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更に拡大する噂と合同補習開始

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 三年大貴族取り巻きらは昼食時、ディングレーと同じテーブルに居たので、会話の内容を知っていた。

だが昼食の場で『オーガスタスとディングレーの口論』と言う一大イベントが無かったことで、逆に不名誉な『3P』の噂が駆け巡ったと知った。

勿論、知らせてきたのはデラロッサ。
平貴族の中では一番の実力者で、栗毛のひっつめ髪と空色の瞳。
体格良く顔もいい。
デルアンダー相手にも、ビビらない唯一の男。

午後の講義前に告げられて、デルアンダーは絶句し。
叫んだのは横に居たテスアッソン。
「嘘だろう…?!」
「…二年と三年、ほぼ全部に知れ渡ってる。
一年では、別の噂がある。
筆頭転げ落ちたアイリスに、ディングレーが人前で口づけたそうだ」

取り巻きらはそれを聞いて、全員頭を殴られたようなショックで、口がきけなかった。

「…アイリスに乗り換えたディングレーは、ギュンターをオーガスタスに譲り。
が、ギュンターがまだディングレーに未練があるので、3Pで落ち着いた。
と言うのが、現在の状況だ」

デラロッサはいつも偉そうな大貴族らが、揃って顔下げて無言で大人しいので、それ以上はナニも言えず、その場を去った。

大貴族らはデラロッサがいつ、その場を去ったのかも分からなかった。
講義開始の鐘の音で、一人が気づいて顔を上げ、揃って慌てて、駆け出すまで。


 午後も文学の講義に割り振られ、今度はマトモに、一冊の本についての論議と成り、ギュンターは講師の解説が子守歌に聞こえ、すっかり眠くなった。

が、周囲はギンギンで、3Pの具体的な状況までをも、推察していた。

「…ディングレーって…あっちも凄いんだろう?!」
「流石にあまり酒場では見かけないから。
した女の感想は聞けない」
「…オーガスタスの一物って…凄く立派なんだろう?」
「処女は無理だそうだ」
「…って事は、ギュンターは間違いなくディングレーと既に…」
「少なくとも、バージンではないな」

一斉に揃って『経験済み』ギュンターに、視線を送る中。
満腹のギュンターは、机に突っ伏さんばかりに眠っていた。


次の剣の講義に出向く途中、ギュンターは突然、一年筆頭のスフォルツァに後ろから腕を掴まれぎょっ!とした。
自分からしたら、かなり小柄なスフォルツァに
「どうしてディングレーをしっかり、捕まえといてくれなかったんです!」
と叫ばれ、言い返そうとしたが、どの場面なのか訳が分からず。

そうこうしてる間にスフォルツァは、講義に遅れまいと慌てて背を向けるので。
結局ナニも言い返せず、無言。

「(俺、あいつに文句言われるような事、したか?
…いや…あの口調では、しなかったのが問題か…???)」
誰かに聞こうと、ぞろぞろ講義室に向かう三年達を見回す。

が。
スフォルツァ本人にしか分からない。
と気づき、ため息と共に疑問を飲み込んだ。


 アイリスは階段状の講義室で、横にスフォルツァが鐘と同時に滑り込んで来るのに顔を横向ける。
既に座っていたアッサリアを、引き離して間に割り込み、横に陣取ってる。

凄い勢いで顔を見つめて来るスフォルツァに、アイリスは濃い癖のある長い栗毛を振って、ちょっと引いた。
がスフォルツァが口開く前に、先制をかけて異論を唱える。

アッサリアが先にここに…」
「ディングレーは、ギュンターのものだ!」
「…彼に失礼だと、君も思うだろう?」
スフォルツァは背後の不満げなアッサリアに
「すまない!」
と一こと言って、直ぐアイリスに振り向く。
「ギュンターから、ディングレーを奪うのは間違いだ!」
「スフォルツァ…私は一言も、ディングレーと付き合ってるなんて言った試しは、ないんだけど」
「でもキスする仲だ」
「あの程度でキス?
ディングレーとは、何も無いに決まってるだろう?」
アイリスは、反対横のディオネルデス。
そしてスフォルツァに押し退けられ、スフォルツァの向こうに居るアッサリアに、同意を求める。

二人共が、アイリスに相づち打つので、スフォルツァは内心
「(偽善者どもめ!)」
と二人を睨んだ。

「…アッサリアが椅子から落ちそうだから。
スフォルツァ、あっちの空いてる席に移ってくれないか?
遅れた君はここに、居座る権利はない」

アッサリアにも、思いっきり頷かれ。
スフォルツァは不満げに、席を移って行った。

午後の授業が終わると、一・二年、そして三年監督生らは次の鐘までに、うまや前の土でならされた広い場所へと、出向かねばならなかった。

厩前には一年らが先に、集合していた。
スフォルツァはアイリスの横に陣取り
「いい加減、認めたらどうだ?
ディングレーに惹かれてると!」
と声をひそめながら言い諭す。

アイリスは呆れ顔をして、スフォルツァを見た。
「いい加減にするのは、君の方だし。
第一、三人の保護を任されてるのに、そんな事に気を取られてて大丈夫なのか?」

アスラン、マレー、ハウリィは固まってこれからの補習の不安を言い合ってた。
が突然、アイリスとスフォルツァに見つめられ、居心地悪げに揃って顔を下げた。

二年がやって来て、二年目の余裕の、砕けた雰囲気で横に群れて並ぶ。
一年らがそれを見て、揃って緊張を緩める中。
三年監督生と、講師が現れた。

品の良い美男揃いの中、一際ディングレーは男らしく、迫力があって、途端スフォルツァはアイリスに振り向き、睨む。

アイリスはため息交じりに顔を下げ、周囲を取り巻くディオネルデス、アッサリア、フィフィルースに同情された。

監督生の前に、組み分けされた皆が並ぶ。
スフォルツァは大勢が移動する中、戸惑うアスランの、腕を引いて姫をエスコートするように、平貴族ミシュランの列に、誘導した。

アスランは頬染めて、上背のスフォルツァを見上げる。
同学年だけど、明らかに筋肉の付きが違い、すらりと背が高く、整いきった顔立ちと、胸に垂らす毛先がカールした、よく手入れされた艶やかな栗毛。

少しだけ面長で涼しげなヘイゼルの目元。
苦手だったけど…こんな風に大切に肩を抱かれ人混みから庇われたりすると…女の子達が彼に憧れる気持ちが分かりそうで、顔を下げた。

「(…やっぱりスフォルツァって…格好いい…)」

チラ…とアイリスを見る。
アイリスはテスアッソンの列に並び、一年大貴族らに取り巻かれ、マレーに親しげに話しかけてた。

白い肌に濃い艶やかな栗色巻き毛が映える。
理知的な濃紺の瞳がきらきら光り、とても…たおやかで優雅に見えた。

スフォルツァはその時、アスランもアイリスに見とれてる、と気づき、ぼそりと尋ねる。
「君も…アイリスが好きなのか?」
アスランは真っ直ぐな黒髪をさらりと肩の上で揺らし、薄茶の瞳を輝かせ、頬を染めて笑顔で頷く。
「彼、本当に気品あって、優しくて綺麗で…素敵ですよね?」

スフォルツァはその素直な賞賛の言葉に、心から同意して、頷いた。


 ハウリィは、ディングレーの列に並ぼうとして…デルアンダーに腕を引かれ、囁かれる。
「君はこちらだ。
私のグループへ、変更になった」

ハウリィは男らしい甘いマスクの美男に屈まれ、つい頬が染まった。
「え…え?
どうし…」

デルアンダーが素早く視線を、ディングレーの列に並ぶドラーケンへと振る。
「彼と、交換だ。
私の班には、グーデン配下がこれですっかり、居なくなるから」

ハウリィはもう一度、ディングレーと不満げなドラーケン、そして…間近に顔を寄せるデルアンダーを見、その後ほっとして、花がほころぶように微笑んだ。

デルアンダーもにっこり笑って、ハウリィをフィンスの横に並ばせる。
ハウリィは、デルアンダーよりは一回り小さいけど、同じような濃い栗毛の、気品ある素敵な騎士、フィンスににっこり微笑まれて、心がウキウキした。
「何でも聞いて?
それと…変なこと言われたり絡まれたりしても。
黙ってないで、私に報告すること」

ハウリィはフィンスに優しくそう言われ、ふんわりした明るい栗色巻き毛を振って、青い瞳を輝かせ、思いっきりこっくん!と頷いた。

マレーはアイリス始め、一年大貴族らに取り囲まれ、ちょっと気後れした。
けれどアイリスが、とても感じ良く微笑んで
「離れないで。
君を僕らで、護るから」
と言われ、感激でもう少しで、泣き出しそうになって必死でこらえた。

アイリスの背後から二年のヤッケルが
「護るのに、泣かせてどうする」
と口出しし、アイリスが
「…まだ、泣いてませんけど…?」
と言ってる間に手に何か握らせ、アイリスは手を開いて、それを見る。

乾燥させた桃の砂糖漬けの、塊が幾つか。
アイリスが真っ先にマレーにこっそり手渡し、アッサリア、ディオネルデス、フィフィルースに分け、最後の一つを手に取る。

人数分ぴったりで、思わずヤッケルに微笑んで振り向くが、ヤッケルは背を向けたまま、言った。
「テスアッソンと講師にバレないよう、こっそり喰え」

マレーはアイリスがその言葉に笑い、大貴族らが揃って、微笑んで頷いてるのを見て。
品良く巻かれた縦ロールの栗毛を振り、ヘイゼルの濡れかけた瞳をヤッケルに向け、こっくり、頷いた。


アスランはスフォルツァと一緒に、唯一平貴族の、三年監督生を見つめた。

明るい栗色巻き毛の、肩までの短髪。
逞しいがすらりとした体付きをし、目の色は黒に近いグレーで。
尖った鷲鼻。
頬はえらが張り、やはり尖った顎をしていたが、男前と、言えなくもない顔立ち。

どこか…冷たく、粗雑に見えて、アスランは眉を寄せた。
班の列の前には、『教練キャゼ』一の美少年、シェイルも並んでる。

けれどシェイルに視線を移した途端、アスランはシェイルの姿の美しさに、つい見とれた。
何て言ったらいいんだろう…。
華奢だけど、雰囲気が…人間離れしてて、妖精かとても手の込んで精巧に作られた、銀の髪を纏う美しい人形のよう…。

横のスフォルツァも同様、シェイルに見惚れてるように見えた。

けれど見惚れられてる肝心のシェイルは。
このグループの監督生が、ミシュランなのに顔を、下げた。

剣の腕は保証済みで、乗馬も巧み。
けれど…。

女性を見つけるとやたら自分をアピールし、黙っててもモテモテなデルアンダーを、秘かにもの凄く敵視してるのに。
デルアンダーの前ではそんな素振りすら見せず、おべっか使うのを去年、ヤッケルと一緒に目にしてた。

表面ではいい顔をし、裏では虚栄心の塊。
思いっきり裏表のある、嫌な性格。

唯一幸いなのは、ミシュランは凄い女好きで、自分には目もくれない事。
監督生の権力をかさに、好奇の視線でやたらジロジロ見られたり。
欲情を含んだ目付きでベタベタ触られたりする事は、ありそうになくて。
シェイルは心から、ほっとした。

監督生ミシュランは、下級生の世話なんてうんざりだ。
そんな憮然とした表情で、メンバーを見回す。

グループ対抗戦もあったりするから、足を引っ張りそうなのは誰か。と、鋭い鷹のような瞳でグループの皆を見回す。

シェイルはこっそり、サリアスに視線を送る。
同学年で、女性のように大人しげで優しげな外観。
長い栗毛を背に垂らすサリアスは、二学年で一番、剣が使えない。

グループ対抗戦も多い中、思い切り足を引っ張りそうなサリアスが、ミシュランにどんな扱いを受けるか。

シェイルは不安になって、そこにはいない、ローフィスの姿を探した。

去年は三年監督生として、補習に居たローフィス。
困った事があった時、自分の監督生で無く、何でもローフィスに相談した。
ローフィスは困った事態を、全部、解決してくれた。

けれど今年は、そこに居ない…。

シェイルは心からがっかりして、顔を下げた。
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