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紅の騎士は白き花を癒す
4.どうしてだと、思う?
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ジオークは、ばあやを見送るために、一度階下に降りて行った。
大混乱だったリシェーナは、ようやく落ち着いてきたところだったのだけれど、コン、と一度扉が叩かれて、びくりとする。
「入るよ」
声と共に、扉が開く。
ジオークは左手にグラスの載ったお盆を持っていて、にこ、とリシェーナに笑みかけけた。
そこに入っているのは、濁った淡い黄色い液体。 ジオークが用意してくれたのだから、怪しい物ではないのだろうけれど、これは何だろう。
覗うように、それを見ていると、ジオークは笑った。
「はい、グレープフルーツジュース」
「え…?」
「ちょっとはよくなるかもだから、飲んで」
差し出されるそれを受け取ると、爽やかな香りがする。 けれど、リシェーナは口をつける気が起きない。
リシェーナは、手に持ったグレープフルーツジュースに視線を落としながら、呟いた。
「…どうして、あんなこと」
ジオークは、リシェーナのお腹の子の、父親では、ありえない。
それを、ジオークはわかっているのに。
誰よりも、わかっているのに、どうして、ばあやに、あんなことを言ったのか。
ジオークは目を丸くすると、笑ってベッドの縁に腰かける。
そして目をすっと細めると、艶っぽくて妖しげな笑みを見せて、低く囁いた。
「どうしてだと、思う?」
リシェーナは、言葉に窮した。
それが全くわからないから、リシェーナはジオークに訊いたのだ。
リシェーナの考えをくみ取ったのか、ジオークはふっと笑って答えをくれた。
「子どもには父親がいたほうがいいよ。 おれ、子ども好きだし、いい父親になると思う。 …親がいないと、やっぱり寂しいじゃん?」
その最後の言葉に、胸が痛くなる。
確か、ジオークの親御さんも、亡くなっていると聞いた。 もしかしたらジオークは、リシェーナのお腹の子どもと自分の境遇とを、重ねている、のだろうか。
だから、可哀想だと?
「それに、リシェ、ここを出ていくつもりだったでしょ?」
笑顔で図星を指すジオークに、リシェーナはドキ、とする。
ドキ、は顔に出ていたのだろう。
ふっとジオークは息を吐く。
「やっぱりね。 そんなところだろうと思った」
やわらかい笑みを浮かべたジオークは、リシェーナを覗き込む。
「おれが、出て行けって言うと思った?」
「思わない、よ」
咄嗟に、リシェーナは反論していた。
リシェーナは、どうしたらいいかわからなくて、視線を落とす。
「…あなたは、優しい、から。 だから、わたしは、ひとりで」
優しい、ジオークだから、リシェーナに堕ろせなんて言わないことも、出て行けなんて言わないことも、リシェーナは確信していた。
優しいジオークだからこそ、リシェーナを抱え込んだ上に、リシェーナの子どもまで抱え込ませなくてもいいと思ったのだ。
そうすれば、静かに、穏やかに、ジオークは問う。
「生きていけると思った?」
暗に、無理だよ、と言われたような気がした。
あまりに静かに穏やかにジオークが言うものだから、怒るよりも先にリシェーナは落ち込んで視線を下げる。
「この世の中、女性が一人子どもを抱えて生きてくなんて容易なことじゃないよ」
「そう、かもしれない、けど…。やってできないことは」
ない、と言おうとしたリシェーナの言葉を遮って、機嫌を損ねたような憮然とした声が耳に届く。
「カージナルには頼れて、おれには頼れないってこと?」
「ちが」
否定しようとして、リシェーナはぱっと顔を上げた。
けれど、思いがけず傷ついたようなジオークの瞳と出会ってしまって、リシェーナはどうしようもなくなってしまう。
大混乱だったリシェーナは、ようやく落ち着いてきたところだったのだけれど、コン、と一度扉が叩かれて、びくりとする。
「入るよ」
声と共に、扉が開く。
ジオークは左手にグラスの載ったお盆を持っていて、にこ、とリシェーナに笑みかけけた。
そこに入っているのは、濁った淡い黄色い液体。 ジオークが用意してくれたのだから、怪しい物ではないのだろうけれど、これは何だろう。
覗うように、それを見ていると、ジオークは笑った。
「はい、グレープフルーツジュース」
「え…?」
「ちょっとはよくなるかもだから、飲んで」
差し出されるそれを受け取ると、爽やかな香りがする。 けれど、リシェーナは口をつける気が起きない。
リシェーナは、手に持ったグレープフルーツジュースに視線を落としながら、呟いた。
「…どうして、あんなこと」
ジオークは、リシェーナのお腹の子の、父親では、ありえない。
それを、ジオークはわかっているのに。
誰よりも、わかっているのに、どうして、ばあやに、あんなことを言ったのか。
ジオークは目を丸くすると、笑ってベッドの縁に腰かける。
そして目をすっと細めると、艶っぽくて妖しげな笑みを見せて、低く囁いた。
「どうしてだと、思う?」
リシェーナは、言葉に窮した。
それが全くわからないから、リシェーナはジオークに訊いたのだ。
リシェーナの考えをくみ取ったのか、ジオークはふっと笑って答えをくれた。
「子どもには父親がいたほうがいいよ。 おれ、子ども好きだし、いい父親になると思う。 …親がいないと、やっぱり寂しいじゃん?」
その最後の言葉に、胸が痛くなる。
確か、ジオークの親御さんも、亡くなっていると聞いた。 もしかしたらジオークは、リシェーナのお腹の子どもと自分の境遇とを、重ねている、のだろうか。
だから、可哀想だと?
「それに、リシェ、ここを出ていくつもりだったでしょ?」
笑顔で図星を指すジオークに、リシェーナはドキ、とする。
ドキ、は顔に出ていたのだろう。
ふっとジオークは息を吐く。
「やっぱりね。 そんなところだろうと思った」
やわらかい笑みを浮かべたジオークは、リシェーナを覗き込む。
「おれが、出て行けって言うと思った?」
「思わない、よ」
咄嗟に、リシェーナは反論していた。
リシェーナは、どうしたらいいかわからなくて、視線を落とす。
「…あなたは、優しい、から。 だから、わたしは、ひとりで」
優しい、ジオークだから、リシェーナに堕ろせなんて言わないことも、出て行けなんて言わないことも、リシェーナは確信していた。
優しいジオークだからこそ、リシェーナを抱え込んだ上に、リシェーナの子どもまで抱え込ませなくてもいいと思ったのだ。
そうすれば、静かに、穏やかに、ジオークは問う。
「生きていけると思った?」
暗に、無理だよ、と言われたような気がした。
あまりに静かに穏やかにジオークが言うものだから、怒るよりも先にリシェーナは落ち込んで視線を下げる。
「この世の中、女性が一人子どもを抱えて生きてくなんて容易なことじゃないよ」
「そう、かもしれない、けど…。やってできないことは」
ない、と言おうとしたリシェーナの言葉を遮って、機嫌を損ねたような憮然とした声が耳に届く。
「カージナルには頼れて、おれには頼れないってこと?」
「ちが」
否定しようとして、リシェーナはぱっと顔を上げた。
けれど、思いがけず傷ついたようなジオークの瞳と出会ってしまって、リシェーナはどうしようもなくなってしまう。
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