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第三話 情報
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「さぁ、やることやったし、帰るか~! ……ん?」
久々に市井を散策し、普段なかなか得られない情報を得られて、花琳がほくほくしながら帰路につこうとしたときだった。
不意に視界の端に何かが映ってそちらを向くと、そこにはげっそりと異常なほど痩せ細った子どもたちがいた。
それも一人や二人などではなく、そのあまりの多さにギョッとする。
「……明龍。この辺りって」
「おかしいですね。貧民街からはちょっと離れています」
「そうよね……」
住宅街に差し掛かる辺りだろうか。
本来であれば人気は少ないもののそれなりに清潔に保たれているはずの場所の一画が、なぜかゴミや廃材などで埋め尽くされており、そこだけ虫が湧き異臭を放っている。
貧民街から離れた住宅街にこのような光景は珍しく、花琳は思わず眉を顰めた。
「行くわよ」
「え! さすがに危険じゃ……っ!」
「とはいえ、放っておけないでしょ」
「ですが……っ、あぁ、もう……!」
花琳は早歩きで子どもたちがいた辺りに向かうと、その奥にはさらに数多くの今にも死んでしまいそうな子どもたちがたくさんいた。
その酷いありさまに花琳はさらに眉間の皺を深くする。
腐臭なのか、死臭なのか、臭いも彼らに近づくにつれ酷くなり、そのせいか通りすがりの人々も近づく様子はない。
子どもたちは壁にもたれかかったり、地面に寝転がったりとしていて、みんな顔色も悪く息も絶え絶えであった。
「嬢ちゃん達、あまり近寄らないほうがいいぜ」
「え?」
花琳が振り返るとそこには中年のでっぷりと太った無精髭を生やした男が頭をガリガリと掻きながらこちらを見ていた。
見るからに怪しそうではあるが、何か情報を持っていそうだと距離を取りながらも花琳は男に尋ねる。
「この子たち、何でこんなことになってるんですか?」
「親に捨てられたのさ」
「捨てられた!? どうして」
こんな報告上がっていない、と動揺する。
この状態から察するに恐らく二、三日でどうこうなったわけではなさそうだ。短くとも一月や二月はこの状態のままだったということだろう。
最近忙しくて市井に出向けなかったとはいえ、上層部、いや官吏は今まで何をしていたのだと内心憤った。
「おーおー、正義感に溢れてる嬢ちゃんだな。だが、聞きたいなら情報料払ってもらうぜ」
「……わかりました。一般的な代金であれば支払います」
「交渉成立だな」
「それで? どうしてこんなことに?」
「どこもかしこもテメェのことで必死ってことさ。特にここんとこはとある賭博が流行ってるらしくて、それにどハマりした親たちが金なしになって食いぶちを減らすために子どもをどんどん捨ててるって話だ。今まではそれなりに子どもたち同士で結託して暮らしてたようだが、最近病にかかったようで一気にこのザマだ」
視線を子どもたちに移す。
確かによく見ると顔にいくつか発疹ができていて頬も紅潮し、発熱しているようだった。
素人目から見ても、このままだったら数日と持たないだろうと予測できる。
「上層部はこの状況を知らないのですか?」
「俺たちみたいな庶民のことなんか、どうなってもいいと思ってるのさ。だから上の情報は何も降りてこない。秋王だって生きてんだか死んでんだかわかりゃしないしな」
「官吏にこのことは?」
「この辺のババアたちが暮らしの邪魔になるからと訴えたそうだが、未だこのありさまだ。手間をかけさせるな、ってことだろうよ。とにかく、近づいたら病が移るぜ? 死にたくなけりゃ、近づかないことだな」
「わかりました。情報、どうもありがとうございます」
「いーってことよ。ほい、情報料。嬢ちゃんまだ若そうだから五十賃にまけといてやるよ」
中年の男は下卑た笑みを浮かべながら手を出す。
この国の情報は貴重だ。
だからこそ、こうして情報を売って小遣い稼ぎをする連中も少なくなかったが、それにしても今まで聞いたことがないほどの暴利な値段だった。
ちなみに五十賃は秋波国での二か月分の給与に相当するため、男は最初からぼったくるつもりでベラベラと喋っていたのだろう。
「明龍」
「はい」
花琳は明龍に声をかけると、彼が男の手に二十賃を出す。
それを見て「はぁ? 俺は五十賃だと言っただろ。払えねぇってんだったら、その服寄越せ。足しにしてやる」と男は花琳の肩を掴もうとした。
だが、すぐさま明龍がその前に立ちはだかり、男の手を捻り上げた。
「薄汚い手で彼女に触ろうとするんじゃない」
「痛っ! いてててて! 何しやがる! 離せっ!!」
小さな身なりでこれほどまで力があるとは思わなかったのだろう。
男は暴れるが、抵抗されたところで明龍の拘束が解かれることもなく、さらに捻る手に力を加えた。
「痛い! 痛い! 折れちまう! やめてくれ!」
「情報には感謝しますが、さすがにぼったくりすぎです。私が官吏に通報してもよいのですよ?」
「~~っちっ! くそガキが!! しょうがねぇから、二十賃にまけておいてやる!!」
「では、交渉成立ですね」
明龍が手を離すと先程の二十賃を奪いとるやいなやすぐさま逃げていく男。
どうやら官吏に報告されては困るような後ろ暗いことがあるのだろう。
(このことも含めて取り締まらないと)
目を離した隙にこのような状態になるなんて、と思わず花琳は溜め息をつく。
そして、国家運営は大変だと改めて思い知らされた。
「花琳さま、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。……この格好だとぼったくりから目をつけられることもわかったし、いい経験になったわ。明龍、早速城に戻るわよ。色々と私ができることをせねば」
花琳の表情が先程から一変し、王の顔となる。明龍はそれに従うと、足早に城へと戻るのだった。
久々に市井を散策し、普段なかなか得られない情報を得られて、花琳がほくほくしながら帰路につこうとしたときだった。
不意に視界の端に何かが映ってそちらを向くと、そこにはげっそりと異常なほど痩せ細った子どもたちがいた。
それも一人や二人などではなく、そのあまりの多さにギョッとする。
「……明龍。この辺りって」
「おかしいですね。貧民街からはちょっと離れています」
「そうよね……」
住宅街に差し掛かる辺りだろうか。
本来であれば人気は少ないもののそれなりに清潔に保たれているはずの場所の一画が、なぜかゴミや廃材などで埋め尽くされており、そこだけ虫が湧き異臭を放っている。
貧民街から離れた住宅街にこのような光景は珍しく、花琳は思わず眉を顰めた。
「行くわよ」
「え! さすがに危険じゃ……っ!」
「とはいえ、放っておけないでしょ」
「ですが……っ、あぁ、もう……!」
花琳は早歩きで子どもたちがいた辺りに向かうと、その奥にはさらに数多くの今にも死んでしまいそうな子どもたちがたくさんいた。
その酷いありさまに花琳はさらに眉間の皺を深くする。
腐臭なのか、死臭なのか、臭いも彼らに近づくにつれ酷くなり、そのせいか通りすがりの人々も近づく様子はない。
子どもたちは壁にもたれかかったり、地面に寝転がったりとしていて、みんな顔色も悪く息も絶え絶えであった。
「嬢ちゃん達、あまり近寄らないほうがいいぜ」
「え?」
花琳が振り返るとそこには中年のでっぷりと太った無精髭を生やした男が頭をガリガリと掻きながらこちらを見ていた。
見るからに怪しそうではあるが、何か情報を持っていそうだと距離を取りながらも花琳は男に尋ねる。
「この子たち、何でこんなことになってるんですか?」
「親に捨てられたのさ」
「捨てられた!? どうして」
こんな報告上がっていない、と動揺する。
この状態から察するに恐らく二、三日でどうこうなったわけではなさそうだ。短くとも一月や二月はこの状態のままだったということだろう。
最近忙しくて市井に出向けなかったとはいえ、上層部、いや官吏は今まで何をしていたのだと内心憤った。
「おーおー、正義感に溢れてる嬢ちゃんだな。だが、聞きたいなら情報料払ってもらうぜ」
「……わかりました。一般的な代金であれば支払います」
「交渉成立だな」
「それで? どうしてこんなことに?」
「どこもかしこもテメェのことで必死ってことさ。特にここんとこはとある賭博が流行ってるらしくて、それにどハマりした親たちが金なしになって食いぶちを減らすために子どもをどんどん捨ててるって話だ。今まではそれなりに子どもたち同士で結託して暮らしてたようだが、最近病にかかったようで一気にこのザマだ」
視線を子どもたちに移す。
確かによく見ると顔にいくつか発疹ができていて頬も紅潮し、発熱しているようだった。
素人目から見ても、このままだったら数日と持たないだろうと予測できる。
「上層部はこの状況を知らないのですか?」
「俺たちみたいな庶民のことなんか、どうなってもいいと思ってるのさ。だから上の情報は何も降りてこない。秋王だって生きてんだか死んでんだかわかりゃしないしな」
「官吏にこのことは?」
「この辺のババアたちが暮らしの邪魔になるからと訴えたそうだが、未だこのありさまだ。手間をかけさせるな、ってことだろうよ。とにかく、近づいたら病が移るぜ? 死にたくなけりゃ、近づかないことだな」
「わかりました。情報、どうもありがとうございます」
「いーってことよ。ほい、情報料。嬢ちゃんまだ若そうだから五十賃にまけといてやるよ」
中年の男は下卑た笑みを浮かべながら手を出す。
この国の情報は貴重だ。
だからこそ、こうして情報を売って小遣い稼ぎをする連中も少なくなかったが、それにしても今まで聞いたことがないほどの暴利な値段だった。
ちなみに五十賃は秋波国での二か月分の給与に相当するため、男は最初からぼったくるつもりでベラベラと喋っていたのだろう。
「明龍」
「はい」
花琳は明龍に声をかけると、彼が男の手に二十賃を出す。
それを見て「はぁ? 俺は五十賃だと言っただろ。払えねぇってんだったら、その服寄越せ。足しにしてやる」と男は花琳の肩を掴もうとした。
だが、すぐさま明龍がその前に立ちはだかり、男の手を捻り上げた。
「薄汚い手で彼女に触ろうとするんじゃない」
「痛っ! いてててて! 何しやがる! 離せっ!!」
小さな身なりでこれほどまで力があるとは思わなかったのだろう。
男は暴れるが、抵抗されたところで明龍の拘束が解かれることもなく、さらに捻る手に力を加えた。
「痛い! 痛い! 折れちまう! やめてくれ!」
「情報には感謝しますが、さすがにぼったくりすぎです。私が官吏に通報してもよいのですよ?」
「~~っちっ! くそガキが!! しょうがねぇから、二十賃にまけておいてやる!!」
「では、交渉成立ですね」
明龍が手を離すと先程の二十賃を奪いとるやいなやすぐさま逃げていく男。
どうやら官吏に報告されては困るような後ろ暗いことがあるのだろう。
(このことも含めて取り締まらないと)
目を離した隙にこのような状態になるなんて、と思わず花琳は溜め息をつく。
そして、国家運営は大変だと改めて思い知らされた。
「花琳さま、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫。……この格好だとぼったくりから目をつけられることもわかったし、いい経験になったわ。明龍、早速城に戻るわよ。色々と私ができることをせねば」
花琳の表情が先程から一変し、王の顔となる。明龍はそれに従うと、足早に城へと戻るのだった。
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