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補習の行われてる鍛錬場の大騒ぎ

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 ギュンターは横に並ぶディングレーに、振り向いてつい聞いてしまった。
「…つまりあの令嬢。
あんたに会いたくて、安全な自宅から出て来たんだよな?」

ディングレーは、ナニを言い出すんだ?と、目を見開いて質問したギュンターを見つめた。
ディングレーの返答を待たず、ギュンターは更に呟く。

「…更に身分高い女達の肖像画が、山程届いてるって、言ってなかったっけ。
モテモテだな」

そう呟くギュンターを見、ディングレーは顔下げて呟く。
「お前ミニチュア見たんだよな?
あれ、俺だったか?」

気づいたギュンターは、首を横に振る。

「…つまり、本当の俺は全然、モテてない」

ギュンターはふと、顔下げてそう言うディングレーを見た後。
「悪い。
俺逆に傷、えぐっちまったか?」
と囁く。

ディングレーは思いっきり、頷いた。

鍛錬場に入ると、もうとっくに始まっていて、グループに別れ、皆剣を振っていた。
ディングレーのグループでは、ローランデが代わって指南していた。

ローランデを見た途端、ギュンターは心がほんわり温かくなり、なぜかやたら嬉しくて安心した。
まるで…自分の居場所に帰ってきたように。

けれどローランデがこちらに振り向くと今度は。
心臓がどきどきと高鳴る。

ローランデは真っ直ぐディングレーに視線を送り、会釈する。
ディングレーはローランデに頷くと、寄って行く。
ギュンターもなぜかディングレーに並び歩き、ディングレーのグループへと歩み始めた。

どんっ!
「ギュンター!!!」
突然押されて腕を回され、名を叫ばれて見ると、レナルアン…。
今度は腕回すレナルアンに、横に引っ張られ、見るとレナルアンの反対側の腕を、ラナーンが掴み引いていた。
「放せよ!!!
お前ンじゃ、無いだろう?!!!!」

ギュンターは引っ張られつつ、背を向けてローランデの方へ歩き去ろうとするディングレーの背の衣服を、とっさ掴んだ。

ディングレーは進もうとしたのに背後に引っ張られ、振り向く。
「…ギュンター…」
「…何とかしてくれ」

ギュンターの要請を受けたものの、ディングレーですらうんと離れた場所でレナルアンの腕を引いてるラナーンを、止めるのは躊躇われ。
ギュンターにそれ以上、引っぱられないよう踏ん張るので精一杯。

ギュンターはシュルツとスフォルツァが駆けつけて来るのを見、どれだけほっとした事か。

「放すのお前!!!
ギュンターは俺ンのだからな!!!」
レナルアンがラナーンに引かれる腕を、振りほどこうとしながら叫ぶ。
が、ラナーンはもっときつくレナルアンの腕を握り、腰据えて引っ張りながら叫び返す。
「嘘つけ!!!
シてないだろう?!まだ!!!」
レナルアンもムキになり、引っ張られた腕を引っ張り返して怒鳴る。
「機会が無かっただけで!!!
時間さえあれば直ぐシて貰える!!!」

鍛錬場からは、愛玩美少年二人の叫びに突然剣のカチ合う音が、一切消え去った。
皆、真剣に剣を振る雰囲気とはかけ離れた内容の叫び声に、剣を振る手を止めて声のした方向に、一斉に視線を向けていた。

「…まあ!!!
ディングレー様まで、関わり合いがおありなの?!」

教練キャゼ』では聞こえるはずの無い女性の叫び声に、今度は皆が一斉に、戸口に振り向く。

「あ!!!ほらグリネス!!!
やっぱり、いらっしゃったわ、あのお方!!!」

今度、鍛錬場の生徒らは、一斉に戸口の女性二人が見つめる方向。
デルアンダーへと視線を移した。

一方、少し手前では
「放せよ!!!」
とレナルアンが叫び
「お前こそ、放せ!!!」
とラナーンも叫び。

ギュンターは何とかレナルアンのしっか!!!と握る腕を、外そうと振る。
もう片手でディングレーの背の衣服掴み、レナルアンの方に倒れかかるのを防ぎながら。

けれどとうとう、スフォルツァがラナーンを掴み、シュルツがレナルアンの、ギュンターの腕に喰い込む腕を外し始める。

が、レナルアンは
「てめぇラナーンの回し者か?!
あっち、外せよ!!!」
とシュルツを怒鳴りつけた。

ディングレーはシュルツとスフォルツァの首尾を、ギュンターに引っ張られ、踏ん張りながらチラと見つめ、目前にシェイルが、心配そうな顔で寄ってくるのを見た。

が、背後から
「あの…。
本当に申し訳無いんですけど…。
あのお方、紹介頂けないかしら」
の声と共に、令嬢アレクサンドラがシェイルの横に来て、両手胸の前で組み、上目使いのうるうるした目で、見つめて来る。

「見て、分からないのか?!今現在、取り込み中だ!!!」
思わずディングレーは叫び
「だいたい、なんであんたがここに居る!!!
グリネス!!!
ここは飢えた野郎ばかりなんだぞ!!!
護衛なら、こんなとこ連れてくるな!!!」
と怒鳴りつけた。

グリネスは腕組みすると、鍛錬場を見回し、呟く。
「あら。
リーラスみたいに体が大きくて、露骨なエロい人って、見当たらないわ…。
姫様。
あっちの貴公子にされては?!
凄く、気品があってお美しいわ?!」

シェイルもディングレーも見ると、グリネスが勧めた相手はローランデで。
アレクサンドラはローランデを見
「確かにお美しいけれど…。
私、もう少し男らしい方が…」
と、頬染めてまたデルアンダーを見る。

デルアンダーもローランデもが、会場の騒ぎに気を取られて剣を止めた生徒らに、剣を振るよう促していて、女性二人に騒がれてるなんて、気づきもしない。

とうとう若い、二年剣の担当講師がやって来る。
ディングレーはほっとした。
が、講師は女性二人に寄ると、屈んで囁く。
「ここは男ばかりで、女性が入るには許可が要る。
ここにいる生徒の、お身内か?」
と尋ねるので、ディングレーは内心がっくりし
「(…そっちか…)」
と、顔を下げた。

「あの…ディングレー様の、婚約者ですわ」
令嬢アレクサンドラの声に、場内はざわっ!!!と騒がしくなり、講師ですらディングレーを見る。
が、ディングレーは慌てて首を、横に振った。

それで再び、講師は令嬢を見た。
令嬢の横のグリネスは
「間違いありませんわ」
と言うので、ディングレーはとうとう理性飛ばし、吠えた。
「ふざけるな!!!
そのロケットの肖像、見せて見ろ!
講師は絶対、俺とは認識しない!!!」

一方。
ギュンターの期待とは裏腹に。
シュルツはギュンターに絡む腕を外そうか。
それともラナーンの腕を外そうか。
レナルアンの前で首を左右に振って、オロオロし。

スフォルツァはラナーンの、レナルアンに喰い込む指を必死で、一本引き剥がし次を外そうとしてまた握られ…。
また剥がしたはずの指を外し、次に移ろうとしてまた握られ…。
の繰り返しで、拉致のあかない状態になっていた。

レナルアンとラナーンはそれでも引き合いを止めず、ギュンターはレナルアンに引っ張られ、転び駆けて必死でディングレーの背を支えに、踏みとどまっていた。

突然、アイリスが寄って来ると、にこにこ笑ってレナルアンとラナーンに告げる。
「失礼ですが、引っ張り合いをした所でギュンター殿は、手に入らないと思いませんか?
ここは…勝負して決めませんか?」

レナルアンはアイリスを見、ラナーンも見る。

「…どんな…」(レナルアン)
「勝負…?」(ラナーン)

「そうですね。
じゃんけんでは、どうでしょう?
シンプルで直ぐ、決着が付きます」

とうとうシュルツが、レナルアンに叫ぶ。
「受けろ!!!
でないと夕食抜くぞ!!!」

レナルアンはしぶしぶ、ギュンターの腕を放す。
そしてラナーンに
「さっさと放せ!」
と命じ、ラナーンを憤慨させた。

振り払うようにレナルアンを腕を放すラナーンは、自分より背の高いレナルアンを、睨み付ける。
レナルアンは平気な顔で言い放つ。
「ここはグーデン私室じゃないんだぞ?
睨もうが、お前に代わって俺をお仕置きしようとするデカブツは、ここには居ないんだ!」

けれどラナーンは、チラ…と二年グーデン配下筆頭の、ローズベルタを見た。

ローズベルタはラナーンに見つめられ、進みかけてオルスリードに腕を差し入れられて制され、前に進めずその場でラナーンに怒鳴る。
「グーデンの元に!
戻るんなら俺がレナルアンを沈めてやる!!!」

ラナーンはそれを聞くなり、顔を下げた。

ローズベルタはラナーンの様子を見た途端、胸を制すオルスリードの腕を、激しく払い退ける。
が直ぐ手首をオルスリードに掴まれ、一気に捻り上げられ、苦痛に声も出ず、歯を食い縛った。

オルスリードは低い声でローズベルタの耳元に囁く。
「もっと捻れば、腕は折れる。
俺に、そうさせたいか?」

ローズベルタは顔を下げ、首を横に振る。
それを見た途端、オルスリードは頷いてローズベルタの手首を放した。
「…いい子でいろ。
俺は忘れっぽいから、お前のおイタしてるとこ見たら。
今度は腕か足か。
どっかの骨、折っちまうかもな」

ローズベルタは上級らに、ディングレー取り巻き大貴族らは、ディングレーに刃向かう者らには、容赦無い制裁を加える。
と聞いていたので、顔下げる。
目前のオルスリードに、思い知らせてくれそうな頼りになるダランドステ始め四年達は。
オーガスタスに痛めつけられ、動く度あちこち痛そうに呻いてる。

ローズベルタは直ぐ先に
『何としても奪還しろ!!!』
とグーデンに命じられたラナーンが居るのに。
指を咥えて見てるしか無く、歯がみした。

が、叫び声がする。
「勝った!!!」
ラナーンの声に、レナルアンが言い返す。
「三回勝負だろう?!」

令嬢の声もする。
「まあ…。
ギュンター様って…ああ見ると、なかなか男っぽいのね…」

講師はあちこちのいい男に、目移りしてる令嬢に呆れ、尋ねてる。
「で、結局婚約者では無いのですか?!」

けれど令嬢は、目前のディングレーに視線戻し
「…やっぱり…。
肖像画とはかけ離れてても、流石王族の気品がおありな上、とっても男らしいわ…」
と頬染めてディングレーに見惚れ、聞いてない。

ディングレーはやっと、ギュンターから引く力が消え
「もう放せ!」
とギュンターに怒鳴り、令嬢の言葉を聞いて焦りまくり
「デルアンダーを紹介してやるから!
俺には惚れるな!
第一こんなとこお前の親父が見たら!
俺の親父に縁談勧めるよう、迫るじゃ無いか!!!」
と焦って怒鳴りつけた。

デルアンダーはディングレーに名を叫ばれ、周囲の生徒らの視線が自分に集まってるのを見、慌ててディングレーに振り向く。

令嬢がディングレーに見惚れてるのを見
「ディングレー殿が居れば、私の出番なんてありませんよ」
と言葉を返し、直ぐ生徒に
「ちゃんと真面目に剣振って!」
と促していた。

それを見た令嬢が、再びデルアンダーに見惚れ
「…やっぱりあの方、男らしいのに美しくて礼儀正しく、気品もあって素敵♡」
とハートを飛ばす。

それを聞くなり、ディングレーは叫んでいた。
「そうだ!
あっちにしろ!
後で紹介してやる!」

けれどディングレーの言葉に、グリネスは言い返す。
「けれど姫のお父君は、貴方との縁談を絶対、諦めないと思うし。
もう使いが来るのに、後で紹介だなんて…。
紹介なんてせず、逃げる気でしょう?」

ディングレーはとうとう、腕振ってデルアンダーを指さし
「当たり前だ!
あいつはあんたみたいな、恋に恋する浮ついた女を紹介出来るような、いい加減な男じゃない!
真面目で誠実な騎士だ!
あんたには、もったいない!」
と怒鳴りつけ、グリネスに
「まさかあの方、貴方の恋人?!」
と叫び返された。

その言葉に、ざわめきまくる場内に、講師も苦虫かみつぶした表情で拳握り、耐える。

ディングレーはグリネスに言い返す、上手い言葉が浮かばず、怒りにかられて睨み付ける。
が、ローランデが叫ぶ。

「デルアンダー殿はディングレー殿の、大切な配下。
自分に誠実に仕えてくれる者を大切に出来る、ディングレー殿は素晴らしい王族です!」

その、澄みきった声は、心に轟くように場内に響き渡り、皆がシン…と静まり返る。

「失礼ですが、女性では命のやり取りをする戦場で、どれだけ頼りになる部下が大切か。
お分かりなら無いでしょう。
愛する女性を思う気持ちとは別に。
頼りになる配下を大切にされる主は、配下にも慕われ、配下はその信頼に応えようと、命を賭しても主を救おうとするものです。
それを下賤な思惑で汚されては…。
本当に失礼ながら、それでは到底、ディングレー殿の内助の功、花嫁には、おなりに成れないと思います」

ローランデにきっぱり言われ、令嬢アレクサンドラは恥ずかしげに頬を染めて顔を下げ、グリネスは
「お綺麗なお顔の割に、説得力のあるとてもお力強い口調ね!」
と感嘆した。

ギュンターは、言い切るローランデの凜々しい顔を見た。
剣を握る時ほどの気迫は無いにしろ、シェンダー・ラーデン北領地の守護者としての、頼りになる信頼感に溢れていた。

なのに…じっ…と見つめていると、目前の生徒に剣を振るよう告げながら俯く顔の、その肌の白さ。
伏せる青い瞳。

それを目にした途端、ギュンターの心臓は再び高鳴り、ついレナルアンから放された、腕を持ち上げ胸に当てた。
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