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第二章 誠忠のホムンクルス
第74話 新しい年を迎えて
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新年を迎えたばかりの竜堂に、目にも鮮やかな模様や色の包み紙を施された菓子が所狭しと備えられている。初詣の参拝に向かった僕は、熱心に祈りを捧げる傍らのアルフェを横目に、もう一度目を閉じて家族の息災を願った。
「……リーフ」
人々のざわめきの中でも、アルフェの声はよくとおる。呼びかけられて目を開けると、すぐ傍にアルフェの笑顔があった。
「なにをお願いしてたの?」
「慣例に従い、家族の息災を。アルフェは?」
「ワタシもリーフと同じ。……それとね、リーフとずっと一緒にいられますようにって」
アルフェが屈託のない笑みを向けながら僕の手を握る。夜気に冷えた手をいつものように握り返しながら、僕は竜堂の本堂に一礼して背を向け、石段を下り始めた。
竜堂前の広場には、初詣の参拝客向けの屋台が所狭しと並んでいる。深夜ともあって子供の数はあまり多くなく、参拝に訪れた大人たちが醴酒と呼ばれる米と麹、酒を合わせて一夜で醸造した甘い酒に列を成しているのが見えた。
「あっ、あれ」
きょろきょろと首を動かしていたアルフェが、お目当ての屋台を見つけて指差す。橙色の布で出来た簡易屋根の下に灯る魔石灯には、雲のようなふわふわとした絵が添えられており、遠くからでもよく目立った。
「一緒に食べたいな」
「そうだね。僕には甘すぎるから少しでいいけど」
アルフェの希望に添い、昨年は食べられなかった雲のような見た目の菓子を売る屋台へと向かう。アルフェが好きそうなので、後学のために名称と作り方をしっかり見ておくことにした。
綿飴と呼ばれるその菓子は、少量の砂糖を専用の魔導器で融解させ、糸のように吐き出されたものを木の棒に絡めて成形するらしい。よくよく観察していると、周囲に砂糖の糸が散っていくのが見え、魔導器本体も焦げた砂糖がこびりついて香ばしい匂いを立てている。
屋台でやるのは構わないけれど、自宅でやるとあちこち砂糖の糸でべたつきそうだな。やっぱり止めておこう……。ああ、でも、砂糖にあらかじめ味や色をつけておいたら、黒竜神が喜びそうな色鮮やかな菓子になりそうだな。
「……やっぱりリーフも、一個全部食べたかった?」
考えごとをしながら熱心に製造の様子を見ていたせいか、アルフェに勘ぐられてしまった。
「あ、いや、そうじゃなくて。砂糖にあらかじめ味や色をつけておいたら、種類も増えて面白そうだなって思ってただけだよ」
「……嬢ちゃん、今なんて言った!?」
アルフェに答えたつもりが、店主が大声で身を乗り出して反応した。なにかまずいことでも言っただろうか。
「味や色をつけた砂糖を使ったら、種類が増えて面白そうだなと……。素人考えですけど――」
「最高のアイディアだぜ! それ、オレがもらってもいいか!? もちろんタダとは言わねぇよ!」
言い終わらないうちに少年のように目を輝かせた壮年の店主が、大声でまくしたてる。どうやら僕がふと思いついたことをいたく気に入ったらしい。
「それって、おじさんがリーフのアイディアの綿飴を作ってくれるってこと!?」
僕が答えるよりも早く、アルフェが嬉しそうに身体を揺らしながら問い返す。
「当ったり前だろ! そんな凄いアイディア、使わねぇ手はねぇよ! あと、おじさんじゃなくてお兄さんな!」
軽口を交えながら明るく応じた店主が、改めて僕に視線を戻す。
「それで、どうなんだ、嬢ちゃん!?」
「アルフェが喜んでくれそうですし、どうぞご自由に使ってください。これからの季節なら、苺を凍らせた後に急速に乾燥させて、その粉末を使えば色も味も香りもつくような気がします」
「お、おい、おい、待て待て! オレの頭が追いつかねぇよ。ええと、メモメモ……」
不思議なもので、ふと思いついたことが頭の中で結びついて新たな綿飴のアイディアとして浮かんでくる。店主が慌ててメモを取りはじめたところで、僕は出しっぱなしになっている砂糖の糸の存在に気がついた。
「あ、あの、それ……」
「悪ぃが手が離せねぇんだ。嬢ちゃんがやってくれ!」
メモの片手間に綿飴を巻き取る木の棒を渡される。やれやれ、なんだか妙なことになったな。
屋台の店主の好意で綿飴二つと僕のアイディアは交換された。
「んー。リーフの綿飴だぁ。……ふふっ、これを食べられたのって世界でワタシしかいないんだね」
「まあ、見た目はともかく味は同じだと思うけどね」
僕が作った不格好な綿飴を満面の笑みで頬張っているアルフェを見上げながら、顔の大きさほどの綿飴を苦心して食べ進める。
「来年は、苺の綿飴が食べられるといいね」
「あの調子なら、他の果物の味も作っていると思うよ」
店主はその後、屋台を一時的に閉めてまで僕の話を聞いていたぐらいだ。かなり本気だろう。来年といわず、なにかの催しに合わせて完成させてくるかもしれない。何度も礼を言われたが、僕だってかなりの恩恵を受けた。アルフェの楽しみに貢献できたと思うと、僕も嬉しい。
「……楽しみだね。あ、そういえば、リーフが嫌じゃなかったらホムンクルスを見に行きたいんだけど、いい?」
「もちろん」
三日目の今は、人間で言うと三歳児ほどの大きさになっているはずだ。そのぐらいなら、アルフェに見せてもショックは受けないだろう。胎児の姿はあまり人間っぽさもないし、さすがに刺激が強過ぎただろうから。
ただ、『生まれた』という感覚を知りたいとアルフェが思っているのなら、昨日の夕方ぐらいの赤ちゃんの姿でも良かったか……。
「……リーフ」
人々のざわめきの中でも、アルフェの声はよくとおる。呼びかけられて目を開けると、すぐ傍にアルフェの笑顔があった。
「なにをお願いしてたの?」
「慣例に従い、家族の息災を。アルフェは?」
「ワタシもリーフと同じ。……それとね、リーフとずっと一緒にいられますようにって」
アルフェが屈託のない笑みを向けながら僕の手を握る。夜気に冷えた手をいつものように握り返しながら、僕は竜堂の本堂に一礼して背を向け、石段を下り始めた。
竜堂前の広場には、初詣の参拝客向けの屋台が所狭しと並んでいる。深夜ともあって子供の数はあまり多くなく、参拝に訪れた大人たちが醴酒と呼ばれる米と麹、酒を合わせて一夜で醸造した甘い酒に列を成しているのが見えた。
「あっ、あれ」
きょろきょろと首を動かしていたアルフェが、お目当ての屋台を見つけて指差す。橙色の布で出来た簡易屋根の下に灯る魔石灯には、雲のようなふわふわとした絵が添えられており、遠くからでもよく目立った。
「一緒に食べたいな」
「そうだね。僕には甘すぎるから少しでいいけど」
アルフェの希望に添い、昨年は食べられなかった雲のような見た目の菓子を売る屋台へと向かう。アルフェが好きそうなので、後学のために名称と作り方をしっかり見ておくことにした。
綿飴と呼ばれるその菓子は、少量の砂糖を専用の魔導器で融解させ、糸のように吐き出されたものを木の棒に絡めて成形するらしい。よくよく観察していると、周囲に砂糖の糸が散っていくのが見え、魔導器本体も焦げた砂糖がこびりついて香ばしい匂いを立てている。
屋台でやるのは構わないけれど、自宅でやるとあちこち砂糖の糸でべたつきそうだな。やっぱり止めておこう……。ああ、でも、砂糖にあらかじめ味や色をつけておいたら、黒竜神が喜びそうな色鮮やかな菓子になりそうだな。
「……やっぱりリーフも、一個全部食べたかった?」
考えごとをしながら熱心に製造の様子を見ていたせいか、アルフェに勘ぐられてしまった。
「あ、いや、そうじゃなくて。砂糖にあらかじめ味や色をつけておいたら、種類も増えて面白そうだなって思ってただけだよ」
「……嬢ちゃん、今なんて言った!?」
アルフェに答えたつもりが、店主が大声で身を乗り出して反応した。なにかまずいことでも言っただろうか。
「味や色をつけた砂糖を使ったら、種類が増えて面白そうだなと……。素人考えですけど――」
「最高のアイディアだぜ! それ、オレがもらってもいいか!? もちろんタダとは言わねぇよ!」
言い終わらないうちに少年のように目を輝かせた壮年の店主が、大声でまくしたてる。どうやら僕がふと思いついたことをいたく気に入ったらしい。
「それって、おじさんがリーフのアイディアの綿飴を作ってくれるってこと!?」
僕が答えるよりも早く、アルフェが嬉しそうに身体を揺らしながら問い返す。
「当ったり前だろ! そんな凄いアイディア、使わねぇ手はねぇよ! あと、おじさんじゃなくてお兄さんな!」
軽口を交えながら明るく応じた店主が、改めて僕に視線を戻す。
「それで、どうなんだ、嬢ちゃん!?」
「アルフェが喜んでくれそうですし、どうぞご自由に使ってください。これからの季節なら、苺を凍らせた後に急速に乾燥させて、その粉末を使えば色も味も香りもつくような気がします」
「お、おい、おい、待て待て! オレの頭が追いつかねぇよ。ええと、メモメモ……」
不思議なもので、ふと思いついたことが頭の中で結びついて新たな綿飴のアイディアとして浮かんでくる。店主が慌ててメモを取りはじめたところで、僕は出しっぱなしになっている砂糖の糸の存在に気がついた。
「あ、あの、それ……」
「悪ぃが手が離せねぇんだ。嬢ちゃんがやってくれ!」
メモの片手間に綿飴を巻き取る木の棒を渡される。やれやれ、なんだか妙なことになったな。
屋台の店主の好意で綿飴二つと僕のアイディアは交換された。
「んー。リーフの綿飴だぁ。……ふふっ、これを食べられたのって世界でワタシしかいないんだね」
「まあ、見た目はともかく味は同じだと思うけどね」
僕が作った不格好な綿飴を満面の笑みで頬張っているアルフェを見上げながら、顔の大きさほどの綿飴を苦心して食べ進める。
「来年は、苺の綿飴が食べられるといいね」
「あの調子なら、他の果物の味も作っていると思うよ」
店主はその後、屋台を一時的に閉めてまで僕の話を聞いていたぐらいだ。かなり本気だろう。来年といわず、なにかの催しに合わせて完成させてくるかもしれない。何度も礼を言われたが、僕だってかなりの恩恵を受けた。アルフェの楽しみに貢献できたと思うと、僕も嬉しい。
「……楽しみだね。あ、そういえば、リーフが嫌じゃなかったらホムンクルスを見に行きたいんだけど、いい?」
「もちろん」
三日目の今は、人間で言うと三歳児ほどの大きさになっているはずだ。そのぐらいなら、アルフェに見せてもショックは受けないだろう。胎児の姿はあまり人間っぽさもないし、さすがに刺激が強過ぎただろうから。
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