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ローフィスの優しさに全てを吐き出すマレー

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 だだっ広い食堂にローフィスが戻ると、ゼイブンはやっぱりまだ、そこに居た。

「…で?」
机に肘を付いてゼイブンに聞かれ、ローフィスはゼイブンの横に立つと、首を横に振る。
「ディングレーとは、デキて無い」
ゼイブンはがっくり、首を落とす。
「…あいつ…ギュンター!
あの美麗なツラに似合わず、めちゃくちゃ喧嘩っ早いぞ!」

ローフィスはギュンターの身の上話を思い返し
『そりゃ、盗賊がぞろぞろ現れるような旅で、頼りの叔父貴に『助けない』と言われてちゃ、そうなるよな…』
と吐息を吐いた。

「先制は、一番利く攻撃法だ」
「…だとしても!
あいつのやり様は、半端じゃないぞ!」
「…まあ…編入生って、そう言うもんだ。
まして三年の編入だ。
よっぽどの腕の男じゃなきゃ、講師共も合格は出さない。
入れても直ぐ、大怪我負って学校を辞めちゃ、入れた意味無いだろう?」

で?とローフィスに見つめられ、ゼイブンはローフィスを睨む。
「…俺はディングレーに寄ると、あいつの唇の感触を思い出し、蕁麻疹が出る」

ローフィスは、がっくりと顔を伏せた。
「………言ったようにあいつディングレーは、深酒すると記憶が、無い」
「俺もそうなりたいよ!」

ゼイブンのふてきった言い様に、ローフィスはゼイブンの肩をぽん。と叩いて励ました。
「忘れさせてくれる、女がいっぱいいるんだろう?」
「そうだ!今は天国だ!」

『だからって単位は落とすなよ』
言いたかったがその言葉を飲み込み、ローフィスは食堂横の、立派な階段を上る。
大貴族用の宿舎に続く、階段だった。

 扉を開けたディングレーは、青冷めていた。
「…良かった。来てくれたのか」

ローフィスはディングレーの様子に、参ってるな。と感じた。
「…助けたんだろう?」

尋ねるが、ディングレーは俯いた顔を背後に振る。

ローフィスがディングレーの視線の先を見ると、明らかに一年と分かる小柄な美少年がこちらに、顔を向けていた。
手に…どうやらディングレーに振舞われたらしい、飲み物を持って。

その、無感動な表情。
虚ろな、ヘイゼル(グリンがかったブラウン)の瞳を見て、ローフィスの胸が詰まった。

ディングレーが顔を寄せ、ローフィスの耳元で囁く。
「…家の者に、男に慣らされてここに送り込まれたと…」

「…つまり…大丈夫だったって事か?」
「助けを呼びに抜け出し…報復を恐れてる」

ローフィスは一つ、頷く。
そしてそっと…その少年を見た。

マレーは入って来たその年長の青年が、ディングレーよりも小柄で…けれど人慣れした親しみやすい笑みを浮かべるのに、ほっとした。

「四年のローフィスだ」
ローフィスの言葉に、マレーは頷く。
「マレーと言います」



ローフィスは、マレーは機転が利き、頭の回転が早い。と読んで、向いの椅子に座る。

ディングレーはやり切れないように、一つ吐息を吐いて部屋の扉を閉めた。
マレーが俯くディングレーの表情に視線を送るのを見、ローフィスが囁く。
「…奴にとっちゃ、グーデンは兄貴だ」
マレーが深く俯き、そして…頷いた。

「…抜け出して…助けを呼んだって?」
ローフィスに聞かれ、マレーが覚悟を決めたように顔を上げる。

「アスランは僕が気分が悪いと思ってる!
だけど…」

ローフィスが頷いて後の言葉をかっさらった。
「脅されたんだな?」
マレーは泣き出しそうな表情をローフィスに向ける。

ローフィスは声を落とし囁く。
「奴らの常とう手段だ。お前は悪くない」
「けど…!僕のせいでアスランは…!」

ローフィスははっきりとした言葉で告げた。
「お前のせいじゃない!
間違えるな。
お前がしなくても、誰か言いなりになる奴を連中は脅したさ!
たまたま、お前だっただけだ。
で結果…お前で、良かったんじゃないか」

マレーはきっぱりそう言う、爽やかで軽やかな雰囲気なのに、意思の強い大空のような青の瞳の、ローフィスを見つめ返した。

「…どうやって抜け出した?」
聞かれてマレーは途端、頭を深く下げる。
「…脅した奴は一年で…僕の事を気に入って、二人きりだったから…」

ローフィスは子細が分かって、吐息を一つ、吐く。
「…好きなようにさせて、油断させたのか?」
マレーは俯いたまま頭を揺らす。
「もっとひどい…。
自分から…くわえたし、れた」

ローフィスは目を、見開く。
「…そんなにアスランが心配だったのか?」

マレーは自分の告白で、ディングレーにも目前のローフィスにすら、軽蔑されやしないかと顔を上げて伺ったのに…ローフィスの瞳は暖かく、自分を労わってた。

マレーは身が、震った。
アスランの事を考えると、泣き出しそうな気分に成った。

「以前…ディングレーが助けてくれた時もあいつグーデンは…最悪だった。
叔父のデライラですら…初めての時僕に、銜えさせたりはしなかった!」

ローフィスは大きく吐息を吐き、今だ扉に肩を持たせかけ、腕組みして俯くディングレーを見やる。

ローフィスはそっと囁く。
「グーデンはアスランに、それをさせたのか?」

マレーは頷く。
その拳は、膝の上で握り込こまれた。
「…あの…ひとは…初めての無垢な相手をうんとひどく…辱めて楽しみたいんだ…。
僕はそれが分かったから…だから!
気が気じゃなかった!」

ローフィスはグーデンのやり様を、熟知していたからディングレーに囁く。
「…どうしてやるつもりだ?」

その声が、深く響いてマレーは顔を、上げる。

ディングレーはその言葉が自分に投げかけられてると、知ってるみたいに組んだ腕を解く。
「…ここに暫くかくまう」

ローフィスは無言で頷いた。
マレーは二人の、呼吸の合った年上の男達を交互に見つめた。

「…で、怪我は無かったって?
不幸中の幸いだ」

ローフィスが自分に向くなりにっこりと笑い、マレーはその笑顔があんまり…暖かくて、心の中の溶けることのない氷が、溶けていくのを感じた。

「…でも…アスランは…!
僕が呼び出したせいで…彼は本気にして僕の気分が悪いと思って僕を……か…ばったんだ…!
奴らに言った!
マレーは気分が悪いから、行かせてあげて!って………」

マレーは言った途端…あんまり…悲しくて我慢できずに顔を、下げた。
そして吐き出した。

「…僕は最低だ!
それを聞いても…言わなかった!
アスランに!
奴らの罠だ!僕は気分なんて、悪くない!
逃げろ!

…僕にはそれを言える、勇気が無かった!
それどころかまたアスランを呼び出す道具に僕を使う為、真実を告げなかったドラーケンに、感謝すらした!
あんな…奴にまるで仲間のように…こっそり頷かれて、僕は…ほっとしたんだ!」

マレーの身がぶるぶると震い…叫ぶ声は悲痛で…ローフィスはただ、聞いていた。
マレーが拳を握り込み、深く俯く髪で隠れたその頬に、涙が滴るのを見つめ、囁く。

「…それだけか?
全部、吐き出しちまえ」

マレーは震いながら顔を上げる。
そして唇を激しく震わせ、その唇を噛む。

が、再び口を、開く。
大きく頭を振りながら。

「まるで…父と同じだ!
義母の弟に…僕をしたい放題させ…惨めな姿を見ても顔を背けるだけ!
義母の顔色を伺い…僕の為に叔父のした事を、糾弾きゅうだんしてもくれない!
僕は……」

マレーの、肩も拳も、ぶるぶる震った。
「…僕は嫌だった!
僕の心を粉々に砕いた、父と同じになるのは、絶対に!
だから……だか…ら………。

それに…」

ローフィスが顔を少し寄せ、傾けて尋ねる。
「それに…?」

マレーは震う唇を一瞬噛み、それから…言葉を絞り出した。
「…アスランは…信じてた。
きっと…またディングレーが、助けてくれるって……。

僕は…」

マレーは顔を横に振る。
「…ディングレーを、馬鹿だと思った。
だって一度くらい助けて貰ったって何にもならない…。
どのみちディングレーの目の届かないところでまた、呼び出されるに決まってる!
第一多勢に無勢で…。
ディングレーが痛い目に合うだけだ。
何にもならない。

けど………アスランは、信じてた」

そして顔を上げて、ディングレーを見つめた。
黒髪を背に流す、堂とした体格の、俯く高貴な青年を。

「…また…来てくれるって。

そうじゃなくても…」

ディングレーが、顔を上げる。
ローフィスが囁く。
「なくても?」

マレーは首を横に振った。
「…ディングレーを…思ってるだけでもきっと…。

アスランにとってディングレーは希望だったから…」

ディングレーが吐息混じりに口を開く。
「だから嫌いな男に媚を売ってまで、俺を呼びに来たのか?」

マレーは、顔を上げないまま頷いた。
そしてそっと…頭を持ち上げ、ディングレーを見る。

ディングレーは顔を、俯けていたが、マレーの視線に顔を上げて苦く笑った。
「…すまない…。
俺にすべが無くて」

マレーは目を、見開く。
ディングレーは言葉を続ける。
「俺の事は気にするな。
どれだけ傷を作ろうと、あいつを止めるべきなのにしない…。
俺の方こそ、責められるべきだ」

マレーが、顔を揺らした。
茫然ぼうぜんと、そう言うディングレーの男らしい顔を見つめる。

ローフィスが、くすりと笑った。
「王族なのに、珍しいか?」

「…だって…グーデンは兄なのに」

ディングレーが思いきり顔を下げ、ローフィスが助け舟を出す。
「一族の恥だと、奴は思ってる」

マレーはそう言うローフィスを、見た。
そして…つぶやく。
「…じゃ…僕…と、似てる?

したいのに出来なくて…辛く思ってる?
だから…あんな場所でも、飛び込んでくれるの?」

ディングレーは俯いたまま、顔を揺らした。
「…あんな場に飛び込むくらいは何でもない。
第一それくらいしか出来ないしな…」

ローフィスが微笑むと、マレーは身が、軽くなったみたいに表情がほぐれた。
「…ほっとしたか?」
ローフィスに尋ねられ、マレーは顔を上げる。

「王族って雲の上の人で…普通の感覚と、違う人なんだと思ってた」

ディングレーが、大きな吐息を吐いた。

ローフィスはその様子に笑うと、マレーに微笑みかける。
「アスランはギュンターの寝台で、安らかな寝息立ててたぞ?」

マレーの表情がそれを聞いて、一変に明るく輝く。
「…本当に?」
ローフィスは頷く。

マレーはほっとしたように、がっくりと両腕を垂らす。
ディングレーは目を見開いて、ローフィスを見た。

ローフィスは一気に脱力するマレーに語りかける。
「ここで暫く世話になれ。
だがお前が気のある振りをした男は、今後付きまとうぞ?
お前の方からしたんじゃな」

ディングレーがすかさず尋ねる。
「なんて名だ?」
マレーが顔を上げる。
「ドラーケン」

ディングレーとローフィスは目を見交わし、頷き合ってた。

ローフィスはよいしょ。と椅子から立ち上がり、マレーに屈む。
「せいぜい我儘わがまま言って、ディングレーを困らせてやれ」

マレーはびっくりしてローフィスを見ると、彼は軽く片目つぶってウィンクした。

途端、ディングレーの、深い吐息が聞こえた。
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