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第三章 暴風のコロッセオ

第175話 僕の武器

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「じゃあね、ししょー! 『煌く星空の指輪』も待ってるからね~!」

 僕に『煌く星空の指輪』の念押しをしながら、メルアが大きく手を振って貴族寮の方へと帰っていく。メルアはこの後、エステアとの日課であるカフェで夕食前のティータイムを過ごすらしい。

 騒々しいくらいに明るく賑やかなメルアがいなくなると、辺りが急に静かになったような気がした。

「……なんだか凄い時間だったね」

 メルアを手を振って見送っていたアルフェが、その姿が見えなくなってから静かに息を吐く。親しみやすいとはいえ、師弟関係の師である僕と、生徒に当たるアルフェでは、メルアとの接し方は随分と異なるのだろうな。

「やっていけそうかい、アルフェ?」
「うん。今日は教えてもらった多層術式 マルチ・ヴィジョンを、下位魔法は無詠唱で出来るように復習する!」

 そう言いながらアルフェは無詠唱でクリエイト・ウォーターを発動させ、手のひらに水の珠を浮かべてみせた。

「戦うってことは、戦況に合わせて動くってこと――練習でも訓練でもないって難しいよね」

 前世で人魔大戦という戦争を経験した身だからわかるが、戦場には予定調和なんてないし、安全どころか命の保証すらない。

 そうした意味では、かなりマイルドに表現されてはいたが、メルアの言っていたことは平和に慣れてしまっている僕たちの気を引き締めるものになった。

 とはいえ、アルフェなりに自分の言葉に咀嚼してきちんと理解しているのは凄いことだな。小さい頃――それこそ、グーテンブルク坊やに浄眼のことでからかわれて泣いていたアルフェが、『戦う』ことを選択する未来が来るなんて思ってもみなかった。

 それに、もうアルフェには自分のコンプレックスを乗り越える準備がある。メルアに指摘されるまでそれに気づかなかったのは、僕としては不覚だったな。

角膜接触レンズコンタクトの卒業、おめでとう。強くなったね、アルフェ」

 夕闇の中で、一際明るく見えるアルフェの金色の浄眼は本当に綺麗だ。その美しさと眩さに目を細めて見上げると、アルフェは困ったように眉を下げて首を横に振った。

「ううん、違うよ。弱いから強くなりたいの。メルア先輩やエステアさんとあれだけ対等に話が出来るリーフ、凄く格好良かった。ワタシも、それくらい自信が持てるようになりたい」
「……アルフェ」

 僕が彼女たちと対等に話しているように見えるのは、多分僕が前世の記憶を持っているからだ。僕がもしもアルフェと同じで、前世の記憶を持っていなかったなら、メルアの言っていることは多分わからなかったし、エステアに対しては感情のままに怒っていただろう。

 そういう意味では、僕は今世でリーフとして果たして成長出来ているのだろうか。新しい知識を得ていても、前世の僕グラスを越えることはまだ出来ていない。

「僕もね、まだまだだよ。学ぶべきことはたくさんあるし、解決すべき問題も、取り組むべき作業も山とある」

 だからこのカナルフォード学園で学び、さらに高みを目指しているのだ。もしかすると、武侠宴舞ゼルステラで生徒会に勝つという目標は、僕自身のためになるのかもしれないな。ホムの自信を取り戻し、アルフェの強さを見出していくことは、僕にしか出来ないことではあるけれど、決して容易ではない。

「頑張ろうね、武侠宴舞ゼルステラ

 アルフェの言葉に僕は頷き、彼女の手を取った。少しひんやりとして、でもどこか温かいアルフェの手は、こうして繋いでいるだけで僕の心を穏やかにしてくれる。

「大変なことも少なくないけれど、一緒なら乗り越えられるはずだよ」
「うん」

 アルフェが確かめるように僕の手を握り返す。前世の僕グラスにはあり得なかった他人を信頼するという行為が、今の僕にはとても心地良い。力を合わせれば大丈夫だという信頼関係は、どれだけ僕に勇気を与えてくれただろう。

 だから、もし、武侠宴舞ゼルステラ・カナルフォード杯で優勝することが出来たのなら、僕は前世の僕グラスを越える一歩を踏み出したことになるのかもしれない。

 女神たちのせいで、幸福に生きることばかりに目を向けていたけれど、幸せを知った今は、それを護る力が必要だとわかった。だから僕は、僕の武器錬金術で、戦わなければならないんだろうな。
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