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生い立ちを偶然語ることになる、オーガスタス、ギュンター、ローフィスの三人

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 デルアンダーが先頭で、馬を操るセシャルとシャクナッセルを真ん中に挟み、前後左右をその他の大貴族らが取り囲み、護る。

結構な速度だった。
が、シャクナッセルは軽く手綱を取ってるにも関わらず、少しも遅れず。
セシャルは巧み、そのものの乗馬で、大貴族らにもひけを取らなかった。

ディングレーは馬を蹴立て、セシャルの隣を駆けるラッセンスの横を、速度を上げて通り過ぎると、先頭、デルアンダーに馬を並べて叫ぶ。
「悪かったな!
任せっきりで!」

デルアンダーは黒髪散らし横に馬を付ける、激しくも男らしいディングレーを嬉しそうに見つめ、頷く。
ディングレーが先頭に立つと、二人の愛玩と大貴族らの速度が彼に習って上がり、三年らも四年らも、王族ディングレーを先頭に駆けるその一群の迫力に、つい見とれて速度を落とした。

ギュンターは一番最後尾を、ちんたら駆けさせるオーガスタスとローフィスに併走し、迫力のディングレーと取り巻き達の駆ける様子を、背後から眺めた。

「…みんな、思ってるようだが、格好いいな」

ローフィスはダレながら馬を走らせる、直ぐ目前の四年らの群れを見、呟く。
「やさぐれた俺達の仲間ですら、それは同様、思ってるな…」

ギュンターはローフィスに、直ぐ振り向く。
「その、ディングレーにあれだけ慕われてるって、どんな気分だ?」

金の巻き毛を靡かせ、紫の瞳をキラリと光らせるギュンターの美貌を呆けて見た後、ローフィスはぼやく。
「どんなもこんなも…。
俺がディングレーと出会ったのは、まだ入学前。
あいつ、体格と育ちは凄く良さげな、けど餓鬼だったからな…」

ギュンターは目を見開く。
「…あんな迫力、無かったのか?」
ローフィスは素で頷く。

オーガスタスも顔下げると
「一年の時も、態度は立派だが…やっぱまだ少年っぽくて…。
最近だよな?
迫力出て来たの」
と、ローフィスに尋ねる。

ローフィスも頷く。
「大抵三年になると、体も育って迫力も出て来る。
ディアヴォロスとオーガスタスは別。
ディアヴォロスが二年の時しか、俺は知らないが。
もう迫力あったし、オーガスタスは一年の入学の時。
段に上がった時から目立ちまくり。
上級生がこぞってガンつける中、少しもビビらず、見つめ返す大物。
案の定、その後いちゃもん付けてくる四年相手でも、少しも引かず喧嘩し勝ってた」

ギュンターは横を併走する、最上級生になってすっかり貫禄の塊、威風堂々としてるオーガスタスを、改めて見た。

オーガスタスはギュンターの尊敬の眼差しも相手にせず、ぼそり…と告げる。
「あのな。
奴隷小屋の、将来、高官の護衛候補の見せ試合で、いっつも大勢の大人に見られてたら。
学生ごときに見られた程度じゃ、ビビらなくなる」

ギュンターが思わず尋ねる。
「それ、幾つの時の話だ?」
「8、9才頃だ。
俺は体がデカかったから、いつも12~14才の組に入って。
対戦相手は年上しかいなかった」

ギュンターは躊躇ったが、尋ねた。
「…幾つの時に…奴隷小屋に入ったんだ?」

オーガスタスはむすっ。とした顔で呟く。
「6才の時、両親が馬車に轢かれていっぺんに死んで。
死体で帰って来た、その晩に奴隷小屋の野郎がやって来て、ムリヤリ引っ張られた…。
隣の酔っ払いが、親が死んで幸いと、酒代欲しさに俺を売ったんだ」

ギュンターはムキになって怒鳴る。
「赤の他人が?
だってそんな権利、無いだろう?!」

オーガスタスはまだ、むすっとして答える。
「親父とお袋は、駆け落ちだった。
故郷は遠いわ、親とは縁切られてたわで…俺の引き取り手なんていなかったから。
奴隷小屋にいなきゃ、ヘタしたら野垂れ死んでたかもな」

ギュンターは、顔を下げる。
「…酷い場所か?」

オーガスタスは躊躇った後。
顔を上げ、答える。
「大好きな両親が死んだ後だ。
食い物も住む場所も。
酷かろうがどうだろうが、構ったこっちゃ無かった。
俺は剣士として鍛えられ、最初は素手で殴り合う試合に出された。
…うんと、年上のゴツいヤツが相手で。
その試合で殴り殺され、両親の後を追う気でいた」

ギュンターはそれを聞いた途端、胸が酷く痛み、そっ…と、オーガスタスの横顔を見つめた。

オーガスタスは表情を変えず、囁く。
「が…腹が、立っちまってな…」

ギュンターは更に覗うように、オーガスタスを見つめる。
オーガスタスは真っ直ぐ、前を見ていた。
その向こうのローフィスは、とっくに知ってるらしく、顔下げていた。

「…殴られ続けて、死ねると思ってた。
が…気づいたら、殴り返していた。
…キレたんだろうな。
もうその後は、殴られようが殴り返し続け…。
結局素手じゃあり得ない、両者血まみれの凄まじい試合になって…。
俺は大怪我負って、文字道理死にかけた。
…目が覚めた時、殴られた痕はあちこち痛んだが…不思議と殴り返した分、気分は爽快だった」

ギュンターは俯き、そして呟いた。
「…そうか…。
俺は近所の餓鬼に、俺だけは兄弟と似てないと…いつも虐められ、殴られてたが、兄貴二人がいつも駆けつけて…殴り倒してくれてた」

オーガスタスはギュンターを、チラ…と見
「ありがたい兄貴だな」
と呟く。

ギュンターは顔をうんと下げ、呻く。
「が、近所の餓鬼に殴られない分、兄貴に殴られた。
…つまり虐められるのは、俺が弱い証拠で。
いつも助けに入れるとは限らないから、強くなれと。
兄貴らに、隙あらば殴られ続けた」

返答無く静かなので、ギュンターが顔上げると。
オーガスタスもローフィスも、無言で顔を下げていた。

ギュンターは俯く二人を見つつ、言葉を続ける。
「ずっと盗賊が超えて来る、一番の崖近くで、盗賊から俺達を護ってくれていた領主が、とうとう…盗賊らに殺されて以来。
俺達の領地が最前線となって、毎年盗賊が襲ってくるようになってからは…。
兄貴に殴られ続けた鬱憤全部、屋敷に入り込んできた盗賊にブツけるようになった。
まだ餓鬼だったから、危ないって剣は持たせて貰えない。
屋敷はほぼ石壁の古い造りで、亀裂が幾つもあって俺みたいな餓鬼が隠れられる小さな隙間が幾つもあり…。
俺が先頭で、囮となって盗賊の気を引き、縄張った場所へ誘い込んでは転ばし。
弟二人と一緒に木の棒持って、ぼこぼこに殴ったり蹴ったりし、数を減らすのにかなり、貢献した」

やっと、ローフィスがぼそり…と呟く。
「…鬱憤晴らしと一石二鳥で、良かったな…」

横のオーガスタスも、俯いたまま無言で頷いていた。

ギュンターはオーガスタスが普段に戻ったようで、ほっとしたものの。
その向こうで馬を走らせるローフィスを見つめ、問う。
「あんたんとこは、両親とも健在か?」

ギュンターに聞かれたローフィスが、一瞬口を閉じるのを。
横のオーガスタスは、無言で見守る。

ローフィスは少し掠れた声で、囁くように告げた。
「クソ口の悪く、クソ態度の悪い、一見風来坊のような胸くそ悪いヤツだが。
…あれで親父としては、最高なヤツだ」

ギュンターはローフィスの褒め言葉に、目を見開く。
「…聞いたこと無い褒め言葉だが。
いい親父だっての、ダケは伝わった」

ローフィスは、オーガスタスより少し前に馬身を進めるギュンターを、たっぷり見て呟く。
「“いい"…じゃない。
“最高"だ。間違うな」

オーガスタスが、それを聞いて快活に笑う。
「会うと毎度、“喧嘩してるのかこいつら?"
ってぐらい、口汚くののしり合いするけどな!」

ギュンターはローフィスの、真っ直ぐ前を見つめる、意志の強い青の瞳を見る。
「…お袋さんは…?」

聞かれたローフィスは、ちょっと俯く。
オーガスタスが、気遣うようにローフィスの横顔を見守った。

「餓鬼の頃からいない。
俺を産んで直ぐ、亡くなった。
餓鬼の頃、俺も母無しっ子と罵られ…頭に来て親父に怒鳴り込んだ。
“ナンで俺には、母が居ない!”
親父は…馬鹿だから。
“俺は凄い親父で、母親の代わりも出来るから、必要無いんだ”
なんて偉そうにのたまうんで…もっと腹が立ち、怒鳴りつけた。
“あんたには、柔らかくて優しい、丸く膨らんだ胸が無いじゃないか!”」

そしてローフィスは、隣のオーガスタスと、こっちを見てるギュンターに振り向き、爽やかに笑う。
「…実際、あいつ親父はごっつい胸板で、触り心地も固くて最悪だ」

オーガスタスが、下を向いて笑いを堪えるのを見て。
ギュンターも笑ったものかどうか、暫し二人を覗った。

ローフィスは笑顔を止め、ぽつり…と話し続ける。
「…そしたら親父のヤツ、小さな餓鬼の俺を、馬の前に乗せ。
暫く走らせて…。
ある屋敷の、裏庭に回ると馬を下り、こっそり庭にいる女性をヤブのこちらから覗き、指さして言う。
「…“お前の母親は、あんなカンジだ。
良く似てる。
…もっと細く、華奢で、目の色も濃い青色だが”」

ローフィスはその時を、鮮やかに思い浮かべながら、微笑む。
「明るい栗毛の…明るくて優しそうな美人だった。
彼女、裏庭で覗き見してる俺達に気づき、叫ぶんだ。
『何しに来たの?!
良くノコノコ、顔が出せたものね!』
俺は…怒鳴られた親父を見た。
親父は彼女からは、背が低すぎて見えない俺の頭に手を置き、言ったんだ。
『俺にはナニ言っても良いが。
こいつは歓迎してやれないか?
彼女の、忘れ形見だ』
…その後のことは、俺の一生の思い出だ。
彼女は駆けて来て、垣根の扉を開けて一瞬で俺を腕の中に抱き、泣いたから。
初めて感じた、暖かくて柔らかでふくよかな胸で…。
俺は横の親父見上げ、ついぼやいた。
『本気でこの胸に、勝てるとか、思ってたのか』
聞くと親父は肩すくめ
『俺の女装だって、それ程悪くないはずだ』
なんてバカを、やっぱり言って…」

やっぱりオーガスタスは、顔を下げて笑いを堪え、ギュンターは語り続けるローフィスの横顔を、つい見守った。

ローフィスは微笑んだ後、真顔に戻ると…口開く。
「…別れてから、暫く後に一人でその屋敷に出向いた。
彼女は『盗賊に捕まったら、どうするの?!
こんなに小さいのに、一人で来るなんて!!!』
と叫び…祖母と…祖父にも、会わせてくれた。
彼らが言うには、親父が大事な娘をさらったと。
けれど…その彼女…。
母の妹で、つまり叔母だな。
…が、言うには…体が弱くて。
子供なんて、産めない体なのに、親父に恋して。
深夜こっそり、笑って出て行ったと。
反対されてる家族に、連れ戻されるのが嫌で…。
今際いまわきわにやっと一目、会えたけど直ぐ息を引き取って。
だから祖父さんらは親父を、今でも憎んでるけど。
俺には…いつ来ても、いいと言った。
それで、帰ってクソ親父に聞いた。
『俺を産まなかったら、母さんは死ななかった?』」

もうそこで、ギュンターには分かった。
ローフィスのクソ親父は、彼の母親を愛していたから。
家族に憎まれようが、彼女の意思を、尊重したのだと。

「正直…俺が殺したようなもんだ。
だから俺は、親父に迫った。
どうして俺を殺してでも…彼女を救わなかったのかと。
親父は…」

ローフィスは顔を下げたオーガスタスと、やっぱり俯くギュンターが、自分に同情を寄せてると感じた。
だから、話を続けた。
「親父が言うには
『追い返すのが、筋で、正解だった。
が、お前そっくりの頑固者。
体は弱くても…一度こうと決めたことは貫き通す、石のような女で。
俺はもう、彼女にメロメロ。
“惚れて無い”と嘘を言った。
が、簡単に…バレちまって。
お前が出来た時、俺は堕胎薬を用意した』
…自分でも親父に同感だったが…。
俺は自分が思ってたより、その言葉にショック受けちまって。
…だがそこで、親父は俺を見て笑うんだ。
『その時の俺は、お前より母さんを取る、ロクデナシ親父だった』
悪戯っぽい、憎めない笑顔で…。
クソ親父だろう?
そんな笑顔で…俺を殺そうとしたとか、コクるんだぜ?」

ギュンターは顔を下げきったが、オーガスタスは顔を下げたまま、笑って言った。
「俺が親父さんなら、同じ事をするな」
「だからお前は、俺の親友なんだ。
親父同様、糞野郎だからな」

ローフィスの返答にオーガスタスが肩を揺らし笑うのを、ギュンターは呆れて見た。
けれどローフィスの声は、引き続き聞こえ…。

「ともかく…先を聞いたら、お袋は親父の頬が赤く腫れるほど、ひっぱたいたそうだ。
『せっかく授かった命に、なんてこと言うの!!!』
…痛快だった。
けど親父も、そう感じたらしい。
俺を産んで…うんと弱って。
立てなくなって…悲しかったが、彼女の強気は治らず
『寂しくない。
私の体はどっちみちポンコツで、長く保たなかったけど。
この子と共に、もっと生きてられるの。
…それって、凄くない?』
そう言って…最後まで、笑ってたそうだ。幸福そうに。
俺を見て。
だから…逝っても、泣けなかったそうだ。
俺を見ると、俺の中に、母が居たから」

ギュンターはもらい泣きしそうで瞳が潤み、顔を下げた。
が、ローフィスは言った。

「ふざけたクソ親父はその時
『あ、俺が女装してもお前の母親にはなれないが。
お前の母さんはお前の中に居るから、お前が女装すれば…』
とのたまうんで…」

ギュンターは涙がピタリ…!と止まるのを感じ、オーガスタスですら、呆れてそう言うローフィスを見た。

「最後まで言わせず、俺もお袋を見習って、親父の頬を張り倒した」

そう言ってローフィスは、青い青い瞳で、オーガスタスとギュンターを見る。

ギュンターは呆れて言葉が出ず。
オーガスタスはくっ!!!と身を折り、その後暫く笑い続け、ローフィスに
「…だから最高だけど、クソ親父だと言ったろう?」
と言われ、ずっと、頷き倒してた。
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