理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

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第十三話 力で取り戻せると、信じた愚かさ

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第十三話 力で取り戻せると、信じた愚かさ

 

 使節団が失意のまま王都へ戻った翌日、エルディア王国の王宮では、緊急の評議会が招集された。

 重厚な扉が閉ざされ、外部の音が遮断される。
 集められたのは、王太子ルーファス、宰相、軍務大臣、そして一部の有力貴族たち。

「……交渉は、失敗した」

 ルーファスの声は、低く、硬い。

 誰もが知っている事実だった。
 それでも、口に出されると、空気が一段と重くなる。

「前聖女は、戻らないと?」

「正確には、“戻る場所がない”と言ったそうです」

 宰相補佐の報告に、貴族の一人が舌打ちした。

「生意気な……!
 我が国がどれほど彼女を遇してきたと思っている」

「遇してきた、ですか?」

 軍務大臣が、静かに言葉を挟む。

「公の場で役立たずと断じ、
 婚約を破棄し、
 無支援で国外に出した相手を?」

 一瞬、沈黙。

「……今は、その話ではない」

 ルーファスが遮る。

「問題は、
 彼女が戻らなければ、
 国が持たないという事実だ」

 誰も否定できなかった。

 

 宰相が、ゆっくりと口を開く。

「ならば……
 “彼女が拒否できない形”で、
 迎え入れるしかありません」

 その言葉に、数人が顔を上げる。

「つまり?」

「公国に対し、
 圧力をかけるのです」

 室内の空気が、一気に冷えた。

「外交的圧力、経済的圧力……
 場合によっては、
 軍の示威行動も」

 “戦争”という言葉は、
 誰も口にしなかった。
 だが、意味は同じだった。

「……彼女は、
 我が国の聖女だった」

 ルーファスは、
 自分に言い聞かせるように言う。

「取り戻す権利が、ある」

 その言葉に、
 小さく息を呑む者がいた。

 権利。
 それは、責任と対になる言葉だ。

 だが、今のルーファスには、
 責任を直視する余裕はなかった。

 

 一方、祈祷室。

 ミレイア・ルミナスは、
 その評議会の内容を、
 間接的に聞かされていた。

「……力で?」

 信じられない、という顔。

「はい。
 公国が応じなければ、
 強硬策も辞さない、と」

 侍女の声が震える。

「……そんなことをすれば」

 ミレイアの脳裏に、
 一つの光景が浮かぶ。

 セラフィーナが、
 連れ戻される姿。

 だが、それは“救出”ではない。
 “連行”だ。

「……私は」

 声が、かすれる。

「私は、
 そんな形で、
 聖女の座を守りたいわけじゃない……」

 だが、その言葉は、
 誰にも届かない。

 

 同じ頃、シュヴァルツガルト公国。

 セラフィーナは、
 城の庭で、静かに花に水をやっていた。

「……向こうが、
 強硬策に出る可能性があります」

 アーヴィンが、事実だけを告げる。

「そう、ですか」

 驚きはない。
 どこか、予感していた。

「怖くはないか」

「……少しだけ」

 正直な答え。

「でも、
 戻るよりは、
 ずっといい」

 アーヴィンは、
 その言葉に頷いた。

「我が公国は、
 君を渡さない」

 淡々とした宣言。

「外交であれ、軍であれ、
 相応の覚悟で臨む」

「……ありがとうございます」

 セラフィーナは、
 水差しを置き、
 空を見上げた。

 雲は穏やかに流れている。

「不思議ですね」

「何がだ」

「私は、
 何もしていないのに……」

 一拍、置いて。

「どうして、
 こんなに“奪われそう”になるのでしょう」

 アーヴィンは、
 静かに答えた。

「君が、
 “奪われていい存在”だと、
 向こうが思い込んでいるからだ」

 

 その夜、
 エルディア王国では、
 軍の一部が動き始めた。

 名目は、国境警備の強化。
 だが、その配置は、
 明らかにシュヴァルツガルト公国を
 意識したものだった。

 

 王都の一角で、
 噂が立つ。

「戦になるらしい」

「聖女を取り戻すためだとか……」

「そんなことして、
 本当に国は救われるのか?」

 誰も、答えを持たない。

 

 ルーファスは、
 執務室で一人、
 地図を見つめていた。

「……力があれば、
 取り戻せる」

 そう、信じたかった。

 だが――
 その考えこそが、
 決定的な過ちだった。

 なぜなら。

 力で取り戻せるのは、
 人の“身体”だけだ。

 セラフィーナがもたらしていた
 “何も起こらない日常”は、
 決して、
 剣や命令で縛れるものではなかったのだから。

 

 この選択を境に、
 エルディア王国は、
 もはや引き返せない地点へと、
 足を踏み入れていた。
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