アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

文字の大きさ
58 / 396
第二章 誠忠のホムンクルス

第58話 アルフェの瞳に映るもの

しおりを挟む
 夕方の橙色の光に包まれた街のあちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。

「……安心したら、なんだかお腹が空いてきたわね」

 黒竜灯火診療院からの帰り道、なにかと気を遣って話しかけてくれていた母の話題も今日の夕食へと移りつつあった。

「そうですね。ついでに港の食堂に寄るべきでした」

 母に合わせて相槌を打つ。港の食堂では、アルフェの母親――ジュディさんの料理が大人気で、最近はお惣菜の詰め合わせなども置くようになったらしい。

「クリフォートさんのお料理は、格別だもの。アルフェちゃんが羨ましいわ」

 手間をかけさせまいとして気遣ったつもりが、余計なことを言ってしまっただろうか。

「……僕には、母上の手料理が何よりのご馳走です」

 これはこれで、あからさまにフォローしたようでマズかったかな……。

「リーフ……」

 母はそう僕の名を呟いたきり、押し黙ってしまった。

「…………」

 沈黙の間に各家々から楽しげな団欒の声が聞こえてくる。

 ――どうしてもっと上手く立ち回れないんだ……。

 記憶を保持して二回目の人生を歩んでいるというのに、グラスの頃の経験は対人関係においては全く役に立たないのが、歯痒い。そうするしかなかった人生というものが、いかに『不幸』であったのかを今更また突きつけられたような気がした。

「……ありがとう、リーフ」

 だが、僕の心配とは裏腹に、母はその温かな手で僕の手を取り、優しく握ってくれた。

「母上……」
「ママもね、どんなご馳走よりも、お母さんが作ってくれたお料理がご馳走だった……。それを思い出したら嬉しくなっちゃって――」

 そこまで言って、母が声を詰まらせる。今にも泣き出しそうな母の笑顔は、先ほどまでとは違い、幸せそうに見えた。

「きっと、みんなそうなのでしょうね。父上も……」
「ルドラには、私のお料理が一番だって言って欲しい気がするわ」

 感慨深く呟く僕に、母が軽口を交えて返す。母の笑顔に僕もつられて笑った。頬が熱くなった気がするけれど、きっと夕陽のせいだろう。

「今夜はなにが食べたい? ママ、腕によりをかけて作るわ」
「ありがとうございます。母上の料理でしたらなんでも――」
「リーフ!!」

 母との会話は、突如響いたアルフェの声によって中断された。

「アルフェ、どうしたの?」

 アルフェが今にも泣き出しそうな顔で、僕に向かって走ってくる。不安のせいか真っ青な顔をしたアルフェは、目にいっぱいの涙を溜めながら問いかけた。

「……リーフが病院に行ったって……。大丈夫? 寝ていなくて平気?」
「うん。別に痛いとかそういうのはないから、問題ないよ。アルフェにも心配かけたね」

 恐らく、病院と食堂が近いので、どこかでクリフォートさんが僕を見つけたのだろう。

「……どこも悪くなかった?」

 いいか悪いかで判断するのは難しいが、異常があるというのは確かだ。下手に秘密にしてアルフェの感情を乱すよりは、素直に打ち明けた方がいいだろう。

「……そう言われると難しいところだね。だけど、命にかかわるようなものじゃない。そこは安心していいよ、アルフェ」

 ここまで話した以上は、全てを伝えておくべきだろう。同意を求めようと見上げた僕に、母は静かに頷き返してくれた。

「……先に帰っているわね」
「ありがとうございます、母上」

 母の背が遠くなるのを見届けた僕は、アルフェが少し落ち着くのを待って切り出した。

「……実は、エーテル過剰生成症候群という診断だった」
「エーテル過剰生成……症候群……?」

 初めて聞く診断名を、アルフェが目許を擦りながら繰り返す。

「そう。今の僕の身体は、魔力測定器で測れないほどのエーテルを生成しているみたいだ」
「……っ!」

 掻い摘まんで説明すると、アルフェの目が大きく見開かれた。

「ごめんなさい、リーフ……ごめんなさい……」

 震える声で呟いたアルフェが僕にすがりついてくる。

「アルフェ? どうして謝るの? なんで泣いて――」

 問いかけながら、僕はアルフェの手が震えていることに気づいた。

「アルフェ……」

 服を握りしめる手が、白くなるほど強く握られている。抱き締め返すと、アルフェの身体も小刻みに震えていることがわかった。

「ごめんなさい、リーフ。ワタシ、見えてたのに……、気づいてあげられなかった」
「見えて――?」

 言いかけたところで、アルフェが言わんとしていることに気づく。

「……ああ、浄眼で見えていたんだね、アルフェには」
「……うん……」

 僕の問いかけに、アルフェは泣きじゃくりながら頷いた。魔力測定器で測れないほどのエーテル量にアルフェが気がついていない訳がないのだ。けれど、今までそれを指摘されなかったのは、何故なのだろうか。

「……アルフェには、僕のエーテルがどんなふうに見えているんだい?」

 背中に回した手を伸ばし、アルフェの後ろ髪を撫でながら訊ねる。アルフェは嗚咽を漏らして泣きじゃくりながら、たどたどしく答え始めた。

「……あのね……、キラキラした……金色の、エーテルなの……。……大きく膨らんだり小さくなったり、……まるで生き物みたいにゆらゆら動いていて、すごく綺麗で……」

 ああ、やっぱり女神アウロー・ラビットのエーテルの影響で間違いないな。女神のエーテルと同じ色なのだから。

「それって、昔から?」
「……ううん」

 アルフェは僕の頬に濡れた頬を押し当てながら、首を横に振った。

「……リーフが大きな兎さんに襲われて入院したこと、あったでしょ?」
「うん。覚えているよ」

 アルフェの証言が僕を核心に連れて行く。

「退院した後から、キラキラがどんどん増えていったの。まぶしくて、本当に綺麗だったけど、リーフにはエーテルが見えないし確かめようがないから、ワタシにだけ見えているリーフの綺麗なところだと思って黙って……」

 ああ、アルフェはまだそんな風に浄眼のことを気にしていたんだな。

「だから、ワタシがちょっとでもリーフに話していたら、こんなことに――」
「違うよ、アルフェ」

 罪悪感で震えながら打ち明けるアルフェの背を宥めるように撫で、僕は極力優しい声音でその考えを否定した。

「そもそも、エーテル過剰生成症候群の症例は少ないんだ。子供のアルフェにそれが異常だなんてわかるはずがないよ。まして、僕がこんなに元気なんだから」
「リーフ、でも……ワタシ……」

 アルフェはまだ納得していない。きっと僕が思っている何倍も自分のことを責めているのだろう。それは今すぐ止めてもらわなければ。

「アルフェ、顔を上げて。僕をちゃんと見て」
「…………っ」

 僕が促すと、アルフェは泣き腫らした目を擦りながらのろのろと顔を上げた。

「リーフぅ……」

 泣きじゃくるアルフェに微笑みかけながら、僕はそっと手を広げて半歩後ろに下がった。アルフェに僕が良く見えるように。

「……ほら、なんともないよね? 僕は元気だよ。ただ、人よりちょっとエーテルの生成が多いだけで、そのせいで成長しないらしい……ってことぐらいで」

 正直、僕はこの状態を悲観していない。だからアルフェにもそうであってほしい。どうすればそれが伝わるかわからなかったが、笑顔を保ち続けた。

「……全然ちょっとじゃないよ、リーフ」
「そんなに?」
「うん。……だって、普通の人はお腹の周りにぼんやり見える程度で集中しないとちゃんと見えないくらいなのに、リーフのエーテルは身体の中に太陽があるみたいなんだもん」

 アルフェらしい詩的な表現だと素直に思った。その例えで言うならば、透視撮影魔導器レントゲンに魔力臓器が写らないという結果にも納得ができる。

「なるほどね。でも、太陽はちょっと大袈裟じゃないかな?」
「ううん。壁の向こうにいても、浄眼で見ればリーフがいるのが分かるくらい。今だって、リーフのエーテルを辿って外に出て来たんだよ」

 アルフェの証言には説得力があった。やっぱり浄眼でエーテルが見えるのは便利でいいな。兎に角、医師が推測したとおり、常人の数十倍近い量のエーテルを生成しているという結論で間違いないことがこれでわかった。

「……リーフは、これからどうなるの?」
「特に変わらないよ。成長しないんだから、このままってことになるかな。でも、それも悪くない」

 心配そうなアルフェに肩をすくめて答える。今の僕の本心を包み隠さず伝えたつもりだったが、アルフェは納得いかないという表情をして目を瞬いた。

「どうして?」
「アルフェはハーフエルフだから、もう少ししたら成長がゆっくりになるだろう? 僕はそれよりも早く成長が止まっただけ。……つまりアルフェとおんなじなんだよ」
「おんなじ……」

 我ながら良い例えを思いついたと思う。心配で真っ青な顔をしていたアルフェの顔に、赤みが差した。

「……そっか……。おんなじかぁ……」

 僕の言葉に疑問符も否定の言葉も返さず、アルフェが何度も頷く。そうして自分を納得させているかのようなアルフェの仕草に合わせて、僕も頷いた。

「ありがとう、リーフ。だいすき」

 アルフェが僕の背に手を回し、そっと抱き締めてくる。額に触れた頬の感触から、アルフェの安堵が伝わってきた。

しおりを挟む
感想 167

あなたにおすすめの小説

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

処理中です...