理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

文字の大きさ
19 / 40

第十九話 問いに答えた者から、去っていく

しおりを挟む
第十九話 問いに答えた者から、去っていく

 

 エルディア王国に広がった問い――
 「私たちは、何を失ったのか?」

 それは、王命でも、教義でもない。
 誰かが強制した問いではなかった。

 だからこそ、
 答えは、人によって違った。

 

 城下町の小さな工房。

 年老いた職人が、道具を拭きながら言った。

「……失ったのは、
 奇跡じゃない」

 弟子が、首を傾げる。

「じゃあ、何です?」

「考えなくてよかった時間だ」

 手が止まる。

「前はな、
 今日が無事に終わるかどうかなんて、
 考えなくてよかった」

 失われたのは、
 安全でも、加護でもない。

 **“疑わなくてよかった日常”**だった。

 

 別の場所。

 農村から王都へ出てきた女が、
 荷物を抱えて馬車に乗り込む。

「どこへ行くんです?」

「……北です」

 行き先を告げる声は、
 妙に穏やかだった。

「この国に、
 未練は?」

 一瞬、迷ってから、
 彼女は首を振る。

「未練はあります。
 でも……
 期待は、もうありません」

 それは、
 最も静かな別れの言葉だった。

 

 王宮では、
 報告書の内容が、
 少しずつ変わり始めていた。

 ・国外への移住申請、増加
 ・若年層の流出
 ・商人の拠点移転

「……反乱ではありません」

 側近が言う。

「ただ、
 人が、
 減っています」

 ルーファス・ヴァルディオスは、
 その報告を聞き、
 目を閉じた。

 怒りも、恐怖も、
 もうない。

 あるのは、
 理解だ。

「……彼らは、
 答えを出したのだな」

 誰も、
 それを否定しなかった。

 

 一方、教会。

 若い司祭が、
 静かに職を辞した。

「……信仰を、
 捨てるわけではありません」

 教会長の前で、
 頭を下げる。

「ですが、
 ここにいても、
 人を救えないと
 気づきました」

 彼は、
 去っていった。

 誰にも止められず、
 誰にも罵られずに。

 

 ミレイア・ルミナスは、
 その話を聞き、
 一人、祈祷室に座り込んだ。

「……私は」

 問いが、
 胸を刺す。

 自分は、
 何を失ったのか。

 答えは、
 わかっている。

 彼女は、
 “勝った”はずだった。

 聖女の座を得て、
 光を降ろし、
 称賛を受けた。

 それでも――
 人は、
 離れていく。

「……私も、
 答えを出さなければ……」

 だが、
 その答えを
 出す勇気は、
 まだなかった。

 

 シュヴァルツガルト公国。

 セラフィーナは、
 市場の一角で、
 移住者の手続きを
 手伝っていた。

「……こちらに来る方、
 増えましたね」

「増えた」

 アーヴィンは、
 淡々と答える。

「だが、
 全員を受け入れるわけではない」

「……え?」

「逃げ場に、
 国をするつもりはない」

 その言葉に、
 セラフィーナは、
 少し考え、
 頷いた。

「……答えを出した人だけ、
 ということですね」

「そうだ」

 逃げるためではなく、
 生き直すために来る者だけ。

 

 その夜、
 セラフィーナは、
 一通の手紙を受け取った。

 差出人不明。
 ただ、
 丁寧な文字で
 こう書かれていた。

 ――
 「あなたが去ってから、
 私は初めて、
 自分の頭で考えました。
 それが、
 一番の奇跡でした」

 セラフィーナは、
 しばらく、
 その文面を見つめていた。

 涙は、
 出なかった。

 代わりに、
 静かな確信が
 胸に広がる。

「……私は、
 もう十分です」

 

 エルディア王国では、
 人が去り、
 声が減り、
 街が静かになっていく。

 だがそれは、
 滅びではない。

 問いに答えた者から、
 去っていっただけだ。

 

 残る者たちは、
 これから
 さらに苦しむだろう。

 問いから、
 目を逸らし続ける限り。

 そして、
 次に訪れるのは――
 “去る自由すら
 失う段階”。

 国が、
 人を
 手放さなくなる時。

 それが、
 本当の崩壊の
 始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

聖女を追い出しても平気だと思っていた国の末路

藤原遊
ファンタジー
聖女が国を去った日、神官長は分かっていた。 この国は、彼女を軽く扱いすぎたのだと。 「聖女がいなくても平気だ」 そう言い切った王子と人々は、 彼女が“何もしていない”まま国が崩れていく現実を、 やがて思い知ることになる。 ――これは、聖女を追い出した国の末路を、 静かに見届けた者の記録。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

婚約破棄されたので、隠していた聖女の力で聖樹を咲かせてみました

Megumi
恋愛
偽聖女と蔑まれ、婚約破棄されたイザベラ。 「お前は地味で、暗くて、何の取り柄もない」 元婚約者である王子はそう言い放った。 十年間、寡黙な令嬢を演じ続けた彼女。 その沈黙には、理由があった。 その夜、王都を照らす奇跡の光。 枯れた聖樹が満開に咲き誇り、人々は囁いた。 「真の聖女が目覚めた」と——

【完結】残酷な現実はお伽噺ではないのよ

綾雅(りょうが)要らない悪役令嬢
恋愛
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」 物語でよくある婚約破棄は、王族の信頼を揺るがした。婚約は王家と公爵家の契約であり、一方的な破棄はありえない。王子に腰を抱かれた聖女は、物語ではない現実の残酷さを突きつけられるのであった。 ★公爵令嬢目線 ★聖女目線、両方を掲載します。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2023/01/11……カクヨム、恋愛週間 21位 2023/01/10……小説家になろう、日間恋愛異世界転生/転移 1位 2023/01/09……アルファポリス、HOT女性向け 28位 2023/01/09……エブリスタ、恋愛トレンド 28位 2023/01/08……完結

さよなら王子、古い聖女は去るものなのです

唯崎りいち
恋愛
元聖女の私は、自分が無能だと思い、有能な新しい聖女に任せるために王都を去ることを選んだ。しかし幼なじみの王子は、私を追いかけてくる。王子の真剣な想いと、自分の無自覚な力が国や人々に影響を与えていることに気づき、私は王都へ戻る決意をする。こうして二人は互いの気持ちを確かめ合い、結ばれる――自己評価の低い少女が本当の価値と愛に気づく、ハッピーラブファンタジー。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

処理中です...