっていた。
無論、それは彼女の本心ではなかったが、それを切っ掛けに俺たちを取り巻く環境はがらりと変わってしまった。
だけど、このダンジョンの農場を見付けたことで、俺はかつてのセラとの日々を思い出すのであった。
「えっと、ブライ、ダメかしら……? 私、変なこと言っちゃったかしら? だとしたら、ごめんなさい……」
セラが頭を下げる。
これまでのことを引け目を感じてか、セラはどうにも遠慮がちというか、卑屈になっていた。
「謝る必要なんてないよ。ただ、昔のセラもパーティのために一生懸命だったから。変わらないなと思って」
「ううん。そんなこと言ってもらう資格なんて無い。私はあなたに……」
「でも、それは……」
「違うの。そんな簡単な話じゃなくて……私は自分が許せないの。私がもっとしっかりしてれば、あんな男の思い通りにはならなかったかもしれないし。あなたを陥れることだって……」
心から後悔したように表情を曇らせる。
だけど、いつまでもこのままというのは居心地が悪い。
「セラ、確かにあれから色々あって、俺たちの環境もすっかり変わった。だけど、今の状況は悪いものじゃないと思うんだ。少なくとも俺にとっては」
「そうね。あなたは、ギルドを抜けても、楽しそうにやってて、いつの間にかあの村をとんでもなく発展させて、テーマパークなんてものまで……」
「そうだな。最近は客足が遠のいてるが、一時期は人が押し寄せて大変だった。セラとライトが手伝ってくれて助かったよ」
セラはテーマパークの案内を、ライトは敵役の着ぐるみの中に入って、子ども達に蹴られる日々を送っていた。
「大変な仕事だと思うけど、どうだ? 辛かったりはしないか?」
「そんなことないわ。ここにはあの子達もいるし、冒険者をやっているときよりも充実してるから」
「そっか。それなら俺も安心したよ」
「でも、私がそんな風に感じる資格なんて……」
「もう、それやめないか? 経緯はどうあれ、俺たちの今は充実してるんだ。あんな訳の分からない男に振り回されたのは事実だけど、これ以上セラたちが気負う必要なんてどこにも無いんだ」
「ブライ……」
ペレアスのせいで狂った俺たちの人生だが、あんなやつのせいで俺たちがいちいち、気まずく思うなんて馬鹿げてる。
「俺は、正直嬉しかったんだ。みんなと仲違いしてパーティを追われたこと、本当はずっと気にしてた。だけど、それがあの男のせいだって分かって、全部がみんなのせいじゃないんだって分かって、もう過去のことを気に病む必要なんて無いんだって。だけど、お前達がそんな風だと、俺も悲しい。いきなり、元通りにはってのは無理だろうけど、いつまでも引き摺らなくていいんだ」
「ブライ……」
「それよりも一つ、提案があるんだ」
「提案……? ああ。折角、こんなすごい農場を見付けたんだから、セラの特技を活かせないかなと思って」
俺はセラにある提案を話す。
俺が野菜を味わっていると、セラが突然、やる気に満ちた様子で叫びだした。
「ど、どうしたんだ突然」
「この農場があれば、街の人たちを癒やせるわ!!」
なるほど確かに。
ここで採れた野菜の効果は、今俺が実感したとおりだ。
兵達は魔獣の襲撃に傷付いている。住人達は終わらない侵略に心が疲弊している。
だが、この作物があれば、彼らを元気づけることが出来るはずだ。
「ねえ、ここ、私に任せてくれないかしら? この不思議な農場を研究し尽くして、みんなを元気づけてみせるわ」
さっきまでの気まずさが鳴りを潜めて、セラは随分と張り切っている。
そう言えば、前もこんなことがあった。まだ、俺とセラが付き合っていた頃の話だ。
あの頃は、ライトとのわだかまりもなく、みんな駆け出しの冒険者で、毎日ああだこうだ議論したり訓練したりしながら、上級冒険者を目指していた。
そんなある日の朝のことだ。
「セラ、随分と眠そうじゃないか。ちゃんと寝てるのか?」
ギルドの端のテーブル、そこが俺たちの定位置だ。
俺は淹れ立てのココアをセラに差し入れる。
「ありがとう。ちょうど温かいものが欲しかったの」
まだ冬の冷える頃だ。
セラはマグカップを大事そうに両手で持ち、その温かさを噛みしめる。
「それで、昨日はちゃんと寝れたのか?」
「も、もちろん」
「どれくらい?」
「さ、三時間ぐらい……」
伏し目がちにセラが言う。
そんなことだろうと思った。
「全然じゃないか。ここ最近、ずっとそうで、心配だよ」
「心配してくれるの?」
「そりゃそうだろ。その、今は恋人なんだし……」
なんだか、自分でそう言うのが照れくさくて、俺は目を逸らしてしまう。
まだ、付き合い立てで、どうにも慣れない。
「あ、ありがと……でも、私ヒーラーだから。回復魔法の練習はしっかりしないと」
冒険者にとってもっとも大事なのは死なないことだ。
身体が資本だし、危険と隣り合わせな職業だから、どんな依頼を受けても臆病すぎるほどに慎重でなくてはならない。
そして、そんな冒険者のパーティを支える一番の職がヒーラーだ。
戦局を見極め、己の魔力を適切に分配して、味方の回復を行う。とても難しい職だ。
セラは、パーティーを支える柱として、日々回復魔法の鍛錬を続けていた。
「ブライもライトもガルシアも、みんなすぐ無茶するから、私がみんなの健康を守らないと」
そう言ってセラは両手を強く握り込む。
優しくて芯が強くて努力家、それがセラのいいところだ。
だから俺も彼女と付き合うことにした。
しかし、そんな日々はあっさりと終わりを迎えてしまった。
セラは心変わりし、いつしか俺を見下し、軽蔑するようになっていた。
無論、それは彼女の本心ではなかったが、それを切っ掛けに俺たちを取り巻く環境はがらりと変わってしまった。
だけど、このダンジョンの農場を見付けたことで、俺はかつてのセラとの日々を思い出すのであった。
「えっと、ブライ、ダメかしら……? 私、変なこと言っちゃったかしら? だとしたら、ごめんなさい……」
セラが頭を下げる。
これまでのことを引け目を感じてか、セラはどうにも遠慮がちというか、卑屈になっていた。
「謝る必要なんてないよ。ただ、昔のセラもパーティのために一生懸命だったから。変わらないなと思って」
「ううん。そんなこと言ってもらう資格なんて無い。私はあなたに……」
「でも、それは……」
「違うの。そんな簡単な話じゃなくて……私は自分が許せないの。私がもっとしっかりしてれば、あんな男の思い通りにはならなかったかもしれないし。あなたを陥れることだって……」
心から後悔したように表情を曇らせる。
だけど、いつまでもこのままというのは居心地が悪い。
「セラ、確かにあれから色々あって、俺たちの環境もすっかり変わった。だけど、今の状況は悪いものじゃないと思うんだ。少なくとも俺にとっては」
「そうね。あなたは、ギルドを抜けても、楽しそうにやってて、いつの間にかあの村をとんでもなく発展させて、テーマパークなんてものまで……」
「そうだな。最近は客足が遠のいてるが、一時期は人が押し寄せて大変だった。セラとライトが手伝ってくれて助かったよ」
セラはテーマパークの案内を、ライトは敵役の着ぐるみの中に入って、子ども達に蹴られる日々を送っていた。
「大変な仕事だと思うけど、どうだ? 辛かったりはしないか?」
「そんなことないわ。ここにはあの子達もいるし、冒険者をやっているときよりも充実してるから」
「そっか。それなら俺も安心したよ」
「でも、私がそんな風に感じる資格なんて……」
「もう、それやめないか? 経緯はどうあれ、俺たちの今は充実してるんだ。あんな訳の分からない男に振り回されたのは事実だけど、これ以上セラたちが気負う必要なんてどこにも無いんだ」
「ブライ……」
ペレアスのせいで狂った俺たちの人生だが、あんなやつのせいで俺たちがいちいち、気まずく思うなんて馬鹿げてる。
「俺は、正直嬉しかったんだ。みんなと仲違いしてパーティを追われたこと、本当はずっと気にしてた。だけど、それがあの男のせいだって分かって、全部がみんなのせいじゃないんだって分かって、もう過去のことを気に病む必要なんて無いんだって。だけど、お前達がそんな風だと、俺も悲しい。いきなり、元通りにはってのは無理だろうけど、いつまでも引き摺らなくていいんだ」
「ブライ……」
「それよりも一つ、提案があるんだ」
「提案……? ああ。折角、こんなすごい農場を見付けたんだから、セラの特技を活かせないかなと思って」
俺はセラにある提案を話す。
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