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ローランデを乞う自分を自覚するギュンター

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 ローランデがシュルツに、自分のお抱え治療師が下したラナーンの容態についての説明をし、処方された薬草を手渡して退室しようと、背後に振り向く。

レナルアンはギュンターの腕に腕を巻き付けたまま、ローランデを敵視したけど。
ローランデは微笑を浮かべ、横を通り過ぎた。

戸口で待ってるヤッケルと共に、居間を抜けてシュルツの私室を出る。
後から、腕にレナルアンを巻き付けたままのギュンターも出て来て…ローランデは思わず、振り返った。

ギュンターは、自分を見つめ微笑を浮かべ、頷いたのち背を向け、ヤッケルと笑顔で話す、ローランデを見つめた。
レナルアンはそんなギュンターを見上げ
「…だから…無理だって。
高嶺の花なんて、もんじゃないぜ?」
そう、ぼそり…と告げる。

けれどギュンターはローランデを見つめたまま
「俺は、どう見えてる?」
とレナルアンに尋ねる。
レナルアンはギュンターを見上げ
「自覚…無いの?
どうしても欲しい…高い山にある、手の届かない花を見つめてるみたいだ」

ギュンターはやっと、レナルアンに振り向く。
そしてもう一度。
去って行く、ローランデの背を見つめた。

しなやかな肢体。
たおやかで穏やかな微笑。
長い足。

足音を殺す足運び。
艶やかな長い髪。

気品と…同時に内に、殺気放つ疾風の鎌鼬かまいたちの、圧倒的な強さを隠し持つ…。

ギュンターは、自問した。
“剣で絶対勝てそうに無い相手だから、自分の物にしてしまいたい?
俺は、そんな卑劣な野郎なんだろうか?"

けれどヤッケルに笑顔を向けるローランデは…誰よりも。
どんな相手より、美しく見えた。

容姿だけで無く…その、存在が。

「俺…誰の目にも分かるぐらい、ローランデに見惚れてたか?」
ギュンターの問いに、レナルアンがぶんむくれで言葉を返す。

「思いっきり、俺素通りして!
ローランデに見惚れまくってたから、アタマにキたぜ!!!」

ギュンターは怒鳴るレナルアンに振り向く。
ローランデですら、その大声に自室の扉を開けようとし、振り返る。

そして、レナルアンに告げた。
「ギュンターが私に見惚れるなんて、あり得ない」

ギュンターはその言葉を聞き、顔を上げてローランデに尋ねる。
「なぜ…あり得ない?」

ローランデの横で、ヤッケルはなぜかハラハラして、ローランデの横顔を見守った。
天然ボケな分、いざと言う時空気を読まず、直球で誤魔化す事もせず、真実に迫るから。

ローランデはギュンターに尋ねられ、目を見開く。
「貴方を慕って押しかけて来た女性らは誰もが。
素晴らしい美人ばかりだったと…。
レナルアンも、とても綺麗で貴方の相手になり得る。
男性など恋愛の対象と、考えた事も無い私の出番なんて、どこにあります?」

ギュンターは、顔下げる。
頭の中で
“男性など恋愛の対象と、考えた事も無い”
と言ったローランデの言葉がリフレインし…。
途端、目眩に襲われ、足元がグラつく気がした。

“どうしても、必要だ!
バランスを取るために!”

自分の内から叫び声がし、自問する。

『なんの…バランスだ?』

“自分が、無償の愛から見放された、哀れな生き物だと自覚する、惨めな思いから逃れるために”

『それは俺の事情で…ローランデにそれを押しつけても、彼に愛して貰えるとは思えない』

自分から産まれた問いに、そう返答した時。
ギュンターは初めて分かった。

結局、ローランデに愛して貰う事は不可能で、なぜか自分はどうしても…それを、認めたくないのだと。

もう一度。
ギュンターは今度は、挑むようにローランデを見た。
真っ直ぐ見つめる、紫の瞳。

横でそれを見たヤッケルは、内心ザワめきまくって嫌な予感に包まれまくったけど。
ローランデは微笑んで、ギュンターに頷くと、扉を開けてヤッケルを中へと、促す。

ギュンターはローランデに思いっきり気づいて貰えず、スカされた時。
かっ!と体が、燃え立つ感覚に襲われた。

“溶けるはずの無い氷が、溶けた…。
後は灼熱の溶岩と成り、自分も相手も、焼き尽くす”

それは、外れる事の無い占い師の言葉なのか、自分の内なる声なのか。
ギュンターには、分からなかった。
が、ギュンターは挑む事しか、進む事しか出来ない自分を、止める術など無い事を、思い知っていた。

レナルアンが思い切り、ギュンターの腕を引いて振り向かせ、半ば叫んで言い聞かす。
「どうして…振り向かない相手の気を引こうとする?!
俺は、ここに居るのに!!!」

ギュンターはその時初めて、マトモにレナルアンを見た。
そして、呟く。
「…だってお前は…俺じゃ無くても、こと足りるだろう?」

レナルアンは、目を見開く。
「だけどあんたはあんただけで。
他の誰にも、あんたには成れないんだぜ?」

「けど俺で無くても。
お前は満足出来る」

ギュンターに突きつけられるように言われ、レナルアンは俯く。
「それは…確かに、そうだけどさ」

けれど顔を上げると、ギュンターに囁く。
「あんたに惚れなきゃ…寝てくれる?」

ギュンターはそこでようやく、ぼそり…と言葉を返した。
「だから俺は…。
恋愛感情抜きなら、情事の誘いは不都合が無い限り、断らない」

レナルアンは一気に笑顔になって尋ねる。
「じゃ、今から来る?
フィンスの部屋だけど」

ギュンターはレナルアンに振り向く。
「今夜は、無理だ。
今後どう動くか聞くため、オーガスタスらに会わないと。
グーデン配下は当分、動かないとは言ってるが…」

レナルアンはふくれっ面をする。
「…打ち合わせ?」

ギュンターは頷く。
そして、レナルアンをフィンスの部屋の扉の前に促すと
「またな。
もう遅いから、今日はゆっくり休め」
そう告げて、背を向けた。

けれどギュンターは背を向けたその向こう。
ローランデの私室に彼の存在を感じ、離れて行く自分が…寒々しい気分に成り、慌てて階段を駆け下り、三年宿舎に駆け込み。
大食堂の横、大貴族宿舎に続く階段を駆け上がり、ディングレー私室の扉を開けた。

バンッ!!!

扉を開けると、召使いが慌てて出て来る。
ギュンターはその時ようやく豪華絢爛な室内に気づき、ここが王族の部屋だと思い出す。
が、召使いはギュンターを見
「皆様はそちらのお部屋です」
と、扉を指し示した。

ギュンターは落ち着きを何とか取り戻し、頷いて早足で歩を進める。

扉を開けてそこに。
振り向くオーガスタス、ディングレー。
そしてローフィスの姿を見つけた時。

ギュンターは自分でも意外なほど、ほっとした。

オーガスタスが、酒瓶を持ち上げる。
「超高級酒だぞ?!」

ディングレーが、顔を下げてぼやく。
「ほぼ、入ってナイじゃないか…。
幾ら王族だって、早々手に入らない酒だが。
もう一本取ってあるから…」
と、椅子を立つ。

横のローフィスが、取りに行くディングレーに
「ケチるな!」
と声かけ、頷くディングレーは扉を開け、召使いに持って来るよう頼む。
そして皆に振り向き
「風呂が使える。
これだけ酒飲んで、屋外の露天風呂も無いだろう?
入れる者から、風呂使ってくれ」
と、オーガスタスの横に、腰を下ろそうとするギュンター。
自分の杯に、ほぼ空の瓶から酒を注いでるオーガスタス。
杯をオーガスタスに向けて突き出すけど、自分の杯には酒が注がれそうに無くて、ぶすっ垂れるローフィス。
を、順に見て言った。

誰も聞いてない風で、ディングレーは戸口で待つ召使いに
「いいからシュランゴン酒を、大至急持って来てくれ。
後、何本残ってる?」
問われた召使いは、小声で囁く。
「先日執事殿が。
どうしても必要な時にと。
三本、用意して下さいました。
が、身分高い者へ、利便を図ってくれた時の、礼として使うようにと」

ディングレーは背後に振り向く。
三人とも、平貴族。

ディングレーは召使いに顔を戻し向け
「身分は関係無い。
利便を図ってくれる者達だから、執事に胸張って報告出来る」
と告げ、召使いは
「あなた様がそう、おっしゃるのなら」
と酒を取りに、下がった。

ローフィスがしつこく、オーガスタスの腕に杯をブツけ
「少しは俺の方にも、寄越せ!」
と催促してるのを見、ディングレーはまたオーガスタスの腕にブツけようとするローフィスの杯を、手で止め、退けると、椅子に座って告げる。
「直ぐ、酒は来る。
オーガスタスから横取りしようとするな」

ギュンターはオーガスタスから手渡された、空の杯を持たされ
「…入ってナイのに。
ナンで、手渡す?」
と愚痴垂れていて、ディングレーは仕方無く、自分の杯に残っていた酒を、ギュンターの杯に注ぐ。

ギュンターは注がれた酒を見る。
のでディングレーは
「…俺の飲みかけ入れたの、マズかったか?」
と聞いてみる。

が、ギュンターは
「悪いな。あんたの分、取ったみたいで」
と言いながら、一気に飲み干す。

その後
「…なんだこの…すげぇ美味い酒…」
と呟く。

ローフィスは
「お前…馬鹿か?
貧乏人には一生に一度も、飲む機会のナイ超高級酒を、一気飲み?」
と呆れきって呟く。

オーガスタスも頷いて、意見を述べた。
「せめて三口ぐらいで。
味わって、飲むもんだ」

ギュンターは数滴しか残ってない、杯の底を見つめる。
「…もっと早く、言ってくれないと」

ディングレーは呆れきってぼやく。
「言う間も無く、煽ったくせに」

「違いない」
オーガスタスに言われ、ローフィスにも
「焦りすぎだ」
と相づち打たれ、ギュンターは肩下げる。

けれどさっき感じた強烈な孤独と、寂しく悲しい感情は一気に遠ざかり…ギュンターは心の底から、ほっとした。

召使いが持って来た三本の追加酒も、四人がかりで飲めばあっという間に無くなる。
「明後日が、明日だと良いのに」
酔い始めたディングレーのぼやきに、ローフィスは杯を傾け、残ってる数滴を口に落とした後、振り向く。
「明後日が週末で。
おおっぴらに寝坊出来るから?」
ディングレーは頷く。
「明日の一限目。
遅刻する自信がある」
ローフィスは、かなり酔ってるディングレーを見、呆れて聞く。
「…一限目、ダケか?」

オーガスタスはギュンターを見る。
「お前は当然、どっかで眠り込んで、サボりだろう?」
ギュンターは大きく首を、縦に振る。
「自分の部屋なら、起こされない限り寝てる自信がある」

オーガスタスは頷く。
「俺は自室では寝ない。
誰かに絶対、起こされそうだ」
ローフィスもかなり酔って、笑いこける。
「それは、あり得る。
モメ事起きると、講師が手を借りに、やって来るもんな!」

その後四人は酔っ払ってどうでもいい事で笑いこけ、その後誰とも無く声は途切れ、全員がその場で、眠りこけた。

誰も風呂を使ってないので様子を見に来た召使いは、ソファに沈み込んで寝てる四人を見つめる。
別の召使いもやって来ると、囁く。
「誰が彼らを、寝台に運べると思う?」

二人は何とか運べそうなローフィスとギュンターを見、その後絶対重くて運べそうに無い、自分達の主人とオーガスタスとを見た。

「…見なかった事にしようか?」

その提案に、もう一人は頷き、寝ている彼らを起こさないようそっ…と足音殺して二人は部屋を出ると、音を立てないようたいそう静かに、扉を閉めた。
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