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立ちはだかる大木との戦いと、家出した令嬢アレクサンドラ

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 間もなく崖を上がり始め、全員の速度が落ちる。
馬が一歩一歩、足を持ち上げ上へと迫り出しながら崖道を上り、やっと少し平坦な場に出たと思うと、目前には大木が倒れ、道を塞いでいた。

講師の後に続く、ディングレーと取り巻き大貴族ら。
その後ろに三年らの群れが居たが、皆一様に、道を阻む大木の大きさに目を見開く。

その後ろにだらけて馬の上に居た四年らは、一斉に顔を背け、大きなため息を吐き出した。

講師が大木の上に置かれた、幾本もの斧を顎で促し、馬から降りる。
ディングレーは直ぐ講師に習い、馬を降りた。
それを合図に、取り巻き大貴族らも馬から降りると、その後ろに群れる三年らも習うようにして、一斉に馬から降りた。
まだ騎乗していたセシャルとシャクナッセルは、周囲がすっかり開いて、顔を見合わせる。

三年らが馬から降り、目前が一気に見晴らし良くなった四年らは、馬上から降りないまま囁き合った。
「…このまま、回れ右して帰りたい大きさだ」
「これホントに、午後の授業時間で撤去出来ると。
講師は思ってんのかな?」
「…斧が、凄く小さく見えるぜ…」

ディングレーが真っ先に進み、大木の上の斧を手に取る。
ディングレーでさえ、少し背伸びしないと取れない程の高さ。
けれどそれは、大木の横幅でしかない。
馬四頭が並んで通れるほどの広さの道を、横たわる大木はすっかり、塞いでいた。

四年らはまだ馬から降りず
「ディングレーが手にして、あの大きさだぜ?」
「…結構、デカい斧だったんだな」
「あの木と比べたら、まるで小人の斧に見える」
「…やっぱり、バックレようか?」
と囁き合った後、後ろを振り向く。
が、背後の馬上にいるオーガスタスにじっ…と見つめられ、全員オーガスタスと目が合ったまま、固まった。

「…あいつ…逃げる気ナイな」
「どころか俺達を、逃がす気も無さそうだ」

そこで四年らは大きなため息と共に、やっと馬から降りた。

「切る者と、切った木切れを横に退ける者に別れろ!」

講師に叫ばれ、ディングレーは背後のデルアンダーらを見つめ
「モーリアスとシャウネスに、セシャルとシャクナッセルを見張らせろ。
テスアッソン。
二人に目を配れ。
他は斧を持て」

デルアンダーは頷き、オルスリードとラッセンスに視線を送る。
長身で体格の良い三人が斧を持つと、三年を押し退け、力自慢の四年らが進み出、同様斧を握る。

リーラスが斧を持ってるので、講師は慌てて制止しようと、口開いた。
が、斧を持ち上げようとするリーラスの背後から、肩を叩く者がいる。
リーラスが振り向くと、オーガスタスが立っていて。
手を差し出す。
リーラスは自分の手に握る斧を見た後。
オーガスタスに、差し出した。

オーガスタスはリーラスから斧を受け取り、手に持つと、大木に寄って行く。
リーラスは背後に下がって、直ぐ後ろに立つローフィスに尋ねた。
「…なんで俺じゃ、ダメだ?」
「周囲を見ないで、遠慮無く凶器を振り回すから」
「…凶器って、斧のことか?」
ローフィスは腕組みし、当然。と頷く。

ギュンターも横に立ち、逞しいディングレーとオーガスタスが、斧を振り上げ思いっきり大木に、叩き込むのを見た。

「…格好いいな」
ギュンターの感想に、ローフィスも頷く。
「女が側に居れば、一発で参る男らしさだ」

間隔を開け、デルアンダー、オルスリード、ラッセンスらと四年数名が、斧を巨人のような大木に、思いっきり振り込む。

幾つかの、深い切り込みが入ったところで、講師が怒鳴った。
「そこまで!
避けて、休んどけ!
他全員、ナタを持って削れ!」

大木の横の、古びて汚い大きな木箱から、講師は進み出る三年らに、ナタを手渡す。
四年らの番になると、手渡す際
「いいか。
くれぐれも、周囲を見て振り回せ。
絶対、怪我人を出すなよ!」
と注意した。

ナタを手渡された四年らは
「ナンで三年には注意しないのに、俺らに言うかな?」
とボヤき、大木の切り込みにナタを振って、削り始めた。

講師は
「身軽なヤツは、木の上に乗れ!」
と叫ぶので、ギュンターとローフィスは同時に木に登った。

「…それにしても、デカい木だな」
ナタ振るって木を削るギュンターのぼやきに、ローフィスも頷く。
「道を完全に塞ぐ程、デカいもんな」

暫く削ると、また講師が怒鳴る。
「見てるヤツらに、ナタを手渡し交代しろ!」

削ってた皆は、見てる者らに、ナタを手渡す。
モーリアスとシャウネスも手渡され、シャクナッセルとセシャルもナタを手に持つ。

テスアッソンもナタを貰おうと寄って行くが、背後からディングレーに肩を掴まれ
「いいから、怪しいヤツが近寄らないよう、見張ってろ!」
と命じられた。

テスアッソンはため息交じりに、四人を見ていたが。
セシャルはともかく、シャクナッセルがあまりに非力で。
交代を申し出ようかと幾度も躊躇い、前進しかけては歩を止めた。

モーリアスが嬉しそうに、ナタで思いっきり木を削ってるセシャルを見て、叫ぶ。
「結構、ストレス解消にいいだろう?!」
セシャルは少し微笑み、頷きながらまた、ナタで大木を斬りつけた。

シャウネスは、ナタで木をなでてるみたいなシャクナッセルを見ると
「怪我さえしなければ、削れなくても気にするな」
と告げ、カッ!とナタを木に振り下ろし、木に喰い込ませて剥がし取った。

斧、ナタの2交代が繰り返され、少しずつ大木は削られて行く。
「暖炉の薪に使うから。
切り取れた木片から、運び始めろ!」

講師の声で、切り出した木片をナタ班が後ろに投げ、控えのナタ班が、それを道の端に運び、積み上げ始めた。

削れた場所がならされると、また斧班が、力任せに切り込みを入れ始める。

5交代目でようやく、一番削れてる真ん中部分が、地面に到達した。
講師は相変わらず
「間隔を保て!
怪我人を出すな!」
と注意を怒鳴り続けていた。

やっと真ん中から木が取り除かれ、馬が二列で通れるほど、広くなった。
まだ両端に、木の残骸は残っていたが、講師は
「道具を木箱にしまい、騎乗しろ!」
と命じ、皆は大きなため息と共に、斧やナタを汚く大きな木箱に戻し、おのおの騎乗し始める。

道の両端には、積み上げられた薪がかなりの高さに積まれ
「かなりの家が、薪割りしなくて済む量だよな」
と、馬で通り過ぎる皆が、その量の多さに呆れた。

周囲に鬱蒼うっそうと木の茂る道を少し進むと、その先の幾つも道の分かれた坂道沿いに、家々が見えて来る。
殆どの家が木造の古い家で、石作りの家はほんの僅か。
どの家の暖炉からも煙が上がり、少し下った坂の下の広場では、村人達がテーブルを持ち寄り、料理や酒瓶乗せて歓迎の準備をしていた。

村長が飛んで来ると、講師と『教練キャゼ』の生徒らににこにこ笑い
「もう、通れるようになりましたか?!
流石ですね!!!」
と体格いい騎士候補の生徒らを見回し、満開の笑顔を見せた。
「どうぞ!
馬を下りて、飲んで食って下さい!!!」

その言葉に講師は頷くと、背後に続く生徒らに振り向き、手を振り上げて
「降りて、頂け!
お行儀良くしろよ!」
と叫んだ。

四年達は嬉々として馬を下り、前の三年を押し退け、テーブルに突進して行った。

ギュンターはなんとなくローフィスの側にずっと居続け、一緒にグラスと、料理の乗った皿を受け取る。
間もなくオーガスタスが姿を見せ、続いてディングレーまでもがローフィスの姿を見つけると、寄って来た。
ギュンターは呼びもしないのに寄って来る『教練キャゼ』大物二人が。
ローフィスを取り囲む様子を見、思わずじっ…と、横に立つ軽やかな色男風のローフィスを、無言で見つめた。

オーガスタスがギャッゼ酒のボトルを三本も持って来て、差し出すローフィスのグラスになみなみと注ぐ。
その後、オーガスタスはギュンターのグラスを見、ボトルを揺らすので、ギュンターはグラスをオーガスタスに差し出した。
オーガスタスはギュンターのグラスにも、なみなみ注ぐ。
ディングレーはオーガスタスに見つめられ
「まだ半分、入ってる」
と断った。

ギャッゼ酒はこの土地の特産、大粒チェリーを使った酒で、更にハチミツ酒も混ぜられ、甘みと酸味の混じった濃い味付けの、他には無い独特の味わいが特徴だった。
薬草も混ぜられ、口当たりも良かったから、子供ですら病気になった時、精を付けるために飲酒を許可されるぐらいアルコール濃度の低い酒で、都では女性が好んで飲んでいた。

だから酒に強い『教練キャゼ』の生徒らが、かなり飲んでも酔うことはまれ。
チェリーパイの他に、煮込んだ野菜をホワイトソースに絡めた具のパイや、肉の串刺しもあって。
ギュンターはとっくに、皿に料理を山盛り盛って、手にしていた。
串刺しの肉を頬張ってる最中、横からオーガスタスやローフィスの手が伸び、摘ままれて減っていく自分の皿の料理を、無言で見つめた。

その時、ざわっ!と声がして、ギュンターらが“ナンの騒ぎだ?”と揃って顔を上げた時。
皆が一斉に、村長と講師の横に、こんな僻地の村ではお目にかかれないハズの、品の良い令嬢の姿を見つけ、目を見開いていた。

講師が、振り向く。
オーガスタスと目が合い、次いで講師は横のローフィスに視線を向け、ギュンターの横のディングレーにも視線を送るのに、ギュンターは気づいた。

「…オーガスタス、ローフィス、ディングレー」

ギュンターの周囲の三人は、名を呼ばれて顔を上げた後。
オーガスタスとローフィスは、顔を見合わせた。

オーガスタスが顔を上げ、講師を見
「ナンの用だ?」
と代表で尋ねる。

講師はオーガスタスを見ると
「悪いがこの令嬢の家族が、ここに迎えに来るまで護衛を頼む」
と告げる。
そしてディングレーを見ると
「ディラック家のアレクサンドラ嬢だと名乗ってるが。
お前、顔を知ってるか?」
と尋ねる。

今度、オーガスタスとローフィス、ギュンターは、横並びのディングレーを見た。
ディングレーは頷くと
「ああ、知ってる。
が、令嬢はドレスのレディじゃなく、背後の付き人の、女中の方だ」
と言葉を返す。

教練キャゼ』の生徒らは、今度は一斉に、令嬢の後ろ、地味な召使い姿の若い女性を見た。

彼女は顔を、令嬢の後ろに隠すようにして、深く下げる。

講師は令嬢の後ろの女中の前に進み出て、尋ねた。
「…アレクサンドラ嬢ですか?」
彼女は仕方なさげに令嬢の背後から出ると、しぶしぶ頷き、囁いた。
「彼女は女性ながら、剣が使えるので」
と、令嬢を紹介する。
「…に、しても王家と血族の、名家の令嬢が。
こんな所にたった一人の女性の供しか連れず、いらっしゃるのは問題ですな」
講師に言われ、彼女は再び顔を下げた。

講師は小柄な令嬢に視線を落とし、囁く。
「…これは講義の一環で、我々は帰らなくてはならない」

その言葉を聞いて、オーガスタスもローフィスも。
そしてディングレーですら、講師が令嬢を、自分らに押しつける気だと気づき、互いに顔を見合わせた。

ディングレーが低い声で告げる。
「で、彼女の迎えは、もうこちらに向かってるのか?」

講師は女中姿の令嬢を見、返答を促した。
令嬢アレクサンドラは、凄く言いにくそうに、小声で呟く。
「…実は…。
迎えに来るどころか…私がここに居る事も知らないの」

オーガスタスは顔を下げ、ローフィスは天を見上げ、ディングレーは眉間を寄せた。
「…我が儘令嬢の家出の始末を、俺にしろと?!」
ディングレーが低い声で唸り、講師は肩を竦める。

「…ローフィス。
令嬢の邸宅を知ってるか?」
講師に尋ねられ、ローフィスはため息と共に顔を下げて頷き
「知らせて迎えを寄越すよう、ディラック家に足を運ぶ」
と小声で請け負うので、ディングレーは即座に便乗した。
「俺も付き添う。
俺が顔を出せばディラックの家の者も、信用するだろうから」

講師は頷き
「頼む」
と告げる。
が、ギュンターは呆れて口を挟んだ。
「ナニもここで迎えを待たなくったって。
彼女も一緒に、送り届ければいいんじゃないのか?」

が、講師の横に立つ、村長が呻く。
「実は…道が塞がれて幸い。
令嬢を追って来た盗賊が、塞がれた道の向こうで、手ぐすね引いて待ち構えてるので…」

オーガスタスは呆れ、ローフィスは顔を下げ、ディングレーは唸った。
「なら帰宅する『教練キャゼ』の生徒に紛れ、出ていくしか無いな」

講師もその申し出に、無言で頷いた。
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