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【シャルデル伯爵の房中】

11.レイナール夫人の本音

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 リシアは、ベッドの中で落ちこんでいた。
 そもそもの始まりは、ディアヴェルに自分の部屋へ戻ってもらう、だったと思うのだが、あれから一時間以上経っている。
 まだ、メイドがリシアの部屋に来る時間ではないが、自室に戻るディアヴェルを目撃されずに、というのは水泡に帰した。


 もう彼は自身の部屋に戻るつもりはないようで、リシアをベッドに寝かせたままで、浴室に湯をためてくれている。
 あの、シャルデル伯爵が、誰かのために湯をためるなど、誰が想像しただろう。
 少なくとも、リシアは想像できなかった。


「リシア、準備できましたよ」
 にこにこと笑んだディアヴェルが、ベッドに近づきながら報告してくれる。
「…ありがとうございます」
 まだ、ベッドに横たわったままで、リシアは礼を言った。 不躾なのはわかっているが、恥ずかしいし、だるい。
 そんなリシアをわかっているのか、ディアヴェルは機嫌を損ねるでもなく笑んでいる。
「そうだ、一番大切なことを聞いていませんでした」
「?」
 唐突なディアヴェルの発言に、リシアは疑問符を浮かべる。


 ディアヴェルはベッドに腰掛けて、リシアの頬を撫でるようにしながら笑んだ。
 落ちてくる笑みがあまりにも優しくて、リシアの胸は温かいようなくすぐったいような感じになる。


「俺のこと、好きですか?」


 投げられた問いが、あまりにも直接的で、リシアは顔が赤くなるのを感じた。
 ディアヴェルを直視できないままに、リシアは答える。


「…好きでもない人と、あんなことできません」
 少し、突き放すような言い方になったかもしれない、と言葉にした後で後悔した。
 けれどディアヴェルは特に気にしなかったようで、身を折って、リシアの目元にキスをくれる。
「よかった。 俺は貴女のこと、すごく好きだから」
 笑んだ彼が、あまりに素敵で、リシアは胸が詰まる思いがする。


 伝えたい。
 けれど、そんなこと、言って、いいのだろうか?
 じっとリシアがディアヴェルを見つめていると、ディアヴェルはふっと笑った。
「そんなに可愛い顔をしていると、食べてしまいますよ?」


 食べられてもいい。 貴方になら。
 だってそれは、貴方の一部になって、貴方とずっといられるということだ。
 誰に、咎められることもなく。


 そう動きそうになる唇が怖い。
 そう思う、自分が怖い。
 そんな自分を、知られるのが怖い。


「冷めてしまいますから、お湯、どうぞ」
 すっとディアヴェルの顔がリシアから逸らされる。
 彼の瞳が、自分から逸らされるのが、つらい。
 嫌われたくない。


 この言葉が、色々なものを壊すのは、理解している。
 それでもリシアは、言わずにはおれなかった。


「…好き」


 ぴくっとディアヴェルが反応した。
 そして、ゆっくりとリシアに向く。 彼の目が自分に向いたことに、リシアはほっとする。
 軽く目を見張った彼が、困ったように瞳を揺らし、けれど、啄ばむように口づけた。
「今のは、貴女が悪い」
「え、ディア、ヴェル?」


 リシアの上に覆いかぶさって来たかと思うと、唇が塞がれた。
 先ほどの、啄ばむような可愛いキスではなく、舌を絡ませる深いキス。
「は」
 唇が離れて、リシアが酸素を求めて深く呼吸をしていると、ぎゅうう、と抱きしめられる。
「ねぇ、やっぱり今日はいちゃいちゃしていませんか? ベッドから出たくない。 貴女と離れたくない。 触れていたい」


 湯が冷める、とついさっき言った口で、一体何を言っているのか。
 リシアは慌ててディアヴェルを説得しようとする。
「で、でも、お風呂に浸かりたいし、ベッドを整えるカリアも困るわ」
 まずこのベッドの惨状を見られて困るのはリシアだ。 そして、カリアは盛大に照れるであろうことも予測できる。


「ああ、では」
 閃いたように、ディアヴェルは笑む。
「まずは一緒に湯あみしましょう。 その間にベッドを整えてもらうから、今日は俺といちゃいちゃしていましょう」
 嬉しそうに、幸せそうにディアヴェルは語る。


 ディアヴェルは、この先にどんな未来を描いているのだろう。
 ああ、いや、それはわかっている。 リシアを、シャルデル伯爵夫人にすることだ。


 カイトには、恩があるのに。
 リシアを守るために、リシアのために、結婚してくれたのに。
 もしも、リシアがカイトに離縁を切り出したら、カイトはどんな顔をするだろう。
 リシアのために、捨てたもの、失ったものは、返ってこないのに。


 好きなだけでいられたら、よかったのに、リシアは今、ディアヴェルの傍にいる夢を見てしまっている。

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