アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア

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第三章 暴風のコロッセオ

第127話 魔女の薬湯

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「……大丈夫ですか、マスター」
「ああ……」

 初日の授業を終えて寮に戻り、どうにか夕食を詰め込んだが気力が限界だ。
 軍事国家であり、その高等教育機関であるからには、軍事訓練を兼ねているとは事前情報で聞いてはいたが、まさかここまで本格的とはな。

 なんとかついていけるようにと思って、入学前にホムと特訓したが、付け焼き刃ではダメらしい。継続的になにかしなければならないところだが……。この筋肉の成長すら、あの女神アウローラのせいで元に戻るから意味がないな。

「……アルフェ様とファラ様がいらっしゃるようです」
「ん?」

 足音でわかるのだろう、ホムが部屋の扉の方へと歩いて行く。このまま泥のように眠っていたいところだが、アルフェに余計な心配をかけたくないし、一応起き上がっておこうか。

「リーフ、ホムちゃん」

 ノックの音とともに、アルフェが扉から顔を覗かせる。

「大浴場が開放されてるから、一緒に行かない?」
「広い風呂は気持ちいいぜ。それに今日はマチルダ先生特製の薬湯なんだ」

 魔女特製の薬湯なら、疲労回復に効果がありそうだな。僕の場合は精神的なものだから、効くかどうかはわからないが、リフレッシュには役立ちそうだ。

 とはいえ、なにかをしようという気力がどうにも弱ってしまっているな。この調子では明日からの生活が不安だし、無理にでも動いておくか。

「……リーフ?」
「ああ、ごめん。マチルダ先生の薬湯というのは、いいね」

 精神的な疲労のせいか、思考と言葉がどうにも遅れがちになってしまうな。アルフェに心配そうな視線を向けられて慌てて取りつくろうと、ファラが笑顔で付け加えた。

「気にしなくても、この時間なら、人もあまりいないからさ」

 ああ、もしかして僕の身体のことを気遣ってくれているのかな。猫人族のファラのことだから、僕をからかうヴァナベルの声が聞こえていたのかもしれない。

「ありがとう。じゃあ、仕度するから先に行っていてくれるかな」
「うん。待ってるね」

 いつもなら待つと言い出すアルフェだけれど、ファラに気を遣ったのか素直に頷く。僕とホムも着替えやタオルを用意して、地下にある大浴場へと向かった。

   * * *

 濃い湯気に包まれた大浴場に足を踏み入れると、薬草の爽やかで甘い香りが鼻孔をくすぐった。

 時間的に僕たちが最後らしく、他に生徒たちの姿は見当たらない。部屋にも備え付けの浴室があることだし、わざわざ大浴場に来る生徒も少ないのかもしれないな。

「リーフ、待ってたよ」

 浴槽の方からアルフェの声がして、湯気の向こうから姿を見せる。その手には見た目には少々毒々しい小さな石鹸があった。

「それは、どうしたんだい?」
「マチルダ先生の差し入れの石鹸だって。もうかなりちっちゃくなっちゃったけど、とっても良い匂いで洗うと気持ちいいよ」

 随分小さいと思ったが、どうやらみんなで使い回していたようだ。

「リーフ、疲れてるみたいだから洗ってあげるね」
「お背中お流しします、マスタ-」

 アルフェの発言に、ホムも続く。

「二人とも疲れているだろう。僕のことはいいよ」

 さすがに二人から洗われているのは、ここでは普通じゃなさそうだと遠慮するが、アルフェもホムも譲らない。

「このお風呂に入ったら、すっごく元気になったんだよ。だから任せて!」
「マスターのお身体を清めるのも、わたくしの役目です」

 ここで押し問答をしていても、アルフェを湯冷めさせかねないな。ホムはホムで、僕が断ると落ち込みそうだ。

「……じゃあ、頼むよ」

 二人にされるがままに身体を洗われた僕は、マチルダ先生特製の薬湯にゆったりと身体を預けた。

「……ふー、気持ちいいねぇ」

 アルフェが湯に身体を浮かせながら、気持ちよさそうに目を細めている。

「あのスパルタ授業でどうなるかと思ったけど、案外優しいんだな」

 ファラがにっと八重歯を見せて笑いながら、湯の中で楽しげに尻尾を揺らしている。見たところ、ファラもアルフェも今日一日の疲労が微塵も残っていなさそうだ。

「亜人は元々回復が早いし、アルフェはハーフエルフだろ? 薬湯の効きがいいんだろうな」

 なるほど、そういう効果があるのか。僕は肉体的には回復しているはずなのに、精神の方がどうにも追いつかないのが不甲斐ないな。だが、肉体と違って精神面での成長は元に戻る訳ではないから、なんとか補っていきたいものだ。

「……それにしても疲れた顔だよな。これでもダメなら、特製の軟膏があるから分けてやるよ」
「ありがとう、ファラ。でも、僕の身体は病気のせいで少々特殊でね――」

 アルフェのルームメイトということもあるし、ファラには早い段階で打ち明けておいた方がいいだろう。僕がエーテル過剰生成症候群の病状をごく簡単に説明すると、ファラは何やら神妙な面持ちで聞き、理解に努めてくれた。

「……なるほどなぁ。ズタボロにされてから回復魔法をかけまくられてるってイメージでいいのかわかんないけど、そりゃ疲れるよな」

 湯船の湯をもてあそびながら、ファラがしきりに頷いている。

「しっかし、初日からハードだったなぁ。軍事教練の授業ほぼ毎日あるみたいだし、これから大変そうだ」
「アルカディア帝国は軍事国家だからね。どこの高校もこんな感じだよ。高等教育機関には必ず軍事教練を入れないといけない決まりになっているんだ」

 知識では知っていたが、僕としてもこんなに厳しいとは思ってもみなかった。

「そういえば、これって有事の際にみんなを戦争で戦わせるためなのかな?」

 アルフェがふと不安げな声を上げる。

「どうだろうね」

 十中八九そうなんだろうが、実際のところ情勢は比較的安定している。少なくとも僕がグラスだった頃よりも、ずっと平和だ。

「国家総動員規模の戦争なんてもう二〇〇年も行われていないし、どちらかというと軍事教練が心身を鍛えるのに有効だと考えているんじゃないかな」

 半分は僕の願望だったが、アルフェとファラは納得した様子で頷いた。
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