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アスランの屋敷のお邪魔虫

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 オーガスタスは屋敷の部屋に通され、義母のアンネスがアスランを無邪気に抱きしめるのを惚けて見た。

「(…義母…?
姉弟にしか見えない…)」

「元気にしてた?
良く見せて…怪我は無い?」

髪こそは明るい栗毛だったけど、目の色はアスランと同じ茶色。
大きな襟に白いレースが飾られた、藤色のドレスを着ていて、とても結婚してる婦人には見えないほど、若くて愛らしかった。

アスランは真っ直ぐの黒髪を揺らし、顔を上げて言う。
「友達も出来て…元気にしてる!」
「本当?
大変なんじゃ無くって?
今からでも遅くないわ。
お父様のおっしゃった通り、宮廷の帳簿係に…」
「それは、利口じゃ無い」

突然背後の続き部屋から現れた、栗毛を後ろになでつけた、洒落者のちゃらけた若者。
彼は宝石の付いたステッキを持ち、紫の上着と黒のズボン、黒のブーツといった金のかかった出で立ちで、粋を気取って続きを告げる。

「家名を上げる為の入学だ。
そうしないと…またあのタチの悪い借金取りが訪れますよ?」

それを聞いた途端、アンネスとアスランは青くなって震え上がる。

若者…ゼダンはそれを見た後、にやりと笑うと表情をほぐす。
「大丈夫ですよ。
彼は必ず家名を上げてくれる。
そうでしょう?アスラン。
それに私が貴方を、セルテスの代わりにいつもお側でお守りいたしますから」

アンネスは亡き夫『セルテス』の名を聞くと、黙り込む。

オーガスタスはこっそりその場から、身を屈めて抜け出すと、調理場を探し廊下を進む。
すると美人でしなを作った、色気の塊の若い女中が、前からやって来る。
オーガスタスを見ると、途端につん!と気取って通り過ぎた。

オーガスタスは無言で見送ると、その後から…身なりのきちんとした女中が、扉を開けてこちらに歩いてきた。

オーガスタスを見つけると
「何かご入り用でしょうか?」
と丁寧に尋ねる。

オーガスタスは彼女に屈むと
「俺は『教練キャゼ』のアスランの保護者だが。
ゼダンと言う男について、教えて貰えないか?」
と尋ねた。

明るい栗毛を後ろでひっつめた彼女は、表情を曇らせ囁く。

「旦那様が馬車の事故で亡くなられた後、柄の悪い借金取りが数度訪れて。
若い奥様をさんざん脅すんです。
でもその後、突然訪れて。
旦那様に生前奥様と借金について、頼まれていたと。
だから自分が話を付けるとおっしゃって。
勿論…アンネス様は喜びました。
始めは…通っていらしたんですけど、とうとう住み着くようになって。
その後、アスラン様を『教練キャゼ』に行くよう、推薦状を持って来て奥様を説得して。
アスラン様が『教練キャゼ』に行って以来、もうこの屋敷の主人同様の振る舞いで…結婚もしてないのに、奥様を妻扱い!
けれど…さっき前を通ったあの女中…若くて色事の好きな、ネリッタと…こっそり浮気していて。
ネリッタは奥様の前でだけ、大人しいんですけど…召使いの前ではもう、奥方のように威張りまくってるんです…。
私…もう、奥様とアスラン様が財産を全て奪われて、屋敷から追い出されないか心配で…」

一気に不安を口に出し、彼女はほっとした様子で、けれどオーガスタスを見上げ慌てて
「ごめんなさい…!
初対面の方に、こんな事を…」
と両手を口に添えて謝った。

けれどオーガスタスは、にっこり笑う。
「いや。
聞きたい事が聞けた」

オーガスタスが居間に戻ると、ゼダンはアンネスとアスランの間に入り込み、アンネスの肩を旦那のように抱いて、アスランに言い聞かす。
「セルテスには大変世話になったから。
屋敷や財産の管理なんて大変な仕事をするのは、当然の事です。
貴方は心配せず、『教練キャゼ』で軍功を上げる事を考えて、腕を磨いて下さい」

オーガスタスが室内に姿を見せると、ゼダンは振り向き、一瞬迫力の体格のその若者に呑まれ、ぎくっ!として顔を下げかけ…が、上げて言う。

「アスランの、『教練キャゼ』のご学友だとか…」

作り笑いを浮かべるゼダンを見ると、オーガスタスは微笑む。
「上級に在籍してる。
アスランから話を聞きましたが…。
私の知り合いにも父親が亡くなった後、家に入り込む詐欺師がいて。
父の亡くなった傷心の母につけ込み、家と財産を奪い、母と知り合いは家を追い出される寸前だったと言う話を聞いていたので。
貴方が本当に、亡きアスランの父君と知り合いなのかを、確かめに来たんですよ」

ゼダンはその時、アスランとアンネスですら解る程、ぎくっ!とした。
けれど気を取り直し、直ぐ笑顔を浮かべ、囁く。
「もちろん…!
セルテスとは旧知の仲です」

アスランは頼もしいオーガスタスの姿に安心し、ずっと言いたかった言葉を口にした。
「けれど父から、貴方のお名前を聞いた事がございません。
一番仲の良かったネース様に連絡を取りたくても…貴方はいつも
『彼は今、とても大変で、ご迷惑をかけるから』と連絡させてくれません…!」

ゼダンはすっとぼけた。
「ええでも、彼は今、本当に大変ですから。
私が代わってここに来るよう、彼から直々に、おおせつかったんですよ?」

オーガスタスはにっこり笑った。
「…では当然、生前のセルテス殿かネース殿と、交わした手紙など、お持ちなんでしょうね?」

ゼダンは直ぐ、ソファを立つ。
「ええ今、お持ち致します」

オーガスタスの鳶色の瞳が、きらりと光る。
「お待ちしている」

ゼダンがそそくさと室内を出て行くと、オーガスタスは素早くアンネスに尋ねた。
「まるで旦那のような振る舞いですが…彼と再婚を?」

アンネスは、びっくりした。
「とんでもございません…!
私が落ち着き、遺産の管理など…整理が付くまでセルテスの代わりをすると…彼が言ってるだけで…。
けどその…最近、セルテスがアスランの為に特別に財産を用意していたんですが、その件についても聞いてきて…。
それも遺産管理の一つだと。
けれどセルテスは、アスランが18になった時直接アスランに渡すように。
そう言ってましたから…」
「つっぱねた?」
オーガスタスの言葉に、アンネスは頷く。
「…けれど思い出したように、直ぐその話を蒸し返されて…。
毎度しつこく聞かれて…とても、困ってしまって…」

それを聞くなり、オーガスタスはすっ!と背を向ける。

振り向くと
「ちょっと外します」
そう言って部屋を、出て行った。

残されたアンネスは目を見開き、アスランを見る。
けれどアスランも目をまん丸にしていたから…二人は互いの顔を見つめ合った。

オーガスタスは廊下でさっき出会った女中を見かけ、尋ねる。
「ゼダン殿は?」
「あの…暫く部屋には入るなと…。
その先の、書斎と続き部屋の、旦那様の寝室に…」

オーガスタスは頷く。
そして部屋の扉を、ノックもせずに開けた。

案の定、ゼダンは鞄に宝石やら金貨を詰め込んでる、真っ最中。
「ノノノノ・ノックもしないとは!」

オーガスタスは戸口で腕を組む。
「…それは奥方とアスランの物では?」

「わわわわ私は遺産の管理をしているので、これはその…」

そして、一気に掃き出し窓へと駆け出すから。
オーガスタスは直ぐ背を追い、後ろから襟首掴むと、どっ!と床へと引き倒す。
ゼダンは背を床に、もんどり打って倒れ、突然腹に、がっ!とオーガスタスのブーツの底を喰らい、起き上がれず真っ青になった。

「…さて。行こうか?」
「い…行くって…どこへ?」
「護衛連隊詰め所」
ゼダンは、真っ青になった。
「ななななななんでそんな所へ?」
「泥棒は、突き出さないと」
「でででででででででも!
私は盗んでいない!」
「盗もうとした」
オーガスタスは振り向くと、床に散乱した金貨や銀貨。
宝石類を目で指す。

間もなくアンネスとアスランは、ゼダンの襟首掴み、廊下を通り過ぎて行くオーガスタスを目にした。

「あの…!どちらへ?」

オーガスタスは笑顔で振り向く。
「この詐欺師を、突き出さないと」

アンネスとアスランがびっくりして目を見開く中、ゼダンは襟首掴まれたまま、項垂れた。

けれど玄関の扉を開けると、そこに護衛連隊の騎士が三人、立っていた。
「今、ノックする所でした…!」
一人が言い、もう一人がオーガスタスが捕まえてる男を見る。

ゼダンは慌てて、彼らに叫んだ。
「屋敷に強引に乗り込み、暴力を振るうこの男を、逮捕して下さい!!!」

けれど騎士の一人がつぶやく。
「…この屋敷の、財産管理をすると申し出たのは…彼ですか?」
ゼダンは、ほっとして表情を緩めた。
「それは私です。
このお屋敷と未亡人の、お役に立っています!」
「…では逮捕するのは貴方だ。
君は『教練キャゼ』のオーガスタス?
誰よりも長身の赤毛。
確かに、分かりやすい」
もう一人が言うので、オーガスタスはびっくりした。

「…なぜ…俺の事を?」

「宮廷警備長、アドラフレン殿からここに詐欺師が入り込んでいるので、逮捕するようにと。
そして多分、非常に体格良く長身で赤毛の『教練キャゼ』の生徒が付き添ってるから。
彼が捕まえていたら、引き渡して貰えと」

オーガスタスは暫く、絶句した。

二人の騎士が、ゼダンを引っ立て、もう一人が振り向き告げる。
「ああ、ディアヴォロス殿の伝言をお伝えしろと。
“後は引き受ける”」

オーガスタスは呆けきった。

そしてふと、思いつく。
多分ローフィスから、ディアヴォロスへと連絡が行たんだと。

オーガスタスはやっと納得が行って、背を向ける騎士に告げた。

「アドラフレン殿とディアヴォロス殿に
“感謝する”とお伝え願いたい」

騎士は振り向くと、感じ良く笑った。

アンネスとアスランは居間の窓から顔を出し、引っ立てられていくゼダンを見送った後。
玄関の扉を閉めようとした、オーガスタスにつぶやく。

「詐欺師…だったんですの?」

アンネスの言葉に、オーガスタスは頷く。
「証拠はご主人の書斎に散らかってる。
金貨と宝石だから、貴方の手でしまわれた方がいい」

それを聞いた途端、アンネスは慌てて窓から首を、引っ込めた。

オーガスタスはまだ窓から顔を出して、ぽかん…と見つめてるアスランに告げる。
「父君の親友の、ネース殿?
に連絡取れ」

アスランは頷く。
そして顔を引っ込めようとするから、オーガスタスは付け足した。
「…これでもう、無理して『教練キャゼ』にいる必要は無い」

けれど首を引っ込めかけた、アスランは泣きそう。
「…でも僕…すごい落ちこぼれだけど、僕…」

オーガスタスは泣かれそうで、慌てて言葉を付け足した。
「…勿論、お前が『教練キャゼ』が好きで居続けたいなら。
みんな、力を貸す」

アスランはその時泣き笑い顔で、それでも嬉しそうに微笑んだりするので。
泣かれずオーガスタスはほっとして、安堵のため息を吐き出した。
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