理由を与えなかった聖女は、名を呼ぶことを選んだ

鷹 綾

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第二十話 去る自由を、奪うという選択

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第二十話 去る自由を、奪うという選択

 

 人が減り始めた国は、最初に「原因」を探す。

 そして次に――
 「出口」を塞ごうとする。

 

 エルディア王国の王宮で、静かに、しかし決定的な議論が行われていた。

「……国外への移住が、
 予想以上に増えています」

 宰相補佐の報告は、淡々としているが、内容は重い。

「商人、職人、農民、
 そして一部の若い貴族まで」

「放っておけば、
 国が空になるな」

 誰かが、冗談めかして言った。

 だが、笑う者はいない。

 

 ルーファス・ヴァルディオスは、
 しばらく黙っていた。

 “人が去る”。

 それは、反乱でも暴動でもない。
 血も流れない。

 だが――
 国にとって、最も致命的な拒絶だった。

「……制限をかける」

 その一言で、
 空気が変わる。

「移住申請に、
 王家の許可を必要とさせろ」

「殿下……」

「国は、
 人に守られるものだ」

 その言葉は、
 正論に聞こえた。

 だが同時に、
 決定的な歪みを孕んでいる。

「人が国を選ぶ時代は、
 終わらせる」

 

 数日後。

 新たな布告が、
 王都と地方に掲げられた。

 ――
 国家安定のため、
 無許可の国外移動を禁ずる。
 違反者は、
 財産没収および拘束の対象とする。

 

 城下町では、
 それを見上げた人々が、
 言葉を失っていた。

「……つまり」

「出ていくな、
 ということだな」

 誰も声を荒げない。

 だが、
 その沈黙は、
 納得ではなかった。

 

 その夜、
 酒場で、
 小さな会話が交わされる。

「……前はさ」

「前聖女様がいた頃は、
 こんな布告、
 出なかったよな」

「……あの人、
 何も言わなかったのに」

 誰もが、
 同じ結論に辿り着く。

 あの人がいた頃、
 国は人を縛る必要がなかった。

 

 教会でも、
 ざわめきが広がっていた。

「信仰とは、
 自発的なものです」

 若い司祭が言う。

「……人を縛ってまで、
 守るものなのでしょうか」

 返ってきたのは、
 冷たい沈黙だけだった。

 

 ミレイア・ルミナスは、
 その布告を、
 一人で読んでいた。

「……去る自由すら、
 奪うのですね」

 胸が、
 締めつけられる。

 セラフィーナがいた頃、
 人は、
 自由だった。

 守られていたから、
 縛られずに済んだ。

「……私は」

 聖女として、
 光を降ろすことはできる。

 だが――
 人の心を、
 繋ぎ止めることは、
 できない。

 

 一方、
 シュヴァルツガルト公国。

 国境の報告が、
 アーヴィンの元に届いていた。

「エルディア王国が、
 移動制限を開始しました」

「……そうか」

 短い返答。

「逃げ場を、
 塞いだな」

 

 セラフィーナは、
 その話を聞き、
 目を伏せた。

「……あそこに残った人たちは」

「苦しむ」

 アーヴィンは、
 迷いなく言った。

「だが、
 それは、
 彼らが選んだ国の
 選択だ」

 

 その夜、
 王都の裏路地で、
 一人の若者が、
 壁にこう書いた。

 ――
 「出ていけない国は、
 守られているのではない。
 閉じ込められているだけだ」

 翌朝には、
 消されていた。

 だが、
 言葉は、
 消せない。

 

 こうして、
 エルディア王国は、
 はっきりと一線を越えた。

 人を守る国から、
 人を逃がさない国へ。

 それは、
 外敵ではなく、
 内側に向けた
 剣だった。

 

 そして、
 この選択が意味するものを、
 王国は、
 まだ理解していない。

 去る自由を奪われた人間は、
 次に何を求めるのか。

 ――
 **「変える自由」**だ。

 それが、
 静かな崩壊の
 最終段階への
 入口であることを、
 彼らは、
 まだ知らなかった。
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