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第十二話 正式な使者が、遅すぎる理由を連れてくる
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第十二話 正式な使者が、遅すぎる理由を連れてくる
エルディア王国の正門前に、久しぶりに整った一行が現れたのは、その翌朝だった。
王家の紋章を掲げた馬車。
随行する近衛騎士。
形式だけは、完璧に整えられている。
「……ようやく、ですか」
門番の兵士が、小さく呟く。
彼らが向かう先は、ただ一つ。
シュヴァルツガルト公国。
前聖女セラフィーナ・アッシュクロフトを、
“正式に”迎え戻すための使節団だった。
王宮の執務室では、ルーファス・ヴァルディオスが、
最後の確認をしていた。
「条件は、出すな」
低い声。
「謝罪も、撤回も、
こちらからは口にするな」
側近が、思わず眉をひそめる。
「殿下……それでは」
「“確認”だ」
ルーファスは、視線を上げない。
「彼女が、本当に“必要な存在”だったのかを、
確かめるだけだ」
その言葉は、
まだ自分の過ちを直視できていない証だった。
一方、シュヴァルツガルト公国。
セラフィーナは、城の一角で、
静かに帳簿をめくっていた。
数字が整然と並ぶ紙面。
税収、支出、修繕費。
「……安定していますね」
「そうだ」
向かいに座るアーヴィンが答える。
「奇跡がなくても、
人が無理をしなければ、国は回る」
その言葉に、セラフィーナは小さく頷いた。
「……あの国は、
ずっと無理をしていたのですね」
「君に、な」
アーヴィンは即答した。
その時、扉がノックされる。
「公爵閣下。
エルディア王国からの使者が到着しました」
セラフィーナの手が、わずかに止まった。
「……来ましたか」
声は、驚くほど落ち着いていた。
応接室。
豪奢ではないが、威圧感のある空間で、
使節団は姿勢を正して立っていた。
「前聖女セラフィーナ・アッシュクロフト様」
使者は、形式通りに名を呼ぶ。
その呼び方が、すでに遅かった。
「本日は、
“状況確認”のため、
お時間をいただきたく――」
「確認?」
セラフィーナは、静かに問い返す。
「はい。
貴女が去られて以降、
王国で起きている諸事象について」
言葉を選んでいる。
“問題”とも、“被害”とも言わない。
セラフィーナは、少しだけ首を傾けた。
「……それは、
私が答える必要のあることですか?」
使者は、一瞬言葉に詰まった。
「いえ……しかし」
「私は、すでに
エルディア王国の聖女ではありません」
淡々とした口調。
「婚約も、任も、
公の場で解かれました」
それは、事実だ。
「ですから、
王国の現状は――」
セラフィーナは、言葉を区切る。
「王国の責任では?」
空気が、凍りついた。
使者は、視線を伏せる。
「……殿下は、
貴女が戻られれば、
事態が改善する可能性があると――」
「“可能性”ですか」
セラフィーナは、静かに笑った。
嘲りではない。
諦観に近い微笑み。
「それは、
私が戻って、
また“何も起こらないように”
耐え続ける、という意味でしょうか」
使者は、答えられなかった。
その沈黙を、アーヴィンが断ち切る。
「我が公国としての見解を述べる」
低く、はっきりとした声。
「彼女は、
貴国から追放された存在だ」
「……追放、では」
「婚約破棄、任の解任、
無支援での国外退去」
一つずつ、言葉を重ねる。
「それを、
追放と呼ばずして、何と呼ぶ?」
使者の顔色が、はっきりと変わった。
セラフィーナは、そっと立ち上がる。
「……伝えてください」
視線は、使者に向けられているが、
その奥には、ルーファスの姿があった。
「私は、
“戻らない”のではありません」
一拍。
「“戻る場所がない”のです」
その夜、使節団は引き下がった。
謝罪もなく、
条件提示もなく、
ただ事実を突きつけられて。
エルディア王国に戻った使者は、
そのまま、執務室へ通された。
「……どうだった」
ルーファスの声は、硬い。
使者は、深く頭を下げる。
「殿下。
前聖女様は……」
言葉を選び、
しかし、逃げずに告げる。
「“戻る場所がない”と」
ルーファスの手が、震えた。
その瞬間、彼は理解した。
交渉は、始まっていない。
始まる前に、終わっていたのだと。
なぜなら――
自分たちは、
“戻ってほしい理由”ではなく、
“戻れない理由”を、
すでに作り終えていたのだから。
そして、王国は次の段階へ進む。
謝罪でも、説得でもない。
「力づくで取り戻す」という、
最悪の選択肢へ。
それが、
完全な破滅への道だとも知らずに。
エルディア王国の正門前に、久しぶりに整った一行が現れたのは、その翌朝だった。
王家の紋章を掲げた馬車。
随行する近衛騎士。
形式だけは、完璧に整えられている。
「……ようやく、ですか」
門番の兵士が、小さく呟く。
彼らが向かう先は、ただ一つ。
シュヴァルツガルト公国。
前聖女セラフィーナ・アッシュクロフトを、
“正式に”迎え戻すための使節団だった。
王宮の執務室では、ルーファス・ヴァルディオスが、
最後の確認をしていた。
「条件は、出すな」
低い声。
「謝罪も、撤回も、
こちらからは口にするな」
側近が、思わず眉をひそめる。
「殿下……それでは」
「“確認”だ」
ルーファスは、視線を上げない。
「彼女が、本当に“必要な存在”だったのかを、
確かめるだけだ」
その言葉は、
まだ自分の過ちを直視できていない証だった。
一方、シュヴァルツガルト公国。
セラフィーナは、城の一角で、
静かに帳簿をめくっていた。
数字が整然と並ぶ紙面。
税収、支出、修繕費。
「……安定していますね」
「そうだ」
向かいに座るアーヴィンが答える。
「奇跡がなくても、
人が無理をしなければ、国は回る」
その言葉に、セラフィーナは小さく頷いた。
「……あの国は、
ずっと無理をしていたのですね」
「君に、な」
アーヴィンは即答した。
その時、扉がノックされる。
「公爵閣下。
エルディア王国からの使者が到着しました」
セラフィーナの手が、わずかに止まった。
「……来ましたか」
声は、驚くほど落ち着いていた。
応接室。
豪奢ではないが、威圧感のある空間で、
使節団は姿勢を正して立っていた。
「前聖女セラフィーナ・アッシュクロフト様」
使者は、形式通りに名を呼ぶ。
その呼び方が、すでに遅かった。
「本日は、
“状況確認”のため、
お時間をいただきたく――」
「確認?」
セラフィーナは、静かに問い返す。
「はい。
貴女が去られて以降、
王国で起きている諸事象について」
言葉を選んでいる。
“問題”とも、“被害”とも言わない。
セラフィーナは、少しだけ首を傾けた。
「……それは、
私が答える必要のあることですか?」
使者は、一瞬言葉に詰まった。
「いえ……しかし」
「私は、すでに
エルディア王国の聖女ではありません」
淡々とした口調。
「婚約も、任も、
公の場で解かれました」
それは、事実だ。
「ですから、
王国の現状は――」
セラフィーナは、言葉を区切る。
「王国の責任では?」
空気が、凍りついた。
使者は、視線を伏せる。
「……殿下は、
貴女が戻られれば、
事態が改善する可能性があると――」
「“可能性”ですか」
セラフィーナは、静かに笑った。
嘲りではない。
諦観に近い微笑み。
「それは、
私が戻って、
また“何も起こらないように”
耐え続ける、という意味でしょうか」
使者は、答えられなかった。
その沈黙を、アーヴィンが断ち切る。
「我が公国としての見解を述べる」
低く、はっきりとした声。
「彼女は、
貴国から追放された存在だ」
「……追放、では」
「婚約破棄、任の解任、
無支援での国外退去」
一つずつ、言葉を重ねる。
「それを、
追放と呼ばずして、何と呼ぶ?」
使者の顔色が、はっきりと変わった。
セラフィーナは、そっと立ち上がる。
「……伝えてください」
視線は、使者に向けられているが、
その奥には、ルーファスの姿があった。
「私は、
“戻らない”のではありません」
一拍。
「“戻る場所がない”のです」
その夜、使節団は引き下がった。
謝罪もなく、
条件提示もなく、
ただ事実を突きつけられて。
エルディア王国に戻った使者は、
そのまま、執務室へ通された。
「……どうだった」
ルーファスの声は、硬い。
使者は、深く頭を下げる。
「殿下。
前聖女様は……」
言葉を選び、
しかし、逃げずに告げる。
「“戻る場所がない”と」
ルーファスの手が、震えた。
その瞬間、彼は理解した。
交渉は、始まっていない。
始まる前に、終わっていたのだと。
なぜなら――
自分たちは、
“戻ってほしい理由”ではなく、
“戻れない理由”を、
すでに作り終えていたのだから。
そして、王国は次の段階へ進む。
謝罪でも、説得でもない。
「力づくで取り戻す」という、
最悪の選択肢へ。
それが、
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