【R18】紅の獅子は白き花を抱く

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紅の騎士は白き花を愛でる

20.別名・憂さ晴らし!!!

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「おはようございまーす」
 出勤したてのアガットは、いつも通り元気に挨拶をして、執務室に入った。
 一日の始まりは元気な挨拶からだ。

「ああ。 おはよ」

 だが、返って来た挨拶と耳に届いた声に、これでもかというくらいに目を剥いた。
 アガットは、信じられないものを見るように、その人物を見つめる。
 背もたれに思い切り寄りかかって、書類に目を通している、ジオーク・ブラッドベル。
 いつもなら、この時間はどこかをふらふらとほっつき歩いているというのに…。
 しかも、今日のこの様子は…。
 アガットは、ジオーク・ブラッドベルを恐る恐る横目で見つつ、ベンゼに近寄った。

「おはようございます…。 …あの…今日、ブラッドベル殿…」
「ああ、妙にやる気でな」
 声を潜めて言うアガットの言葉が終らないうちに、応答したベンゼは上機嫌だ。
 やる気、に見えなくもないけれど、アガットとしては、その「妙」のほうにもう少し重点を置いて考えてほしい、と思う。

「いえ、あの、あれ違うんですよ?」
 絶対に口には出せないけれど、正直なところ、本当にまずいのだ。
 アガットがささやかに主張したときだった。
 ジオーク・ブラッドベルがクルリと顔をアガットとベンゼに向けるので、アガットはビクッとする。

「ねぇ、ベンゼ。 今日おれ指導してもいいー?」
 まさかで飛び出した言葉に、アガットはあんぐりと口を開いて白目を剥いた。
 ベンゼといえば、アガットの様子にもあまり注意を払っていないらしく、明らかに上機嫌とわかる声音でジオーク・ブラッドベルに問う。
「お。 やる気か?」
「うん、ちょっとね」
 こっくりと頷くジオーク・ブラッドベルに、ベンゼもこっくりと頷き返す。
「よし、任せた」


 なぜ任せる!!!
 アガットが心の中で叫んだときだ。


「うん、じゃあおれちょっと休憩してくるね」
 ジオーク・ブラッドベルはカタンと席を立ち、扉のほうへ消えて行った。

 それを見届けて、ようやくアガットの意識は現実に戻ってくる。
 戻って来たと同時に、ジオーク・ブラッドベルの消えて行った扉を指で指し、息巻いてベンゼに主張した。
「駄目ですって! ああいう状態のブラッドベル殿に、指導とかさせたら!!」
 だが、その必死さは全くベンゼには伝わらないらしく、眉を顰められてしまう。
「は? やる気のときに仕事させんでどうする」


 それはもっともな意見だろう。
 やる気のあるときに仕事をさせなかったら、仕事をさせる機会がない。
 けれども、あのジオーク・ブラッドベルという男の場合、勝手が違いすぎる。


「ちがっ…! あれやる気なわけじゃないですから!!!」
「やる気じゃないなら何なんだ」
 ベンゼが理解不能だ、と眉根を寄せている。
 アガットはどのように説明したらいいのかわからずに、思いのままに吐き出した。


「やる気なんですけど、別の意味でやる気っていうか! 別名・憂さ晴らし!!!」


 最後の言葉を必殺技のように言ったアガットに、ますますベンゼは不可解そうな顔になる。
「少し落ち着け。 今日のお前訳わからん」


「まじで怪我人出ますから!!!」


「…何?」
 無我夢中でアガットが必死の叫びを上げれば、ようやくベンゼの心に響いたようだった。

 そのことに少しほっとして、アガットは落ち着きを取り戻す。
 一つ、深く息をついて、至極真面目な顔をして、告げた。
「今日のブラッドベル殿、めっちゃ機嫌悪いです」
 アガットの告白に、ベンゼは軽く目を見張ると、呆れたように溜息をついた。
 こいつは何を言うのか、と思っているのがよくわかる。
「まさか。 いつもと何も変わらんぞ」
 終しまいには失笑されてしまい、アガットは思わずわなわなしてしまった。
 どうして事の重大さが伝わらないのか。

「あなた節穴ですか!? 全然違うでしょうが!!!」
「アガット、アガット。 相手ベンゼ殿。 ブラッドベル殿じゃないから口の利き方に気をつけて」
 アガットの発した言葉に、やんわりと横からアガットをたしなめる同僚がいる。
 暴言を吐いた自覚はあるけれど、今はそんなことは些事としかいいようがない。
 なぜなら。


「今のベンゼ殿なら今日のブラッドベル殿のほうが百倍怖いです」
 据わりきった目で、アガットは告げた。


 言った傍から否定するのもあれだが、百倍では済まないかもしれない。
 アガットががくぶると震えているというのに、やはり色々と伝わっていないようで、皆がきょとんというような顔をしている。
 アガットは思わず、拳を握っていた。
「なんでかあの人、機嫌悪いときとか苛ついてるときに限って仕事するんですよ! けどいつもの無駄な安売りの愛想がないからすぐわかります!!」
 アガットは普段なら絶対に逆らわないベンゼの机に、バンっと手をついて、ぐっと身を乗り出す。
「ああいうときのあの人に剣なんか持たせたら、本気でやばいですからね。 普段あの人手ぇ抜いてるだけなんですから!」
「まさか」

 これだけ言っても、まだ皆が皆楽観視をしているようだ。
 アガットは、いくら訴えても無駄だと、悟る。
 自分が今出来る限りの手を打っておかないと、後処理が面倒になる、と早々に頭を切り替えた。
 賢明と言えば賢明である。

「やばいなー…。 医務室に予約入れといたほうがいいかなー…。 それとも医師せんせい呼んどいたほうがいいのかな」
 ぶつぶつと一人呟きだしたアガットの様子に、ようやく危機感が湧いてきたらしいベンゼが、声を押し殺すようにして訊いた。
「…そんなにやばいのか?」
 アガットは、据わりきった目で、にこりともせずに答える。


「あのひとの何が怖いって、機嫌悪くても苛ついてても怒ってても切れてても、それが態度に思いのほか出ないところです。」
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