この状況には、訳がある

兎田りん

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始まりは断罪の目撃から

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 ラキアータ様の白い空間から帰還した俺が目覚めて最初に視界に入れたのは、部屋に入ろうとするラウレスタ様と、それを食い止めようと入口を塞ぐシスター&グローデン家の侍女の姿だった。
 視界に入れた、というか、入ってきちゃった、というべきだろうな。どういう状況でそうなったの?
「なに、してる、の?」
 思わず出した声が掠れている。これは、久々の目覚めというやつか?
「「「御子様!お目覚めになられたのですね!」」」
 声の判別ができないくらい一斉に言われた。響くから、もう少し小さな声でたのむ。

 「御子様がお目覚めになられた」の報せが館に響いた暫くの後、ランカ様が人払いを済ませた俺の滞在部屋に来てくれた。
 人払いの訳は、辺境騎士達が俺の目覚めに何故か感極まって号泣し始めたので追い出されたためだ。厳つい男たちが「御子様ァ…」と泣き始めたのは驚きを吹っ飛ばして恐怖すら覚えたんだが。
 ランカ様のお顔が見れてホッとしました。見慣れた顔って素晴らしい!

 ランカ様の話では、どうやら俺は20日程昏睡状態にあったらしい。
「御子様が浄化を試すと言われた後の事です。終わるまで一行を待機させようかと思ったその時、波が引くかのように瘴気の霧が晴れ、森の木々が輝きだしました。その光景は神の御業と呼ぶに相応しく、私たちはこの奇跡を目の当たりにできたことを心よりラキアータ神に感謝致しました」
 奇跡だ…!と一行が感動していたら、森に一番近い所にいた俺が(魔力切れで)昏倒したため、大慌てで帰還。後発隊の調査で完全浄化が確認されたそうだ。
 話しながら感動が蘇ってきたのだろう。穏やかな語り口が次第に早口になり、身振り手振りが加わり、最終的に全身で喜びを表現するという今まで見た事のないランカ様のお姿を見ることができたのは、喜ぶべきことなのだろうか。

 ランカ様の気合いの入った説明の後、身体の調子を確かめようと軽い身支度をして部屋を出た俺は、ラウレスタ様に捕まった。というより捕獲された。スライディングタックルをお見舞いされた。
「御子様!心配しましたよ!ご無事で!なによりです!良かった!本当に!良かった!」
 タックルで弱った身体に、盛大なハグを交えた回転を伴う高い高い攻撃を喰らわされる。待って、何この熱量!どうしたの?楽しそうなのは判るけど、今はその笑顔で繰り出される攻撃が辛い!
 振り回される視界の端に、慌てた様子でこちらに向かってくる辺境騎士(5人くらいいた気がする)の姿が見えた。早く!止めて!胃液のリバースはしたくないんだ!
 その後通された客間で、先程のぶん回し攻撃の余波を取るためにソファでぐったりする俺と、同じ部屋の隅で<私はご令嬢を子供扱いし、激しく振り回しました>と書かれた板を首から下げたラウレスタ様が家令と思わしき男性からめちゃくちゃ叱られている様を入室してきたランカ様が見て、何かを察したような顔をした。何を察したのかは聞かない方がいいのかもしれない。

 後から聞いた話だが、あの強烈な高い高いはリネット嬢に会った時の恒例行事らしい。うん、訓練されてない人間にしてはいけないやつだな。
 そもそも普通は人にスライディングタックルしないから。
「誠に!誠に申し訳ない!」
 ラウレスタ様から謝罪の言葉を聞くのは何回目かな…
 言葉を交わす度に残念具合が増していくのは、俺の気のせいだろうか。
「リネットから聞いてはいたが、話以上の可憐さに加減を忘れてしまったのだ」
 嫌わないでほしい、としょんぼりした超大型犬は俺の心に(色んな意味での)ダメージを与えてきた。好きでやってる姿ではないので、褒められても嬉しくない。
「一度で終わっていただけるなら、わたくしは何も申しません」
 二度とあのコンボをキメてくれるなよ、という念を込めて告げると超大型犬の瞳がぱあっと輝いた。純粋か!
 跪いているラウレスタ様の、至近距離で見せつけられている柔らかそうな髪をワシワシしたい!犬猫好きなんだよ!心身に負ったダメージを癒すために現実逃避させてくれ!

 因みに、目覚めた直後に見てしまった攻防は、どうしても俺の傍に居たいとごねるラウレスタ様を「男だとバレてはいけない」と厳命されているシスター達&「汚れなき乙女の部屋に居座るとか主でも許されない」と謎の使命感にかられた侍女達の連合軍が「入れろ!」「ダメです!」とやり合っていた一場面だったそうだ。
 それを俺が目覚めるまでほぼ毎日やっていたらしい。迷惑。
 ラウレスタ様も大概だが、侍女達もなかなかに思い込みが激しいとみた。
 これは俺が聖女じゃないとかいうより、男だとバレたら超怖いやつじゃね?浄化の功績でチャラにならないかな?いずれバレるとは思うけど、今は迂闊に口を開かないようにしよう。

 その夜、ベッドに入った俺はこの遠征で最大の黒歴史が生成されてしまった事に気がついて一人、のたうち回った。
 何だよ「俺の思う聖女とは、希望を示す者」って!初めて瘴気を目の当たりにしてテンション爆上がりしたのかよ!したんだろうな!
 口走ってたら黒どころじゃない(心の)大事故になる所だったじゃないか!恥ずか死んでしまうわ!
 痛くない腕に包帯を巻いて「俺の腕が、疼くんだ…」とかやっていた方がまだマシ………じゃないな。こっちもブラックな歴史まっしぐらなやつだ。
 そんな事よりも「男だとバレてはいけない聖女ミッション」進行中の今の方が確実にアウトだ…
 当時の状況を思い出そうとして、とんでもない恥部を掘り起こしてしまった俺は、眠れぬ夜を過ごした。
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