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美人護衛、グリネスに睨まれる面々

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 けれど、さあ出発、とばかり、『教練キャゼ』の生徒らが騎乗した頃。
令嬢は着替えをすると言って、村人の家へ消えた。

講師はオーガスタスに首を振り、ローフィスとディングレーにも視線を向ける。
三人は仕方無く、出発する皆の群れから、馬を離して最後尾に移動した。

移動途中、講師の声がする。
「…それと、デルアンダー。
三人に付き添って、令嬢の世話を焼いてくれないか?」

三人が最後尾へと進む馬上で振り向くと、デルアンダーが頷き、馬の首を背後に回そうと手綱を引くのが見えた。

咄嗟、オーガスタスはローフィスに目配せし、ローフィスは素早く頷くと、講師に叫ぶ。
「令嬢の世話なら、ギュンターの方が適任だ!」

講師はデルアンダーに
「ちょっと待て」
と声かけた後。
ローフィスに怒鳴り返す。
「どこが適任だ!
令嬢がギュンターに惚れ込んで、家に帰りたくないと言いだしたら、どうする気だ?!」

ローフィスはとうとう馬を止め、振り向いて怒鳴る。
「そっちの心配なら、デルアンダーだろう?!」

講師も怒鳴る。
「デルアンダーとギュンターなら!
どう見てもギュンターが、女垂らしだ!」

ギュンターはまだ生徒らの群れの中に居たが。
四方八方から“女垂らし”と見つめられる視線を浴び、項垂れた。

ローフィスはもっと大声で怒鳴る。
「ギュンターの売りは寝技だから!
寝ない限り、顔と違って言葉も態度も下品だから、令嬢には惚れられない!
が、デルアンダーはダレもが認める、物腰柔らかで上品な紳士。
更に甘いマスクで、大抵の令嬢は寝なくても惚れ込む!」

デルアンダーは馬を止めて、講師を見た。
講師はしばしの沈黙後
「ギュンター!
三人に付いて行け!
令嬢には絶対、手を出すな!」
と怒鳴った。
ギュンターは顔下げた後。
突然手綱を引いて、馬の顔を背後に導いた。
後ろの皆は、ギュンターの馬が進めるよう、道を空けて通す。

ギュンターは最後尾に着くと、ローフィスに歯を剥いて怒った。
「あんな言い方、ナイだろう?!」

けれどローフィスの左横に付いたオーガスタスに
「けど講師は、納得したぞ?」
と言われ、更に右横のディングレーに
「説得力、凄くあったけどな」
と言葉を上乗せされ、がっくり首下げた。

講師は最前列で、チラ…とかなり離れた後ろの、村人の家の戸口を見。
令嬢がまだ出てこないのを確認し、怒鳴る。
「体力余ってて、盗賊退治がしたい有志は!
オーガスタスらを手伝い、残れ!
後は全員、『教練キャゼ』に帰る!」

叫ぶなり、突然馬を走らせ始め、デルアンダーを始め三年大貴族らが、セシャルとシャクナッセルを促し後に続き。
生徒らの群れは、一斉に駆け出した。

結局、オーガスタスを手伝う為残ったのは、リーラスだけで。
オーガスタスに馬を寄せると
「全員食い過ぎで、帰るなり寝ると、のたまってた」
と説明するので、オーガスタスは顔下げた。

「…まあ、いい。
血の気の多い、喧嘩好きのギュンター、確保したからな」
ローフィスの言葉に、再びギュンターが歯を剥く。
「俺は令嬢の世話じゃないのか?!」

けれどディングレーが、斜め前のギュンターを見、ぼそりと呟いた。
「だって喧嘩相手見つけたら。
お前、どれだけ満腹だろうが、すっ飛んで行って喧嘩しないか?」

オーガスタスも頷くと
「盗賊出たら、令嬢の護衛はローフィスに任せろ」
と言う。

ギュンターは二人を見た後、ローフィスに振り向き
「二人とも、あんたのコト、めちゃめちゃ信頼してるな」
とぼやくと、リーラスが笑い転げた。

「…っくくくくっ!
当然だ!
ローフィスは『教練キャゼ』内のいざこざでは禁じられてる、短剣の名手だからな!
令嬢に手をかける、前に盗賊、倒してる!」

ギュンターはそれを聞き、呆けてローフィスを見つめたが、皆は一斉に、農家の戸口に振り向いた。

令嬢がドレスに着替え、姿を現す。

黒に近い、濃い栗毛を胸に垂らし、グリンがかったブルーの瞳の、どちらかと言えば愛らしい顔立ちをしていて、15、6に見えた。

ギュンターがぼそりと
「15才じゃ、家出もしたくなる年頃だよな」
と呟くと、ディングレーが振り向き
「…18だぞ?
俺の記憶が確かなら」
と告げる。

けれどオーガスタス始め、ローフィスもリーラスもが、驚いて令嬢を見つめた。

令嬢役を演じていた、明るい栗毛できりりとした顔立ちの、青い瞳の美人護衛は。
少し背の低い令嬢のマントの裾を、引いて直していて、令嬢は感謝の眼差しで美人護衛を見上げていた。

「…あの護衛も、見覚えあるが…ああ見えて、確か16だ」
ディングレーの言葉に、オーガスタス、ローフィス、リーラス。
そしてギュンターですら、二人に視線を向けたまま、ぼやく。
「逆じゃ無いのか?」(オーガスタス)
「お前の記憶違いだな。
絶対取り違えてる」(リーラス)
「…俺も同感」(ローフィス)
「…あれで18?
…色気、無さ過ぎ」(ギュンター)

けれど聞こえたのか、美人護衛は、きっ!と五人を睨み付けた。
「…姫は18ですけど、何か?!」

ディングレーは自分まで睨まれ、顔下げてぼやいた。
「ナンで俺まで睨む…」

オーガスタスは躊躇った後、美人護衛に尋ねた。
「君は、21ぐらいか?」

美人護衛は、すっごくきつい目で、オーガスタスを睨み付ける。
リーラスは顔下げて、こっそりローフィスに囁いた。
「…どツボに、ハマってないか?もしかして」
聞かれたローフィスも、小声で呟き返す。
「…っぽいな」

今度は令嬢が
「グリネスはまだ、16よ?
あまりにも、失礼だわ」
と、穏やかに告げた。

オーガスタスは目を見開き、言葉に詰まる。
ローフィスはそれを見て、オーガスタスを助けようとした。
「失礼した。
どう見ても…」
つい習性で、ローフィスは美人護衛の、割と豊満な胸元に視線を向けてしまい、更に美人護衛に睨まれた。

リーラスもギュンターも。
そしてディングレーですらローフィスに振り向き、視線の行方を追い…。
胸を見てると分かると、一斉に顔下げる。

オーガスタスは慌てて
「ローフィス、令嬢を後ろに乗せてくれ」
と助け船を出し、ローフィスは顔下げて美人護衛の視線を避けつつ、馬から降りて、令嬢に寄って行く。
隣の美人護衛は、ローフィスを睨み倒し
「大丈夫なの?!
この方すっごく、スケベそうですけど」
と言い、令嬢も
「あら?
私の世話は、あの金髪の方がされるんじゃなくて?」
と訪ねて来る。

オーガスタスはいつも対人関係で、とっても器用なローフィスが、顔下げたままなのを見て。
努めて男らしく、ぼそりと言葉を足した。
「スケベと言うんなら、そいつより令嬢が世話役と思ってる、金髪のギュンターだ。
君より胸が無くても、平気で手が出せる。
ローフィスが弱いのは、君のような豊満な胸の女性…失礼。
まだ、少女だっけ?」

美人護衛は更に、オーガスタスを睨み倒したが。
オーガスタスは顔を背けて相手にせず、後の言葉を吐いた。
「令嬢のような、性的魅力の未熟な女性に対しては。
ローフィスは努めて紳士的だから、大丈夫だ」

令嬢は、ローフィスを見た。
その後、自分の胸を見、そして横の、美人護衛…グリネスの、前に突き出た胸を見る。

「………私…自分の胸が小さいだなんて、思った事無かったわ…」

ローフィスは顔を下げたまま
「いえその…標準だと思う。
グリネス嬢が、年より成熟してるだけで」
とつぶやき、顔を下げていてもグリネスのきつい視線が、自分に突き刺さってるのを感じた。

オーガスタスは手綱を引くと、暮れかかる陽を見つめる。
「ぐすぐすしてると、厄介な事になる。
さっさと騎乗してくれないか?!」

「私は、どなたの後ろに乗ればいいのかしら?!」
グリネスにきつい言葉で言われ、オーガスタスはため息交じりに、リーラス、ギュンター、ディングレーを見る。

「…リーラスはギュンターより、更に女に節制ナイから、ディングレーだな」

オーガスタスの言葉に、リーラスとギュンターは顔を見合わせた。

ローフィスは令嬢を自分の馬に導き
「…悪かったな。
御姫様が憧れる、美形のギュンターの馬じゃなくて」
と謝っていた。

けれど令嬢は素直にローフィスに手を借り、馬に横乗りすると、前に乗り込むローフィスの腰に腕を回し
「仕方ないわ…。
盗賊に目を付けられて追われた時は、本当に怖かったから…。
今はロマンスより、安全第一。
ところで…本当にあの方、グリネスより胸が無くても、私の事受け入れて下さるのかしら?」
と頬染めて尋ね、振り向いたローフィスを絶句させた。

ディングレーはグリネスが、後ろに乗って来るのを感じたが、振り向かずにいた。
が、グリネスに
「貴方があの二人より、スケベじゃないのは分かったけど。
あの二人が並外れてスケベなら、貴方も結構スケベ、ってコトよね?」
と言われ、顔を背けた。

けれど腰に腕を回され、グリネスの豊満な胸が、少し背に当たると、ぼそりと呟く。
「…この年頃の、普通の男は。
背に女性の胸が当たれば、普通に興奮する」
と、“普通”の二度使いをし、“普通”を強調してみた。

けれどグリネスに
「つまり、かなりスケベってコトを、肯定するのね?!」
と、きっつい声で怒鳴られ、顔を下げた。

オーガスタスしもう、やってられないとばかり
「行くぞ!」
と吠えるように一声叫び、馬を一気に駆けさせ。

皆も一斉に、馬に拍車をかけて、後に続いた。
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