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8、『ヒロイン』は何も知らなかった

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 私、ルーチェ・ルミナリエには前世の記憶がある。

 
 いわゆる、異世界転生という奴だ。しかも定番のトラック転生。
 あ、これ死ぬわ、と目の前にトラックが迫って、勢い良く吹き飛ばされて……気が付いたら、ルーチェになっていた。
 
 まあ、普通にびっくりしたよね。
 だって、いきなり美幼女になってたんだもの。
 本当に異世界転生ってあるんだーって逆に感心した。


 前世の私は日本と呼ばれる国で生まれ育った女子高生で、姉が一人居た。
 俗に言う『腐女子』と呼ばれているような、所謂男の子同士の恋愛であるボーイズラブが大好きな人だった。

 そして、姉がその時同人に手を出すまでに猛烈にハマっていたのが『光さす庭で君と』──通称『ヒカニワ』と呼ばれるゲームだ。

 前世の私はゲームそのものはやってなかったけど、姉が描いた同人漫画を読んで内容は知っていた。



 だから、両親に「お友達だよ」って赤い髪の男の子を紹介された時、本当に驚いたのだ。



 ───『ヒカニワ』のフレドくんじゃん!!
 そう叫ばなかったのは、本当に褒めて欲しい。



 姉はフレドくん推しだった。


『あの微妙なヤンデレ感だったり、優秀な兄に劣等感を感じてるけど嫌いにはなりきれない複雑で拗らせている所が凄いエモい』


 とか何とか言ってたが、詳しい解説は私に求めないで欲しい。
 前世の姉が言っていた事は、流行りの漫画は読む程度のオタクレベルしかなかった私には八割方は意味不明だったのだ。


 とにかく、フレドくんでここが『ヒカニワ』の世界だと理解した私は考えた。

 姉が描いた漫画では、確かフレドくんが学園で『攻略対象』と呼ばれるイケメン達に出会う。
 それで、その男の子達と交流をしていくうちにフレドくんに想いを寄せるようになるイケメン達。イケメン達に迫られて、フレドくんは誰を選ぶの!?
 
 ……確か、こんな感じだった筈だ。
 ゲームではこの後大きな木の下で告白したり、選んだ相手によってエンディング後の進路が変わったりと色々あるらしいが、姉はそれまでの片思いのモダモダやらイチャイチャやらラブハプニングやらを重点的に漫画にしていたから、それ以上はよく知らない。

 そして、そこで『ルーチェ』も実際にゲームに登場するキャラだと気付いたのだ。
 確か、姉の漫画でも時々登場していた筈だ。
 フレドくんの幼馴染で、積極的なイケメン達に悩む彼に時々一言二言アドバイスをするようなキャラだ。


 私は私の役割について理解した。



 ──フレドくんを『ヒロイン』として、イケメン達にモテモテにさせれば良いのね! 任せて!!



 役割を理解したものの、その前には『エスターシュ家の家族問題』という大きな壁があった。
 
 お兄さんであるイグニスさんは何でも出来ちゃう優秀な人で、いつも比べられるフレドくんは少し……というよりはかなり荒んでいた。
 私と遊ぶようになったのも、エスターシュ家の屋敷でチラリと見掛けたフレドくんの様子を気に掛けた私の両親が「気分転換に遊びにおいで」と誘ったからだった。



 あれ? ゲームではこういう設定になってるのかな。



 学園でイケメン達とイチャイチャしたり、事故チューしたり、セクハラ紛いのアプローチを受けて、真っ赤になりながら戸惑うフレドくんしか知らなかった私は戸惑った。

 それでもニコリともせず、傷付いた野生動物のように警戒したようにこちらを窺っているフレドくんを前にして、居ても立ってもいられなかった。
 姉の布教が功を奏して、いつしか私もフレドくんの事を『絶対に幸せにしなくちゃいけない男の子』だと認識していたからだ。



「フレドくんはフレドくん、イグニスさんはイグニスさん! そうでしょ!?」



 エスターシュ家に遊びに行った際、私はそう激怒した。
 
 フレドくんは努力の人だ。
 だから私は「勉強熱心で偉い」と褒めたのに、フレドくんのお母さんであるエスターシュ伯爵夫人が「お兄ちゃんに似て良かったわね」と余計な一言を付け加えたからだ。


 さっきまで全然話題にしていなかった筈なのに、どうして今イグニスさんの名前が出てくるのか。
 どうしてイグニスさんとフレドくんを比べるのか。
 私だったら、嬉しくない。
 努力して頑張ったのは自分なのに、他の誰かのおまけのように扱われるなんて嫌だし、悲しい。

 そんな事を怒りながら、そしてその内に感情が昂って大泣きしながら、それでも訴えた。
 ……エスターシュの人達も、びっくりしただろうな。他所様の娘が突然泣きながらブチギレたんだから。
 

 でも、その出来事がエスターシュ家に変化を起こしたのは間違いなかった。


 他人から指摘されて初めて、自分達が無意識にフレドくんを蔑ろにしていた事に気付いたらしい。
 フレドくんとご両親はじっくり話し合って和解したようだ。

 そして、イグニスさんへの苦手意識はまだ少しあるみたいだけど、前よりはずっと自然な兄弟関係を築いている。
 フレドくんは、イグニスさんの事をまるで『完全無欠のスーパーヒーロー』のように思ってたのだ。
 イグニスさんもちゃんと普通の人間なんだよ、って教えてあげたら、びっくりした顔をしていた。
 
 ……後で、イグニスさんに教えた事がバレてしまったらしく、「何でフレドに私の格好悪い所を教えるんだ! 内緒だって言ったでしょ!」って文句を言われたけど、そのおかげで可愛い弟に避けられなくなったのだから、少しぐらい許して欲しい。



「ありがとう、ルーチェ」



 エスターシュ家が落ち着いた後、彼の両親と共にフレドくんは私にお礼を言いに来た。
 その時の彼のはにかんだ笑顔を、私は一生忘れないと思う。


 その一件が終わってからは、フレドくんは殊更私に優しくしてくれるようになった。
 元々優しかったけど、少しでも私を喜ばせようとしてくれたり、楽しませようとしてくれた。私を何よりも尊重し、優先してくれた。

 ……まあ、それだから、彼が誰を選んでも良いように、イースが好きな恋愛小説を読ませてみたり、ソルとの出会いの為に身体を鍛えるよう薦めてみたり、プラントとの出会いイベントに向けて困った人には優しくするんだよと言い聞かせてみたり、色々準備が出来たんだけど。


 でも、そうだよね。
 攻略対象に負けないくらいのイケメンにそうやって優しくされて、お姫様みたいに扱われて。



「ルーチェが僕を救ってくれたように、ルーチェを守れるような男になりたいんだ」



 そんな事まで言われちゃったら──そりゃあ、好きになっちゃうじゃない。


 でも、私はフレドくんの幼馴染というだけの、ただのモブだ。
 フレドくんは学園で、イースと少女漫画みたいな出会いをしたり、ソルとうっかり事故チューしちゃったり、プラントと初々しい手繋ぎデートしたり、生徒会室で王子様とイチャラブをする運命なんだ。


 私はフレドくんが幸せならそれで良い。
 誰を選んでも、それを応援してあげよう。


 ……フレドくんが誰を選んだのかだけは知りたいから、起こったイベントの内容だけは知りたいけど、出来ればその現場は見たくないな。
 フレドくんに聞いて、教えてもらおう。


 始まる事すら無く終わってしまった初恋にシクシクと胸が痛んだけれど、それには見ないフリをした。
 
 
 
 ……その筈だったのに。



「僕が好きなのは君だから、君とキスがしたいんだけど!!!!!」
 
 

 中庭の大きな木の下で、フレドくんは私にそう言った。
 その真っ赤な髪と同じくらいに真っ赤な顔で、燃え上がる程の熱を帯びた瞳で、私だけを見て、叫んだのだ。



 あれ? あれ?? あれーーー????

 


 ──私は知らなかったのだ。


『ヒカニワ』はBLゲームではなく、ごく普通の乙女ゲームだったって事。
 そして、本当のヒロインは他ならぬ私だったって事。
 姉が描いていたのは、『フレドが主人公の立場になったらどうなるか』という、いかにも二次創作らしい本編とは全く関係無いパラレル的な漫画だったって事。
 フレドくんがヒロインのような立ち位置になってしまったのは、多分私がフレドくんに本来ヒロインがやるべき事をさせてしまった所為で起こってしまったバグのようなものであるという事。



「きっと、フレドさんはルーチェさん以外との恋愛イベントのフラグは容赦なく折ってたんでしょうね。『ヒカニワ』ではイベントで選択肢を間違えると、恋愛じゃなくて友情イベントに変わった筈ですし」



 後に続編のヒロインだっていう隣国の女の子にそう告げられ、私はひっくり返りそうな程驚いた。



「ルーチェ、大丈夫!?」



 慌てて私の体を支えた私の夫であるフレドくんは、相変わらず優しい目で私を見つめている。



「もう君だけの体じゃないんだから、無茶しちゃダメだよ」



 そうやって触れた私のお腹には、新しい命が宿っていた。



「ありがとう、フレドくん」



 きっと私はこれからこの人と一緒に、四人の子供と十二人の孫、それに加えて一匹の犬と二匹の猫に囲まれて、幸せに暮らすのだ。

 

 ──物語のように、いつまでも末永く幸せに。




***

【登場人物紹介】
ルーチェ・ルミナリエ
ピンクの髪とそれより濃い色の瞳。
『ヒカニワ』と呼ばれるゲームのヒロインとして転生したが、自分はただのモブだと思い込んでいる。
思い込みが激しく、フレドの想いに気付いていない。
フレドの恋の邪魔をしない為にフレド以外との攻略対象との関係を絶っているため、実質フレドルート一直線だった。
後からそれを知って、本人としては喜んでいる。




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