理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

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第十六話 選ばれなかった者たちの、責任転嫁

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第十六話 選ばれなかった者たちの、責任転嫁

 

 誇りが崩れ始めた国で、次に起きることは一つしかない。

 ――責任の押し付け合いだ。

 

 エルディア王国の王宮では、再び評議会が開かれていた。
 だが、以前のような緊張感はない。

 あるのは、苛立ちと、疑心暗鬼だけだった。

「ここまで事態を悪化させたのは、
 そもそも“前聖女を過大評価していた”からではないのか?」

 ある貴族が、わざとらしく咳払いをして言う。

「そうだ。
 彼女が去った程度で国が傾くなど、
 そんな体制そのものが異常だった」

「責任は、聖女制度を推進した教会側にもあるのでは?」

 矛先は、次々と移ろう。

 誰も、“自分が切り捨てた”とは言わない。

 

 ルーファス・ヴァルディオスは、
 その様子を黙って見ていた。

 胸の奥で、
 何かが冷えていく。

 ――違う。

 間違っている。

 だが、その“違い”を言葉にすれば、
 自分の過ちを、
 完全に認めることになる。

「……前聖女の件は、終わった話だ」

 彼は、ようやく口を開いた。

「これ以上、
 過去を蒸し返しても意味はない」

 その言葉に、
 数人がほっとしたような顔をする。

 責任を追及されない――
 それが、今の王宮の本音だった。

 

 一方、教会。

 司祭たちの間でも、
 不穏な空気が漂っていた。

「信仰心が、
 国民の間で低下しています」

「奇跡が、
 以前ほど信じられていないのです」

 理由は、明白だった。

 光は降りる。
 だが、生活は良くならない。

「……前聖女の頃は」

 誰かが言いかけて、口を噤む。

「口にするな」

 即座に、制止の声。

「彼女は、
 すでに教会を裏切った存在だ」

 その言葉は、
 自分たちを守るための
 呪文のようなものだった。

 

 ミレイア・ルミナスは、
 その会話を、
 扉の向こうで聞いていた。

 拳が、震える。

「……裏切った?」

 思わず、声が漏れる。

 彼女は、
 何も奪っていない。
 何も壊していない。

 ただ、去っただけだ。

「……私は」

 胸に手を当てる。

「私は、本当に選ばれたの?」

 その問いに、
 答えてくれる者はいない。

 

 王都では、
 噂が形を変え始めていた。

「前の聖女は、
 国を見捨てたらしい」

「だから、
 加護が弱まったんだ」

「裏切り者だ」

 それは、
 “納得するための物語”だった。

 自分たちは被害者で、
 悪いのは去った者。

 そう思わなければ、
 心が耐えられない。

 

 だが、その噂は、
 奇妙な形で裏目に出る。

「……じゃあ、
 どうして彼女がいた頃は、
 何も起きなかったんだ?」

「裏切る前は、
 ちゃんと守ってたってことか?」

 否定のつもりで語った言葉が、
 逆に、
 彼女の価値を証明してしまう。

 

 一方、シュヴァルツガルト公国。

 セラフィーナは、
 静かな朝の中庭を歩いていた。

 花は枯れず、
 石畳は欠けていない。

「……向こうでは、
 私が裏切り者だそうです」

 淡々とした報告に、
 アーヴィンは肩をすくめた。

「想定内だ」

「……少し、
 悲しいですね」

「だが、
 それ以上に、
 楽だろう」

 セラフィーナは、
 小さく笑った。

「はい」

 胸の奥に、
 罪悪感はある。

 だが、
 それに押し潰されるほど、
 自分はもう、
 弱くない。

 

 エルディア王国では、
 責任を押し付ける声が、
 日ごとに大きくなっていった。

 聖女。
 教会。
 貴族。
 官僚。

 誰かが悪くなければ、
 “自分たちは正しい”と
 思えないからだ。

 

 だが。

 責任転嫁は、
 決して国を救わない。

 それは、
 崩れた誇りを
 さらに粉々にするだけだ。

 

 この第十六話をもって、
 エルディア王国は
 次の段階へ進む。

 ――誰かを悪者にしなければ、
 立っていられない国へ。

 そしてその“悪者”は、
 やがて一人に、
 収束していく。

 セラフィーナ・アッシュクロフト。

 だが皮肉なことに――
 彼女を貶めようとするほど、
 人々は気づき始めるのだ。

 「失ったものの正体」に。
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